telling,編集部コラム

外国人観光客には何語で話しかけたらいいんだろう?

外国人観光客と接する機会がここ数年でぐっと増えた日本。何げなく通りすがりの観光客に「ハロー」と声をかけるけど……。イタリアから来日した友人との東京観光中の出来事から、会話とカルチャーについて考えました。

●telling,編集部コラム

フランス人観光客に、イタリア語で「グラッチェ!」

先日、イタリア人の男友達が日本に遊びに来たので、日本人の女友達一同とバーで一杯やっていると、同年代のフランス人の男性数名が来店しました。
カウンターだけのお店でどちらも初めての日本観光ということもあり、意気投合し皆で飲むことに。

私の友人のひとりはイタリアに興味があり、ごくごく簡単な挨拶や返事をイタリア語で交わしていたのですが、フランスの男の子たちにも同じ要領でイタリア語の単語で返答を繰り返していたんです。

例えばこんな感じ。

仏男子: はいこれ、一杯ご馳走するね
友人女子: グラッチェ!
仏男子たち: フランス語では、“メルシー”だよ
友人女子: Sì (イタリア語で「はい」)!グラッチェ!

イタリア語を使っては正しいフランス語に訂正されているにもかかわらず、気にせず次もイタリアの単語を投げかける。
彼女としては海外からのお客様に親しみを込めて、お気に入りの国の言葉で返している様子で、その場も決して不穏な空気になったりはしていませんでした。

また皆酔っており、明るく可愛らしい彼女のキャラクターも手伝って、終始和やかな時間にはなったのですが、このやりとりを横目で見ながらふと、旅先での出来事がよみがえりました。

観光地でかけられる「ニーハオ」

海外の観光地の露店や時には街中で、突然「ニーハオ!」や「カムサハムニダ」と声をかけられた経験って、ありませんか?
たしかに顔つきが比較的似ている中国や韓国の人に間違えられることはあって、特段不快ではないし食ってかかるつもりはないけれど、一応
「I’m Japanese. Japanese say “Konnichiwa”“ARIGATO”」
程度には返すようにはしています。
そこから会話が生まれることもあるし、日本語を知らなかった人に日本の挨拶を知ってもらえるのは楽しい。

ただ、もしもそう返した上でなおも「ニーハオ、ニーハオ」「カムサハムニダ!」と言われ続けたら良い気はしないかも……。
日本という国を知ろうとしてくれないということ、日本生まれの自分のアイデンティティをスルーされている感覚が芽生えるような気がするんです。

日本人は「白人=アメリカ人」だと思いがち?

そんなことを思い出し、彼らフランス男子たちは不快に思ってはいなかっただろうか?外国で出自を伝えたにも関わらず隣国や付近国の言語で話しかけられることに抵抗はないのか。
後日、telling,連載陣の一人で、イギリス、フランスに留学経験のあるRuruRuriko(https://telling.asahi.com/column/RuruRuriko)さんに彼女の見解を伺いました。

***

勿論気にしない人もいますが、嫌だと感じる人は多いかもしれませんね。
フランスとイタリア、という今回の例で言うと、仲が良い国のイメージがあるので間違えられたこと自体が怒りを買うかはわかりませんが、それも人それぞれだと思います。

とは言え、面と向かって「メルシーだよ」と言われたのに「グラッチェ」と返答しつづけるのはgood mannerではないでしょう。

それからヨーロッパ圏の人と話していてよく言われるのは、日本人は白人だとすぐに「アメリカ人?」と聞いてくるはなぜなのか、ということ。
白人=アメリカじゃないし!ということですね。

RuruRuriko「カジュアルレイシズムって?」

他にも、在日外国人で日本語ぺらぺらの人がいかにも海外からの観光客のように扱われる時に若干不快な思いをすることがあると言っていたり、反対に英語が話せないけれど見た目が外国人であることによって当然のように英語で話しかけられることを嫌だと感じる人も多いようです。

私の場合は基本的に最初の一言目は日本語で話しかけて、相手が英語の方が良さそうだったら英語に切り替えるようにしていますね。

ただ外国人観光客の方の中には、無理をしてでも英語で話しかけてくれることがありがたいという人もいるので、このあたりはまだまだ明確な正解やルールはないように思います。

                                          RuruRuriko***

語学だけでなく文化もアップデート

なるほどなぁ。外国の方と会話をする時、そのフランクさについこちらの気が大きくなってしまうことがあるけれど、
「ん?無邪気にやってたアレ、もしや失礼だった?」
は、なにげない場面に転がっているものなのかもしれない。
どこまでも混じり気のない「Welcome to My country!」の気持ちがあったりするとなおさら気づけなかったりもして。

今回の「メルシー」「グラッチェ」の件に限らず、自分の心の中にある世界地図の広さと立体感に、もう少し敏感になっていかなきゃなぁ。
私の知っている“外国”のルールは教科書で習った“アメリカという外国”のルールだっただけかも?という可能性、反対に、遠い国でかけられた「ニーハオ」や「アンニョンハセヨ」に込められた親しみ、いやいや、もっと言えば別に、何の思想も込められてなどなかったかもしれないという事実にも。

月並みだけれど、外国人観光客がますます増えていくこの国で、大学受験の時につめこんだ単語で、なんとかまかなってきたこの語学力もさることながら、海外の方とのコミュニケーションに関する文化についても、いよいよきちんとアップデートしたいと思ったのでした。

現在肩書き無し。30歳の夏、港区での彼氏との同棲を解消、同時に8年マネージャーとして勤務した芸能事務所を退社する。ライター業ではお笑いやサブカルチャーに関するコラムをwebサイトに寄稿など。
18歳の時にイギリスへ留学、4年半過ごす。大学時代にファッション、ファインアート、写真を学ぶ中でフェミニズムと出会い、日常で気になった、女の子として生きることなどの疑問についてSNSで書くようになる。
telling,Diary