教えて!弁護士センセイ telling,の「法律未満の何でも相談」19

転職したら「聞いていたお給料と違う!」そんな時、法律は助けてくれる?

そのモヤモヤ、法律を味方にすれば少しだけ生きやすくできるかも!日々の困りごとを弁護士の澤井康生先生が、ミレニアル女子目線で易しく解説します。今回のテーマは、転職した会社が、約束していたはずお給料を支払ってくれない場合について。最近の裁判例をもとに考えます。 A子:MM商事経理部主任 B子:法務部主任

●教えて!弁護士センセイ telling,の「法律未満の何でも相談」19

転職後の給料が、同世代の最低水準に!

B子:A子、お疲れ様。

A子:あ、B子さん、お疲れ様、実はまた相談したいことがあって。

B子:今度はどうしたの?

A子:今日は私じゃなくて私の知り合いの相談なんだけど。いいかしら?

B子:いいわよ、知り合いがどうしたの?

A子:その子は大学を出て新卒で大手のメーカーに入って10年間くらい勤務していたんだけど、キャリアアップのために転職活動をしていたのよ。そしたら就職情報誌に損害保険会社の中途採用募集広告が出ていて、入社試験をパスしてなんとか入社したのよ。

B子:転職、成功したのね。それで何が問題なのかしら?

A子:入社前に説明を受けていたお給料と違っていたらしいのよ。

B子:会社側は何て説明していたのかしら?

A子:新卒同年次定期採用者の平均給与を支給すると説明していたのよ。

B子:どういうこと?

A子:その子と同じ年に大学を卒業して、その損保会社に新卒で入社した人たちがいまもらっているお給料の平均値と同じ額をもらえる、ということよ。会社側は就職情報誌での募集広告、会社説明会、それから面接でも同じ説明を繰り返していたわ。

B子:それで入社してみたら実際には違ったのね?

A子:そうなのよ。その子が調べてみたら、お給料は新卒同年次定期採用者の下限(最も低い金額)の格付けにされていたらしいのよ。

B子:それはショックね。

A子:聞いていた話と全然違うから、その会社になんとか損害賠償請求できないのかなと思って。

「言った、言わない」の話になる恐れ

B子:うーん、まずはどういう理由で損害賠償請求するつもりなの?

A子:だって、中途採用募集広告とか会社説明会や面接で会社側から新卒同年次定期採用者の平均給与を支給するって説明されていたんだから、その内容で労働契約が成立しているんじゃないのかしら。だから労働契約違反ということはいえないのかしら?

B子:一般的に裁判例では、中途採用募集広告は申込の誘引にすぎないから、これをもって最終の契約内容とはならないとされているわよ(東京高裁昭和58年12月19日判決など)。

A子:じゃあ、会社説明会や面接での会社側からの説明内容はどうなの?

B子:明確に書面で交付されていれば別だけど、「言った、言わない」の話になってしまうわね……。立証責任は請求する方にあるから、ここがきちんと立証できないと具体的な給与金額を確定する明確な意思表示まではなかったとされる可能性が高いわね(東京高裁平成12年4月19日判決を簡略化しています)。

A子:ということは?

B子:会社とその子の間に新卒同年次定期採用者の平均的格付によるお給料を支給する内容の労働契約が成立したと認めてもらうのは難しいかもね。

A子:じゃあ、労働契約違反とはいえないわけね。でも会社側が採用時に給与について明確な説明をしなかった場合は確か労働基準法違反になるんじゃないかしら。

B子:よく勉強しているわね。確かに労働基準法15条違反(使用者は労働契約の締結に際し労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない)になるんだけど、だからといって応募者の希望するお給料が労働契約の内容になるわけじゃないからね。

A子:う~ん、労働契約違反とまでは言えなくても、応募者を誤解させるような説明をした会社に何とか損害賠償請求できないものかしら?

就職情報誌では「差別しない」とPRしていた

B子:例外的にできる場合もあるわよ。たとえば、会社側が会社説明会や面接で応募者に対して同世代の平均的給与と同等の給与待遇を受けられると信じさせかねない説明をして、それで応募者がそういう給与待遇を受けられると信じて入社した場合。こういうケースは信義誠実の原則に違反し、損害賠償請求できるとされているわよ(東京高裁平成12年4月19日判決を簡略化しています)。

A子:なるほど、そういう理屈ならいいのね。

B子:判例のケースでは、就職情報誌の募集広告に新卒同年次定期採用者と差別しないとPRされていたわ。そして、最終の会社説明会では、あえてお給料の額が提示されなかった。もし採用前に本当のお給料の額を明示していたら、会社が望む人材を採用することが難しいと思われる状況だったの。こうした理由から、
少なくとも会社側は給与条件について新卒同年次定期採用者との差別をしないという趣旨の説明をしたものであると認定されていたわよ。

A子:つまり会社側が差別しないと説明しておきながら、実際に入社してみたら差別していたから、信義誠実の原則に違反するとされたわけね。ありがとう、B子。とりあえずその子にも参考に教えてあげるわ。

B子:そういえば、今回も珍しくA子自身のトラブルじゃなかったわね。

A子:私は転職なんかしないわよ。この会社に骨を埋める覚悟だし。社畜って呼んでもよくてよ。

B子:でも私、いい転職先紹介できるわよ。

A子:ホント?教えて、教えて^^

B子:A子ったら、全然社畜になっていないじゃないのよ(汗)。

■澤井康生先生のプロフィールはこちら
元警察官僚、警視庁刑事を経て旧司法試験合格。弁護士でありながらMBAも取得し現在は企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所非常勤裁判官、東京税理士会インハウスロイヤー(非常勤)も歴任。公認不正検査士の資格も有し企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。東京、大阪に拠点を有する弁護士法人海星事務所のパートナー。代表著書『捜査本部というすごい仕組み』(マイナビ新書)など。

元警察官僚、警視庁刑事を経て旧司法試験合格。MBAも取得し現在は企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所非常勤裁判官、東京税理士会インハウスロイヤー(非常勤)も歴任。
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