telling,のインタビューに応じた映画「Fukushima 50(フクシマフィフティ)」出演者の安田成美さん

「命をかけて戦った人たちがいることを知ってほしい」安田成美さんが映画『Fukushima 50(フクシマフィフティ)』で知った福島第一原発の事実

日本中が混乱と恐怖に怯えた東日本大震災から9年。未曽有の危機にさらされていた福島第一原発に残り、作業を続けた名もなき作業員たちの苦悩を描いた映画『Fukushima 50(フクシマフィフティ)』(3月6日公開)が公開されました。本作に出演した安田成美さんは「震災の話はずっと語り続けないといけないし、他人事ではない」と力強く語ります。今回の映画にかける想いからプライベートまで、お話をうかがいました。

予想以上に壮絶な現場に緊張

――震災から9年が経とうとしていますが、まだ完全復興とは言えない状況です。原発事故を忠実に描いた映画に出演を決めるのには、勇気が必要だったのではないでしょうか。今回のオファーがきて、どのように感じましたか?

安田成美さん(以下、安田): とにかく参加したいと思いました!特に東日本大震災に関することなら何としてでも出たいなと。当時、ボランティアにも参加できなかったですし、私ができることと言ったらこれくらいしかなくて。福島第一原発(通称:イチエフ)の話はきれいごとではなく事実の話。映画を通して、観る方に何かが伝わったらいいなと思いました。

――実際に脚本を読んだ感想はいかがでしたか?

安田: 3月11日の震災から3、4日の中で、イチエフの中であんな出来事が繰り広げられていたのか……!と、初めて知ったこともたくさんありました。
震災直後はテレビや新聞のニュースはもちろん見ていましたが、私たちが知り得た情報もごく一部だったと思います。被災地は大変だと知りつつも、国や電力会社に対して「もっと迅速に何とかならないのか」とか「ちゃんとやってるの?」と心のどこか感じていたような気がして……。でも実際は、原発の爆発を制御するために、不眠不休で120%戦ってくれた人たちがいたんですよね。情報や指示が混乱する中、私が想像していた以上に壮絶な状況だったと驚きました。

telling,のインタビューに応じた映画「Fukushima 50(フクシマフィフティ)」出演者の安田成美さん

――実際の撮影現場の様子やどんな思いで緊急時対策室総務班・浅野真理役に臨んだのか教えてください。

安田: 私は撮影の途中から参加しましたが、いざ現場に入ってみると、みなさんがテキパキ動いて私語もない。映画同様の緊迫感が現場でもすごくて……。常に実際の津波の映像が流れていたので、自然と気持ちが引き締まりました。
私が演じた「浅野真理」に、渡辺謙さん(福島原子力発電所、吉田昌郎所長役)は実際にお会いしたそうですが、すごく可愛らしい女性だったと聞いています。あの混乱した状況下にいて、何でこうなっちゃったんだろう……と嘆くのではなく、自分たちがいる状況を冷静に捉えている。何より周りに奉仕的な気持ちが素晴らしいと演じながら感じました。紅一点のシーンも多く、女性ならではの気配りや母性を意識しながら撮影に臨みました。ただ、若松監督が謙さん演じる吉田所長に寄り添うカットをどんどん増やすので、思わず「吉田所長のストーカーみたいになってしまうけど大丈夫?(笑)」と言ってしまいました。

 

トイレこそリアルな日常

――確かに、吉田所長と寄り添うシーンは目が離せませんでした。混乱の中、2人でしゃがみこんで「家族に連絡はとったのか?」と語り合うシーンも印象的です。

安田: 原発で働く人である前に、吉田所長も私もみんな家族や大事な人がいる、普通の人たちだということが伝わるシーンですね。そんな普通の人たちが集まって、必死に戦ったことを想像していただけたらうれしいです。

telling,のインタビューに応じた映画「Fukushima 50(フクシマフィフティ)」出演者の安田成美さん

――映画の中で印象に残っているシーンはどこでしょうか?

安田: 私は出演していませんが、原発が爆発しないように、命の危険を冒して現場の作業をどう進めるか話しあっているシーンです。暗い発電所で、誰も経験したことがないレベルの放射線量を浴びて、それでも日本を守るために立ち向かうという重要な場面ですね。
あとは、原発内のトイレ掃除をするシーンも印象深いです。もともと原作にはなかったのですが、若松監督がここは絶対に日常生活で必要だから入れたいと。若松監督は、私が休憩中に編み物をしていると「何を編んでるの?うちの奥さんもね……」と気さくに話しかけてくださるような方です。いたってニュートラルな感覚をお持ちの監督が作った作品だからこそ、カッコつけたり、映像のすごさを見せるだけではなく、本当のことが伝わったんじゃないかと思います。

――細部までとても丁寧に描かれた作品ですよね。福島の方からも感謝の声が届いていると聞いています。映画を通して一番伝えたいことは何でしょうか。

安田: 絶対にみんなに見てほしいということです。まだまだ問題は山積みなのに、時間が経つと風化してしまう。それは本当にいけないことだと思います。私たち素人には分からないこともあるけれど、それでもみんなで言い続けることが大切です。あの状況で命をかけて戦った人たちがいることを知れば、とても他人事だとは感じないと思うんです。

telling,のインタビューに応じた映画「Fukushima 50(フクシマフィフティ)」出演者の安田成美さん

余裕がなかった30歳のころ

――ところで、安田さんはtelling,読者と同じ30歳の頃はどんな女性でしたか?

安田: 育児にどっぷりの時期でしたね。私、本当に真面目なんですよ(笑)。毎日のひとつひとつを一生懸命こなすが精一杯で、何かを楽しんだりすることは下手だったかな。今は自分のことを考える時間が増えて少し変わった気もしますが、当時は本当に余裕がなかったですね。

――その頃、本当はこれがしたいとか、今後こうしたいなど考えたり迷ったりしたことはありますか?

安田: それが全くないんです。私は元々あまり考えこまないタイプ。今日やることかせいぜい明日について考えるくらいで、あまり遠いビジョンで悩んだことがないんです。どちらかというと、今が良ければいいかなと思ったり(笑)。結婚も27歳でズバッと決めて迷いませんでした。
ふと育児が落ち着いたときに、30代が終わっちゃったなと思ったことはありました。30代の素敵な女性を女優として演じることもなく、自分の30代が終わってしまったなと。でも基本的には「今を選んだのは自分自身」と受け入れています。

 

時間は自分で作れるもの

――安田さんはいつも穏やかで人生を楽しんでいらっしゃる印象があります。何かコツはありますか?

安田: 体をリラックスさせるために毎日ストレッチと瞑想をしています。バタバタと雑用をしながら、こっちにもあっちにも気持ちがとられていると、「本当はどう思っていたんだっけ?」とか「今日の体調はいいんだっけ?」と忘れてしまいますよね。ストレッチと瞑想を1日1,2回することで本来の自分を取り戻しています。

――忙しいときでも欠かさず毎日続けているのですか?

安田: そうですね。時間も実は自分自身でいっぱい作れるもの。何でも今やればいいだけなんです。これもやりながらあれもできる。「料理を作らなきゃいけないし、食器も拭かなきゃいけない……片づかなくてやだ!」と思っていても、料理してお湯を沸かしている間に食器を3枚は拭けるんです。そうして隙間時間を使っていくと、どんどん片づいていきます。コツは、何でも"ながら"でやっていくこと。

――なるほど、コツはリズムよくやっていくということですね!

安田: そうそう。はい!はい!はい!という感じ(笑)。友達と話をしていても、さっきから同じ話をしていたら、それ聞いた(笑)はい、次!みたいな感じですね。

――時間がないは言い訳ですね。安田さんでも乗り越えるのが困難だったことはありますか?

安田: やっぱり対人関係ではありますね。悩んだりつらいことがあるときは、逃げずにどっぷりつかります。どうしてこんな気持ちになってしまったんだろう、なんでこう言わせちゃったんだろうと深掘りするんです。そうすることで、いろいろなことが見えてきて、相手にもう一度話を聞いてみようとか、違う角度から聞いてみようと前に進めるんです。関係を改善したいという気持ちがあれば乗り越えられると思っています。

telling,のインタビューに応じた映画「Fukushima 50(フクシマフィフティ)」出演者の安田成美さん

――最後にミレニアル世代に向けて伝えたいことはありますか。

安田: 怖がらずに思ったことを伸び伸びと行動すればいいと思います。まず動かないと始まらないですよね。ビジョンがあるなら視線もそちらに向かうだろうし、勇気を出して一歩一歩進んでいくこと。あっという間に40になり、50になるから(笑)。時間は大切です。今のエネルギーを大事にして、自分自身のために生きたらいいと思います。

●安田成美(やすだ・なるみ)さんのプロフィール
東京都出身。82年TVドラマ『ホーム・スイートホーム』でデビュー。アニメ映画『風の谷のナウシカ』の主題歌を歌い脚光を浴びる。84年『トロピカルミステリー 青春共和国』で映画初出演。88年『マリリンに逢いたい』『バカヤロー!私、怒ってます』で日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。

東京生まれ。千葉育ち。理学療法士として医療現場で10数年以上働いたのち、フリーライターとして活動。WEBメディアを中心に、医療、ライフスタイル、恋愛婚活、エンタメ記事を執筆。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。