「What’s 残業?」親日ニューヨーカーが「日本の会社で働きたくない」と言う理由

働き方改革元年とも言われた2019年。ミレニアル世代の会社員女性を主人公としたドラマ「わたし、定時で帰ります。」(TBS系)が放送されるなど、「残業」への考え方も少しずつ変わってきています。 でも、海の向こうから眺めたら、まだまだ「サービス残業当たり前」な習慣が残る日本人の働き方は奇異に見られているようです。ニューヨーク在住のライター・手代木麻生さんが、「残業」をめぐる日米のギャップをリポートします。

アフター5を浸食されないニューヨーカーたち

日本では今年、「わたし、定時で帰ります。」というドラマが話題になったのだとか。日本では定時で帰るのがどれほど勇気のいることかがよくわかる題名だ。

英語にも「残業(overtime work)」という言葉がある。だが、職種にもよるが、一般的にアメリカ人には「残業」という認識が希薄だ。周囲のニューヨーカーに残業についてヒアリングしてみると、「えっ残業??」というリアクションが返ってくることが多い。そのリアクションの意味するところは、どうやら「残業という言葉は知ってるけど、ほとんどしたことがない」か、「残業なんて意識して働いたことがない」ということらしい。

私はニューヨークでライターの仕事をしつつ日本語を教えている。会社勤めの人たちには平日の夕方教えることが多いが、みんな仕事を理由に遅刻することもなく、決めた時間にやってくる。残業は滅多になく、たまにあっても前もって知らされるようだ。まれに「来月は少し残業があるから、レッスンの時間を30分遅らせてください」とか、「来週は残業があるのでお休みします」という連絡がテキストメールに入ることがある。

「急に残業しろと言われたので」とレッスンをドタキャンされることはまずないし、そもそも、たまに残業があっても30分〜1時間程度。毎日何時間も残業があったり、長時間労働で疲れている人は私の生徒の中にはいない。定時に帰るのが当たり前なので、コンサートや芝居を見に行ったり、ジムで汗を流したり、習いごとをしたりしてアフター5を楽しむことができる。だから退社後のプライベートな時間を仕事に邪魔されると多くの人はムッとする。

金曜日の夕方にレッスンに来る中年男性がいる。ある時、レッスン中に上司から電話がかかってきた。それほど急用でもなかったらしく、電話を切った後で、彼は「カモーン!金曜の晩だぜ。仕事なんてしてないで早くうちに帰って家族と一緒に過ごしたらどうだい」とスマホに向かって文句を言っていた。

ジョブ・ディスクリプションにない仕事はしない

IT業界はやや事情が異なり、定時に帰れなかったり休日に働いたりする人も多い。でも、日本のように慢性的な残業や休日出勤が当たり前ではない。そんな働かせ方をしたら、社員はすぐに条件のいいところに移ってしまうだろう。

知人のプログラマーの20代の既婚男性は、仕事で遅くなる日でも午後7時には会社を出る。通勤時間が20分程度なので、ほぼ毎日妻と夕食を共にしている。仕事が早くすめば4時ごろに帰宅することもある。ひと月に数回、休日に自宅で仕事をすることがあるが、契約に則って仕事をしているので、彼には「残業」とか「時間外労働」という認識はないし、日本のIT業界に比べればずっと労働時間が短い。

彼は自ら時間管理をすることを前提とした「エグゼンプト」という雇用形態で給与は年俸制なので、自宅で仕事をしても残業代や時間外手当は支給されない。そもそも契約に「勤務時間」は明記されていないという。「収入には満足しているし、責任のある仕事を任されているのだから、たまに週末仕事をするくらい仕方ないでしょうね」と、彼は言う。

医療関係の職場で働く20代の女性の場合、仕事はいつも定時に終わるが、ひと月に1日だけ12時間働かなければならない日がある。だが、その労働条件と給与額に納得して就職したので不満はないという。一般的にアメリカでは雇用者と被雇用者との間で、ジョブ・ディスクリプションという職務内容を細かく記載した文書が取り交わされる。会社はジョブ・ディスクリプションに記載のない仕事を従業員にさせることはできない。

また、従業員に会社の勤務時間や残業代の支払い規定、就業規則などを記載したハンドブックを渡す会社も多く、会社も従業員もそこに明記された規則を守らなければならない。アメリカでは勤務時間が決まっているノン・エグゼンプト社員や時給ベースで働く従業員には、残業時間に応じた残業代を支払わなければならない。サービス残業なんて言語道断で、そんなことをすれば会社は容赦なく訴えられる。

「ブラック企業」には、それに見合う報酬

私がニューヨークで暮らす中で、かつてひとりだけ、日本の「ブラック企業」(※注)の社員並みの働き方をしていた知人がいた。彼はせっかく郊外に家を買ったのに家にいる時間がなかった。会社で遅くまで仕事をして、帰宅するとシャワーを浴びて、2時間仮眠をとってまた会社に行くというような生活をしていた。

金融の仕事で、夜寝ていても海外の証券取引所からの電話で叩き起こされ、手術した直後に家で休んでいる時でさえも容赦なく電話がかかってくる。夜遅くまで働いているので、昼食も夕食も会社のデスクでとる毎日。ただし、デリバリーで「寿司デラックス」みたいな高い食事を注文しても会社は気前よく払ってくれた。「デスクの前に座りっぱなしで、ジムに行く時間もなく、食べるものだけは贅沢三昧だから、みんな肥満になる」とぼやいていた。

働き方は超ブラックだったが、もちろんそれに見合う報酬を得ていただろう。だが、数年勤めたのち、さすがにそんな生活に嫌気がさして、彼は転職した。それほどストレスフルな働き方でも、高い報酬が得られるなら短期間我慢して働いてお金を貯めて、体を壊さないうちにやめる、というのもありかもしれない。

「日系企業では努力が報われない」と転職

話を聞いた中で、1人だけ残業が多いことに不満を持っている女性がいた。彼女が勤務していたのは、やはりというべきか、日系の会社だった。彼女は残業が多いことに対してだけでなく、「仕事が評価されても給与や待遇に反映されない」ことに不満を感じていて、しばらくしてアメリカの教育関係の仕事に転職した。今は、「給与も上がったし、ワーク&ライフバランスがよくなった」と満足している。

残業はない方がいい。じゃあ、アメリカの会社で働く方が楽でいいかというと、残業がない分、実は仕事はハードだ。証券取引所のオペレーションと連動する情報分析の仕事をしている20代の男性は、証券取引所が開いている時間はモーレツに忙しく、しかも高い集中力が求められるので、1日の仕事が終わるとクタクタになるという。もちろん、仕事の合間にメールをしたり、同僚とムダ話をしたりするような時間はまったくない。

その代わり残業は一切ないので、毎日定時に会社を出て、混み合うジムでひと汗かいてストレスを発散してから帰宅するという日々を送っている。

日本生産性本部によれば、2018年の日本の時間当たりの労働生産性はアメリカの3分の2程度で、OECD加盟36カ国中20位。主要先進7カ国中最下位だという。「残業」は日本の労働生産性の低さのシンボルと言えるのかもしれない。

日本語を勉強している人たちはもちろん日本が大好き。日本に住みたいと熱く語る人も多い。だが、異口同音にキッパリと「でも、日本の会社では働きたくない」という。知日派、親日派ほど日本の長時間労働やそれに見合わない賃金の低さを知っている。日本の企業は外からそんなふうに見られているということを知っているのだろうか。

(※注)文中で「ブラック企業」という言葉を使用したが、アメリカではこの言葉の使用は避けるべき。日本では伝統的に、白はポジティブなイメージ、黒はネガティブなイメージの比喩に使われがちだが、アメリカで安易にこのようなイメージで白や黒を使うと差別と捉えられる。

ライター。東京での雑誌などの取材・インタビュー・原稿執筆などの仕事を経て、2000年に仕事と生活の場をニューヨークに移す。