「宝塚を退団して3年。2.5次元で大切にしているのは、形式的ではない“心”」大湖せしるさんがスポットライトの裏に込めた想いとは?

宝塚歌劇団の雪組として活躍した大湖せしるさん。経歴11年目にして男役から女役への転向は宝塚初だったのだそう。2016年宝塚退団後は、2.5次元や朗読劇など新たなジャンルにチャレンジし、活躍の場を広げています。どんな想いで、女性ばかりの世界から新たな世界に飛び出すことを決意したのでしょうか。元々不器用だったと語る大湖さんに、お話をうかがいました。

男役から女役へ。宝塚のすべてを経験して辞めようと決意した。

――宝塚では、舞台に出て数年で男役から女役へ転向する方も稀にいらっしゃるようですが、経歴11年目にしての転向は宝塚初だったとか。

大湖せしるさん(以下、大湖): 男役として演じることは、とても充実していましたが、時々女役を演じさせていただくうちに、本当は女役の方が合っているのかな?と感じてきたんです。そう思い出したら、男役を演じていることにどんどん違和感を抱いてしまって。
男役としての経歴がすでに10年を超えた状態での転向となると、今まで築いてきたものと真逆のことをしなければなりません。
たとえば、歩き方ひとつとっても、男らしく肩で風をきるような練習をひたすらしてきましたし、座り方だって足を広げて大きく座る。プライベートでもファンの方々の夢を壊さぬようパンツしか履かないし、ドアを開ける際も自然と女性をエスコートしちゃうんですよね。舞台だけでなく、日常的に男役としてふるまうことが当たり前になっているんです。
周りの方からみたら、男役としてまだまだ未完成な部分もあったかもしれません。でも、いつか宝塚を退団するときに、男役で終わって後悔するかな?と考えた時に、即答で後悔する!と思ったんです。すてきな髪飾りつけてみたかった、ドレスも着てみたかったなって。そう考えたら、宝塚の全てを満喫して辞めよう!と、一か八かで飛び込む決意をしました。

大湖せしるさん

――どんなタイミングで女役に転向したいとお話したのですか?

大湖: 1年に1度、契約などのお話をする機会があり、そこで思い切って言ってみました。前触れもなく話したので、全員目が点になっていましたし、突然の転向宣言に「この人何を考えているんだろう…?!」と思われたみたいです(笑)
一番考えたのは、ファンの方々のこと。男役の私についてきてくださっているので、怒りを買ったり、悲しんでしまうかもしれない。ファンの方が全員いなくなる覚悟もしました。それでも、女役として舞台の上でお返しをしよう!と決めたら、結果的に男役として離れていってしまったお客さんが帰ってきてくださったり、みなさんから「せしるであることに変わりない」という言葉をかけていただき、本当に励まされました。

自分のルーティンを崩したくない生真面目な性格

――宝塚を退団されて約3年が経ちましたが、どんな変化がありましたか?

大湖: 当たり前のことですが……舞台には、たくさん男性がいるなと(笑)。退団してすぐに舞台に出させていただきましたが、宝塚時代は稽古場に男性スタッフがいても、俳優さんはいなかった。
特に、2.5次元の舞台では、女性が私一人という状況もよくあります。稽古中はまだしも、それ以外の時間に、どう振舞ったらいいのか迷うんですよ。元々、中・高校と女子高育ちで男性が周りにいなかったので、余計に不慣れなのでしょうか。

――舞台のメンバーと飲みに行くことはあるんですか?

大湖: みなさんは稽古中や出演後もよく飲みに行かれているようですが、私は打ち上げや公式的な飲み会以外はほとんど参加しないですね。本当はそういう場に行ってコミュニケーションをとったほうがいいだろうとも思いますが……。
私は自分のルーティンを優先させたくて。宝塚時代の習慣で、稽古や舞台が終わっても、次の日の復習をしてきちんと寝ます。翌朝早く起きて、もう一回復習。本番前もウォーミングアップをしてからお化粧をして、という流れを10数年やってきているので、自分ペースを崩したくないんです。
飲みに行って、翌日の稽古が眠いのも嫌ですし、その稽古の時間は今日しかない。今日できなかったことをいつするの?と思ってしまう。本当だったら明日はもっと別のことができたはずなのにって。生真面目なんです、きっと。

横顔を見せる大湖せしるさん

――オファーがくる役も大湖さんに近い部分があるとか?

大湖: そうなんです。私に依頼がくるキャラクターは個性的で、一人外れていたり、一匹狼の役がとても多い。まるで普段の私そのものかな。きっとオファーしてくださる方々も、私のことを知らなくても、そういった雰囲気がにじみ出ているんでしょうね。もちろん、私にしかできないだろうと依頼してくださっていると思うので、その気持ちも大事にして受けさせていただいています。

目の前にあることに全力で取り組んで見えてくるもの

――宝塚を退団して、休日の過ごし方に変化はありましたか?

大湖: 宝塚のときは、休日でも一度目が覚めてしまうと2度寝ができませんでした。予定がなくても、6時に目が覚めてしまうともう眠れない。もしかしたら上級生や下級生に対して、常に気が張っていたのかもしれません。あとはマッサージなど、体のメンテナンスに行き、早めに帰宅して、次の日に向けて整えるようにしています。
宝塚を退団してからは、舞台と舞台の間が空いているので、その間はグダグダ寝て好きなことをしています。退団当初は、休日にゆっくり過ごすことに罪の意識を感じていましたが、今は安心して2度寝もできるようになりました。

まっすぐな眼差しの大湖せしるさん

――現在は2.5次元の舞台をはじめ、朗読劇『ドラゴン桜』にもチャレンジされますね。どんなことを大切にお仕事されていますか?

大湖: 形式だけではない"心"を大事にするようになりました。
特に2.5次元の舞台では、キャラクターの衣装にカツラ、メイクに話し方までその役になりきります。ただ、形式だけをマネして作りこんでも、すごく薄っぺらい舞台になってしまう。誰が演じても変わらないし、舞台に立つ意味がないと思うんです。
朗読劇も、声色をどう伝えるかも大事ですが、動きがないからこそ、心の奥底から湧き上がるものでないと観客に伝わらないと思っています。朗読劇は、目をつぶっていて聞いて欲しいくらい、その世界観に入れるのが魅力。実際目をつぶっていたら、寝ていると思われそうですが(笑)。それくらい心を意識しています。

――もしネガティブなことを考えてしまったときは、どうやって心を統一していますか?

大湖: 心は統一しません。いろいろな感情があって、迷ってこそ自分がたどり着きたい場所にいけると思うんです。
私はめちゃくちゃ不器用な性格なので、今までもバンバン壁にぶつかってきたし、それでいいと思っています。むしろ失敗しないようにしたり、こうしようと決めつけると無理なんです。
宝塚音楽学校時代も、みんなが授業内にできたことが私にはできないことが多くありました。宝塚歌劇団に入団してからも、振り付けを覚えるのに人の倍は時間がかかって、夜中の2時ころまで稽古場にいたこともありました。曲をスロー再生して、細部まで何度も何度もチェックして。それでもスムーズにいかないことも多々ありましたが、その時間は決してムダではありません。結果的に自信に繋がっていると思うんです。

微笑む大湖せしるさん

――今後はどのようなお仕事をしたいですか。

大湖: あまり目標は決めていません。たとえば、宝塚の新人公演の取材を受けたときも「トップになりたいですか?」と質問されましたが、「特には考えていません」と答えている自分がいました(笑)。トップに興味がないのではなく、今、目の前のことを精いっぱいやりたいんです。
目標があるのはいいことですが、私はここと決めたらそこしか見えなくなってしまうタイプ。それでいいこともあるけれど、もしかしたらもっと周りにおもしろいものがたくさんあるのかもしれない。器用な方は周りを見ながらやっていけるのかもしれませんが、私はその器用さを持っていない。それでも、今、目の前にあることを一生懸命やっていったら、自然と自分が何を求めているか、見えてくると思うんです。

●大湖せしるさんのプロフィール
1983年兵庫県出身。2002年宝塚歌劇団に入団。男役として雪組に配属される。2012年男役から女役に変更。入団11年目の変更は歴代初。その後、3年連続でヒロイン役を務め「ルパン三世」の峰不二子、「るろうに剣心」の高荷恵など個性的や役も多い。2016年宝塚歌劇団退団。2017年「NARUTO-ナルト―~暁の調べ~」網手役。2018年「戦国BASARA」京極マリア役。2020年朗読劇「ドラゴン桜」など。
https://twitter.com/cecile_daigo

東京生まれ。千葉育ち。理学療法士として医療現場で10数年以上働いたのち、フリーライターとして活動。WEBメディアを中心に、医療、ライフスタイル、恋愛婚活、エンタメ記事を執筆。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。