『これが私の生きる道!』×telling,

夢だった建築の世界から銭湯への転職。塩谷歩波さんが見つけた、私らしくいられるホームとは?

今の働き方はあなたにとって幸せですか? 結婚、出産、育児とライフステージが変わる女性にとって、自分らしい働き方を見つけるのは至難の技と言えるかもしれません。今回ご紹介するのは『これが私の生きる道!』(世界文化社)に登場したしなやかでパワフルな女性たち。彼女たちの言葉から、悩んだり落ち込んだりした時のヒントが見つかるかもしれません。

●『これが私の生きる道!』×telling, 01

選んだのは、パラレルキャリア。
居心地のよい〝銭湯〟を大切にしながら、絵を描くことで広い世界を見てみたい!

 

きっかけは、落ち込む私を友人が銭湯に連れ出してくれたこと

――あなたのお仕事は?

塩谷歩波さん(以下、塩谷): 株式会社小杉湯の正社員として働いています。番台に立つのは月1程度。それ以外は、ちらしやPOPを作ったり、今後のイベントの企画を考えたりと、経営面に携わることも増えましたね。

――この仕事を始めたきっかけは?

塩谷: 建築家を目指して設計事務所に入ったのですが、仕事に没頭しすぎたせいか、入社して1年半で体調を崩してしまって。しばらく休職することになってしまいました。実家で落ち込んでいるときに、友人が連れ出してくれたのが銭湯だったんです。久々に訪れた銭湯は、昼間だということもあって暖かい日差しが心地よく、大きなお風呂につかったとたん、硬かった心がするすると溶けていくのを感じました。たまたま目が合ったおばあちゃんと、他愛もない世間話をしているのも良かった。「銭湯に行くと体調がよくなる!」、そう実感してからは、すっかり銭湯が大好きになっていました。

そんな銭湯の魅力を皆さんにも知ってもらいたい、そう思って描き始めたのが、イラスト銭湯図解です。ツイッターで発表したところ、小杉湯の3代目・平松佑介さんが、「うちのパンフレットを描いてほしい」と連絡をくださって。

打ち合わせでは、銭湯とはどういう場所か、小杉湯の立ち位置は?とか、2人で話し合ったのが思いのほか楽しかった。その頃から、小杉湯に関わっていきたいという気持ちはありましたね。そうこうしているうちに設計事務所へ復職を果たすのですが、全然体調は戻っていなかったんです。もう建築業界で働くのは無理なのかも、そう悩んでいたタイミングで、「じゃあ、うちで働かない?」と誘ってくださったのが、小杉湯で働くことになったきっかけです。

 

友人の言葉に背中を押され、銭湯への転職を決意

――夢だった建築の世界から銭湯への転職、葛藤はなかった?

塩谷: 正直、悩みました。建築家になるために、父や母には高い学費を払ってもらい、休職中は心配もかけてきました。何より私自身、ずっと建築家になりたくて勉強をしてきたのに、ここですべて水の泡にしてしまっていいのか。それでもやっぱり、銭湯が好きだったし、平松さんと話した経験は楽しかった。悩んだ私は、友人10人に相談をして、一人でも反対したら建築の世界に戻ろうと思ったんです。結果は10対0。全員が銭湯への転職に賛成でした(笑)。「建築の仕事はいつでも戻って来られるから、今あるチャンスをつかんだほうがいい!」という友人の言葉に背中を押され、転職を決意しました。

――後悔はない?

塩谷: 過去を振り返って、「こうすればよかった」と考えてみたところで、現実は変わらない。だから、後悔もしないし、自分の選択がすべて正しいと確信しています。銭湯のおかげで、体調も治ったし、前向きな性格にもなれたし、友人も増えた。今はすごく毎日が楽しいですね。

 

建築の図法を使い、銭湯の魅力をイラストに

――銭湯図解とは?

塩谷: 建築の図法である「アイソメトリック」を用いて、銭湯の内部を緻密な俯瞰図で描いたシリーズです。銭湯の魅力を伝えたい、という目的があるので、わかりやすく、そして楽しそうな様子が伝わるよう工夫しています。取材では、レーザー測定器などを使って、浴室全体や浴槽、タイル幅までもれなく測り、全体の位置関係がわかるよう写真でも押さえます。あとは家で、実測データをもとに縮尺を決め、写真を見ながらひたすら描いていくという作業です。実は描き方としては、設計で図面を引くのと変わりません。ただ、私はイラストレーターなので、そこに自分が感じた風景を投影するようにしています。例えば、窓から夕日が差し込む様子が素敵だったら、その色合いを忠実に着彩で表現したり。銭湯へ行ったときの思い出や感じたことを、すべて絵の中に盛り込みたいんです。イラストを見た人に、少しでも銭湯の魅力が伝わるように。

――今後、やりたいことは?

塩谷: 1人前のクリエイターだと胸を張って言えるようになりたい。『銭湯図解』(中央公論新社)を出すまでは、自分のことをアマチュアのイラストレーターだと思っていたので、本が出たいま、銭湯以外のものも描けるプロでありたいと思うようになりました。
先日、高円寺で行われた、「高架下芸術祭」に参加したときのこと。高円寺駅から阿佐ヶ谷駅方面までの高架下空間を描いたんです。そしたら、ある鉄道会社の方が私の絵を見て「高架下の空間て、すごくいいものだね」と言ってくださって。見慣れた高架下も絵にすることで見え方が変わる! そこに携わっている人が喜んでくれる! それが本当にうれしかったんです。イラストレーターとしてやりたいことはこれだと思いました。
設計と、いま絵を描いていることって、表現は違うけれど似ています。別の道を選んだように見えたけれど、建築で培ってきたものをイラストレーターという仕事で実現できるのではないか、最近はそう思うようになりました。

 

好きなこと、やりたいことはなるべく大きな声でわめいて

――あなたにとって理想の仕事(働き方)とは?

塩谷: 小杉湯とはずっとつながっていたい。でも、イラストレーターとしては、より遠くの世界を見てみたいという気持ちもあります。私にとって小杉湯は、やっぱり離れられないホームなんだと思います。

――これから何かを始めたい人へのアドバイスは?

塩谷: 好きなことや、やりたいことがあるなら、なるべく大きな声でわめいたほうがいい。友人が助けてくれたり、そのうち、他の誰かが見つけてくれることもあります。私の銭湯図解も、ツイッターで多くの方から反応をいただくようになり、ついには『銭湯図解』が書籍化されるまでになったのですから。

建築の世界から銭湯へ。違うものに見えた道は、絵を描くという仕事でつながっていました。

 

●塩谷歩波さんのプロフィール
1990年生まれ、東京都出身。東京・高円寺にある、小杉湯の番頭兼イラストレーター。早稲田大学大学院(建築学専攻)を修了後、都内の設計事務所に勤めるも、体調を崩し退職。SNS上で発表した銭湯イラストを一冊にまとめた、『銭湯図解』(中央公論新社)が話題に。