恋人と別れて気づいた、自分の大切さ。31歳女性が“自分と結婚”してみて見つけたもの。

2018年4月、表参道にあるパーティー会場で挙式をした花岡沙奈恵(はなおか・さなえ)さん(31)。白いドレスに身を包み、参列者から祝福を受ける姿は結婚式でよく見かける1シーンです。しかし、花岡さんが結婚した相手は自分自身でした。どうして自分と結婚しようと思ったのか、その中でも挙式という選択をしたのはなぜか、どんな変化があったのか。花岡さんの想いと背景にあるものをうかがいました。

「自分を幸せにしてあげたい」という気持ちが大きくなってきた

――まず「自分婚」をしようと思ったきっかけを教えていただけますか?

花岡沙奈恵さん(以下、花岡): 自分婚にもいろいろあると思うのですが、挙式はあくまで手段のひとつで「自分を幸せにしてあげたい」という想いが一番大きかったですね。5~6年くらい前から、どうしたら自分を大切にできるのかなということと葛藤しながら模索してきたんですけど……少し長くなってもいいですか?

――では当時からさかのぼってお願いします。

花岡: 元を辿れば、6年くらい前に当時付き合っていた人と別れたことが始まりで。私としては彼に見合う良い彼女になろうと頑張っていたんですけど、3ヵ月くらいでフラれてしまったんですよね。それ以前の恋愛もあまりうまくいかなくて、「どうしてこんなに頑張ってるのに幸せって思えないんだろう」と思って、過去をさかのぼって親との関係性を見直してみたり、本を読んでみたりする中で、アートセラピーに出会いました。

元々は、子ども向けに絵の教室が開けたらいいなとスクールに通い始めたんですけど、絵を通して自分を受け入れる体験をする中で、自分にじっくり向き合うことができたんです。その先生にも「人をケアする前に自分を大事にしないとダメよ」と何度も言われましたし、「私ってこんなに頑張ってきたんだなぁ」と改めて気づけたことが転機でしたね。

――今までの自分の頑張りや我慢に気づいて、少しずつ自分をいたわることができるようになってきたんですね。

花岡: そうですね。たとえば、自分と向き合い始めてから半年後に、2人の方が同時に好きだと言ってくれたことがあって。
それまでの私だったら、相手に負担をかけないように相手の気持ちを優先させて、すぐに答えを出そうとしていたと思います。でも、そのときは「自分の気持ちを一番に大切にして、納得するまでは答えを出すのをやめよう」と決めました。多くの人にとっては何でもないようなことかもしれないのですが、当時の私にはとても勇気のいることでした。

結果として、そのうちの1人とお付き合いすることになったのですが、どんな結果になったとしても自分の気持ちを第一にしたいと思えたのは大きかったです。ずっと他人のことばかり考えてきたから、当時はそのくらい振り切らないと自分の気持ちがわからなかった。

「自分のやりたいことのために他人を巻き込むのは抵抗があった」

――素直で正直に、ありのままの自分の気持ちを伝えたうえでお付き合いすることになったんですね。その恋人とはどうなったんですか?

花岡: 3年ほどお付き合いをした後にお別れしました。ただ、年月以上に濃密な時間を過ごさせてもらったなと思っています。私のアートセラピー教室の立ち上げや活動をサポートしてくれたり、それ以外でもいろいろな局面で支えになってくれました。周りからも良いカップルだと言われましたし、実際にこの上ない理解者でした。もはや自分の一部といってもいいほどに身近な存在の彼がいなくなってしまうこともあるんだなって思ったら、やっぱり最後まで自分を大事にしてあげられるのって自分だなと気づいて。

そう言うと、「すごく信頼している彼氏と別れて結婚できなかったから自分婚したんでしょ」と思う人もいるかもしれないんですけど、もはや自分の一部だった彼を失ったことで自分と向き合わざるを得なくなった、というほうが近い気がします。

彼と別れて半年ほど経ったある日、大好きな音楽を流しながら、お部屋に飾ってあったバラの花びらを湯船に浮かべて浸かっていたらすごく幸せな気持ちになったんです。こんな風に「自分をずっと幸せにしてあげたい」という気持ちが湧いてきて、そのときに「自分と結婚しよう」と閃きました。自分と“婚約”したのが2018年1月で、式を挙げたのが4月。式場の手配をしたり、友人たちにお手伝いをお願いしたりと、怒涛の3ヵ月でした。

実際の結婚式の様子(花岡さん提供)

――たとえば、“婚約”だけで済ませたり、ホームパーティーしたりする選択肢もあったかと思うのですが、式場での挙式をしたのはどうしてでしょう?

花岡: 自分のやりたいことをやってあげたいという気持ちが大きかったからですね。普段着る機会のないドレスを着て、素敵な会場で結婚式をしたいという想いに気づいて、せっかくならチャレンジさせてあげたいなと思ったんです。

ただ、最初はやる気満々だったものの、2月くらいから「私は何をやっているんだろう」みたいな気持ちも出てきて。やっぱり自分のために他人を巻き込んで自分のしたいことをすることに抵抗があったんですよね。だから、周りの人にサポートしてもらいながら、何とかできたという感じです。

――自分婚の計画について話したとき、周りの方はどんな反応でしたか?

花岡: お手伝いをお願いした友人たちは私のことをよく理解してくれている人ばかりだったので「素敵だね、おめでとう」と言ってくれました。職場の人は「よくわからないけど、花ちゃんのためなら行くよ」と、お誕生日会感覚で来てくれた感じ。父は全然理解できなかったみたいで、母も最初はそうだったんですけど、だんだんと興味を持ってくれて。結果的に来ることはできなかったんですけど、挙式の後も「写真を見たい」と言ってくれてうれしかったですね。

――実際に挙式をしてみてどんな想いになりましたか?

花岡: 一番うれしかったのは、来てくれた方が良い表情をして帰ってくれたことですね。それから、自分で思っているだけじゃなくて、みんなのいる場所で「結婚します」と言葉にして宣言することのパワーをすごく感じました。いざ終わってみたら意外と元気で、エディブルフラワーを使ったカクテルを出してくれるバーで、一人打ち上げをして帰りました(笑)。

自分婚はあくまで節目、自分と他人を思いやる余裕をじっくり育ててきた

――結婚式をしてみて、自分自身に何か変化はありましたか?

花岡: 本当の意味で、人を思いやる余裕が出てきた気がします。自分が心地よく過ごしたいから、目の前の人にも心地よく過ごしてほしいと思えるようになってきたというか。ただ、それは自分婚をしてから生活していく中で、じっくりと変わってきた部分ですよね。

「結婚式をして何か変わりましたか」とは、よく聞かれるんですけど「人と人とが出会って結婚式を挙げて何が変わりましたか」という質問への答えと同じだと思っていて。人との関係も自分との関わり方も、毎日更新されていっているから挙式自体がガラッと変えてくれるものでもないし、終わりもない。人生の節目に過ぎないとは思います。

――「自分と結婚したら、この先はもう結婚しないんですか?」と聞かれることも多そうですね。

花岡: 誰かと結婚するという考え方が根強いからでしょうか。誰かとの結婚が絶対的な幸せのゴールで、なぜこっちを選んだのかと比較されるのもすごく嫌だなと思います。

自分が大事にしたい人と愛し合って過ごしていくことは結婚以外でもあるのに、すべての可能性が結婚に集約されてしまう考え方にも違和感があります。そういう社会に問題提起をしたくて、ひとつの表現として自分婚をしたようなところもあって。社会通念を変えていきたい想いは、私個人の幸せとはまた別のベクトルでありました。

――「今後結婚する予定はありますか?」という質問になぞらえて、今後自分と“離婚”する可能性はありますか?

花岡: 多分死ぬときですよね。死んでも離婚しないんじゃないかな。もちろん、自分が自分であることを諦めたくなるときはありますよ。でも、そういう危機的な状況の中でも、前より安心してその渦中にいられるようになった。お互いが信頼し合っているから安心して喧嘩できるみたいな。それこそ自分で自分の命を絶つとか、よっぽどのことがなければ、“離婚”はないかな。

文筆家・ライター。「家族と性愛」をメインテーマにしたエッセイや取材記事の執筆が生業。