「大企業つまらない」と無職に。自転車ひとり旅で米大陸を縦断してみたら…

その土地の暮らしに根ざしたローカルな旅をライフワークとする青木麻耶(まや)さん(33歳)は2016年の5月から1年間をかけ、単独でアメリカ大陸1万1千キロを自転車で縦断しました。昨年には、自身の旅の経験をつづったエッセイ『なないろペダル』(出版舎ジグ)を出版。大手企業をやめ、ひとりで世界へ飛び出したことでどんな世界が見えたのか。麻耶さんにお話をうかがいました。

旅先で「鹿の解体」も。1万1千キロの旅で得た出会い

2016年5月から1年間かけて、自転車に乗ってアメリカ大陸を縦断しました。カナダからアルゼンチンまで8カ国、1万1千キロのひとり旅です。

旅の途中では、たくさんの出会いがありました。自転車で旅をする他国の人たちと知り合いになって一緒に走ったり、自給自足の生活を営む人たちに「パーマカルチャー(人や自然に優しい永続的な生き方や環境を目指す理念)」を学んだり、ペルーの女性たちから染色を教えてもらったり。

以前狩猟をしていたこともあって、よく鹿を解体していたのですが、旅の途中で車に轢かれた鹿が倒れていたので、さばいて鹿のローストや鹿肉カレーを作ったこともありました。旅先で出会った自転車仲間にふるまったら、みんな大喜びでしたね。

どれも忘れがたい思い出です。現地で出会った人たちとは今でもFacebookを通じて交流を続けています。

「いい大学に行って、大企業へ」。それは呪いの言葉だった。

こんなお話をすると、かなり「自由」な生き方をしてきたと思われそうですが、以前の私は世間体ばかりを気にしていました。「いい大学に入れば可能性が広がるから」「せっかく○○なのにもったいない」などという周囲からの言葉にとらわれて、偏差値の高い有名大学や、名のある大企業に入らなければいけないと考えていたんです。

今になって考えて見ると、それらは呪いの言葉ですね。当時の私は「選択肢を広げるためだけの選択」をしていた。つまらないところに気をとられて、自分が本当にやりたいことを見失っていたと思います。

大学院を修了して東京都内のある企業に就職しました。いわゆる「大企業」で職場も銀座でしたが、希望していたのと全く異なる部署に配属されてしまって。人間関係は良好でしたが、業務内容が自分に合わなくてつまらなかったんです。自分の人生をお金に換算しているような気分でした。業務が忙しすぎて月経が半年間止まったこともありました。

仕事とのバランスを取るように、週末は山登りや、田植えの手伝いをしていました。でも、それらをやればやるほど、平日と週末のギャップが激しくなって、苦しくなっていきました。

結局、会社は1年半で退社して、山梨県都留市に拠点を置くNPO法人の活動に参加することにしました。農体験や馬耕のワークショップなどを企画し運営する仕事です。夏場は朝6時から作業して、土日もイベントで休みはほとんどないことも。会社員時代よりもよほど忙しかったですが、充実していました。でも、だんだんと狭いコミュニティの中での人間関係に疲れてしまって。それで、2年ほどでここもやめました。

その後はしばらくモヤモヤしていましたが、思い切って旅に出ることにしたんです。それが2016年のこと。カナダ行きの片道切符を手に入れたのは、仕事を辞めて3カ月後でした。

「旅で自分は変われる」と思っていたけれど

旅にはさまざまな困難がありましたが、特に印象深いのは砂漠を走ったことですね。ボリビアからチリに抜けるためにアタカマ砂漠を抜ける道を通ったんですが、そこを8日間かけて進んだ時は本当にしんどかったです。

というのも、アタカマ砂漠は世界で最も乾燥した砂漠と言われていて、私が通ったルートはその美しい景観から「宝石の道」と呼ばれるいっぽうで、世界でも屈指の悪路として知られているんです。

標高が5000メートル近くあるので空気も薄くて息苦しい上に、宿も店もないので1週間分の食料やテントなど、40キロ近い荷物を積んでいたので、砂に埋もれて進めずにほとんど自転車を押していました。心身ともに辛くて、ひとりでいっぱい泣きました。

あの経験のおかげで、たとえ何があっても、あの砂漠に比べれば大したことない、と思えるようになりましたね。精神的なよりどころができたのは大きいです。

でも、旅を通して自分が変われたかというと、変わることはありませんでした。

「ロバが旅をしたからって馬になって帰ってくるわけじゃない」というヨーロッパの言葉があるらしいんです。旅をして人生変わりました、という人もいると思うけれど、私はそうはならなかった。

今でも自分自身のことをあまり好きにはなれていないんですが、旅をした後は、そういう自分を受け入れようと思うようになりました。自分は変わらなければいけないとずっと思っていたけど、変わらないんだな、ってことに気づけた。旅をしてよかったなと思います。

まだまだ旅を続けたい

現在は、フリーランス契約のツアーガイドの仕事をしています。いまの仕事は英語も使えるし、歩いて巡るツアーなので自然の中にいられるし、日本の文化や魅力も伝えられるし、自分のやりたいことに合った仕事なので楽しんでいます。夏と冬は休みなので旅に出られますし。

次は2カ月間ほど、インドに行くことにしました。インドの家庭料理やアーユルヴェーダの知識を学んでこようと思っています。

今後やりたいことは旅人が集える場を作ること。私自身、畑仕事も好きだけど、まだまだ旅にも出たい。それが両立できるような場を、仲間と作り上げられたらいいなと思っています。わたしと同じように人生に迷子になった人がふらっとやってきて、こんな生き方もあるんだと知って元気になって帰れるような場ができたらいいですね。

『なないろペダル:世界の果てまで自転車で』(出版舎ジグ)

著者:青木麻耶

農と狩猟の田舎暮らしに飛び込んだ元OLアラサーが、ぶつかった壁を越えようと旅に飛び出した…のが、なんと南北アメリカ11,000kmの自転車縦断ひとり旅。カナダからアルゼンチンまで8カ国、気力体力全開で向き合った出会い数々の、女チャリダー・まやたろの体当たりな旅をまるごとご報告。

フリーランスライター。元国語教師。本や人をめぐるあれこれを記事にしています。