NYでは「オールジェンダートイレ」が当たり前? 日本人が知らない世界の新常識
リンゴ・スターも普及を後押し
ニューヨークの公共の場から、女性用、男性用を示す見慣れたトイレのサイン(絵文字)が消えた。代わって現れたのは、「All Gender」(すべての性)、「Gender Neutral」(性的に中立、性別不問)などと書かれたサインと、男女混合のトイレ待ちの列。ニューヨークではオールジェンダートイレ(ユニセックストイレ)がスタンダードになりつつある。
こうした変化は、ある日突然に降ってわいたわけではない。以前から米国内では、地域によってトランスジェンダーなどセクシャル・マイノリティ(性的少数者)の人たちの公共の場におけるトイレの使用を巡って問題がくすぶっていた。
2016年3月、東海岸のノースカロライナ州で、政府機関や公共の建物では出生証明書に記載のある性別に応じたトイレの使用を求める法案が可決された。トランスジェンダーの人が自分の性自認に合ったトイレを使用する権利をおびやかされたこの一件をきっかけにして、全米でトランスジェンダーのトイレ使用問題に火がついた。
日本では政治的、社会的問題に対して自分の立場をはっきりさせて主張する著名人はほとんどいないが、アメリカではすぐに有名なアーティストや人気プロスポーツ選手などがアクションを起こす。このニュースが報じられると、リンゴ・スターやブルース・スプリングスティーンがノースカロライナで予定されていたコンサートをキャンセル。電子決済企業大手のペイパルが同州へのビジネス展開を白紙に戻し、人気のスポーツイベントが他の州に会場を移してしまうなど、同州に大きな経済的ダメージを与えることになった。
この動きのインパクトは相当なものだったようで、米国各地の他の自治体の反応も素早かった。フィラデルフィア州、ワシントン州、ワシントンDC、テキサス州オースチン市などと並んで、ニューヨーク市ではデ・ブラシオ市長が、2016年6月にバーやレストランを含むニューヨーク市の公共の場にある個室トイレを全てオールジェンダーにするという法案に署名。かくして、ニューヨークの公共の場にあるトイレから「女性用」、「男性用」という表示が消えていった。
この法律施行後にできた店舗などでは、初めから大きめのトイレスペースに個室のトイレだけを設置してオールジェンダートイレとしている。だが、従来からある公共施設や商業施設などではすぐに対応するのが難しい。そこで、ニューヨークの某書店では、トイレの入り口に「個室トイレのみ」、「個室トイレと男性用便器あり」というサインとイラストを追加して急場しのぎの対応をしている。
男女混合の列、気にならない? 女性からは歓迎の声も
私が見聞きしてきた限りでは、LGBTの人が多いニューヨーク市では、これまでもトランスジェンダーの人たちはあまり問題なく公共の場で自分の性自認に合ったトイレを使用できていたようだが、この法案が通ったことで、自分の出生時の性別に縛られずに公共の場のトイレを使用できるという「お墨付き」を与えられたことになった。
知人のアメリカ人女性にオールジェンダートイレの感想を聞くと、「気になりません。ただ、洗面所で化粧直しをしている女性の脇で男性が手を洗っているのを見て、今まで見たことがない光景だったのでなんだか少し変な感じだったけど」と話してくれた。
私は初めてトイレの前の男女混合の列を見たときは正直なところギョッとしたが、すぐに慣れた。個室の数が増えることで待ち時間が短縮されることもあり、トイレのオールジェンダー化は性的少数者ではない女性にも歓迎する人が多いようだ。
ただ、個人的にはトイレの列に並んでいる時に、知っている人、特に密かに思いを寄せている異性に遭遇したりするのは嫌だろうと思う。また、うっかり異性の取引先の人とか会社の上司の後ろに並んでしまったりしたらバツが悪い。知らん顔もできないし、かと言ってそんなところで挨拶するのもなんだか間が抜けている。「じゃあ、お先に」、「はい、お疲れ様でした」とでも言う??
前述のアメリカ人女性は日本に住んでいたこともあるので、「日本人はトイレに『音姫』(トイレ用擬音装置)をつけるほど繊細でしょう。オールジェンダートイレには抵抗を感じるのではないかな?」と言っていた。だが、日本は清潔で多機能トイレが標準仕様のトイレ先進国。オールジェンダートイレが標準仕様になる日が来たら、日本的な繊細なやり方で案外うまく取り入れていくかもしれない。