マッチングアプリで最初に会った人と35歳でオタク婚。子どもは作らず「ふたり」を楽しむ
【今回の大人婚さん】Mさん 結婚時の年齢:35歳
Mさんは、フリーランスでウェブデザイナーの仕事をする関西在住の41歳。6つ年上の会社員の夫・Sさんと最近建てたばかりの一軒家で暮らす。Sさんとの出会いはお見合いアプリ。そもそもMさんがアプリを始めたきっかけは、なんと愛人の誘いを受けたことだったそう。
30代になって愛人の勧誘が急増
「私は母子家庭で育ち、母がいなくなったら自分一人になるということを幼いころから意識していました。だから、家族がほしいとずっと思っていました。とはいえ、形式にはこだわりがなく、結婚に焦っているわけでもなかったのですが、30歳を過ぎたあたりから、同業者の懇親会などで既婚者から誘われることが増えて。しかも結婚していることを隠さないまま『付き合おうや』って、それ愛人ってことですよね……。そういうことが続くと、どんどん自己肯定感が削られていって、ふと怖くなったんです。もともと母一人子一人という不安があるところに付け込まれたら、自分がふらっとそっち(不倫)の道へ堕ちてしまうんじゃないかって」
そこで34歳のある日、婚活を決意。ちょうど仕事でお見合いアプリのリサーチをしていたため、それぞれの客層やサービスを比較検討し、女性も会費を払う本格的なお見合いアプリに入ることにした。
「まずは自分の市場価値を知って、失った自信を取り戻したいという邪な動機がありました(笑)。プロフィール文や写真を色々変えて、どんなプロフィールならどんな男性から『いいね』が来るのかなど、半分ゲーム感覚で楽しんでいましたね。着物を着た写真にしたら、京都の和菓子屋の跡取り息子から『いいね』が来たこともありましたよ」
会った瞬間、「この人と結婚するんやろうな」
アプリを始めて3日目にマッチングしたのがSさん。最初はたくさんいるマッチング相手の一人だった。
「基本的に『いいね』されたら『いいね』を返していたんです。そこからメッセージのやりとりが始まりますが1~2回やりとりすると、だいたいアリかナシかわかる。Sは、プログラマーをしているんですが、理系の仕事の割に語彙が多くて、読書好きなのかなって思いました。私も本が好きなので、好ポイントでした。さらにこの人いいな、と思ったのは『部下にアドバイスをしたら、感謝の手紙をもらって嬉しかった』と言ったとき。プログラマーなんてきっと忙しい仕事だろうに、やらされてると思わずに前向きに捉える人なんだなって」
そしてもうひとつのポイントが、どちらもオタクだったこと。
「私は漫画や音楽のオタクで、趣味でバンドをやってたり、バンドの衣装を作ったりしてたんです。取り繕っても仕方ないと、プロフィールには結構隠さずに書いていたんですが、Sとメッセージのやりとりをしてるうちに、あ、この人もオタク仲間だってことがわかってきて。オタクっていってもジャンルが様々なので、好きなものを語るときって探り探りになるんですよ。Sの好きなジャンルは私の知らないものもあったけれど、一切嫌な感じがしませんでした。お互いの知らないジャンルをおススメしあうのが楽しくって毎日やりとりするようになりました」
1カ月ほど経った頃、デートのお誘いがきた。ちょうど二人の都合が合う日が花火大会。花火を見たあと、ご飯を食べた。会話が尽きなかった。
「私が頑張って話を振るわけでもないし、むこうが私の話をさえぎって話すこともないし、質問攻めにするわけでもないし、本当に自然な会話が出来て。しかも、話せば話すほど怖いくらい趣味が合うんです。じつは会った瞬間、思ったんですよね。私この人と結婚するんやろうなって」
盛り上がった二人は翌週も会うことに。その日はなんと流星群が見られる日。山寺で流れ星の中、告白されたそう。なんてロマンチック! ところで、アプリから実際に会ってみて、印象は変わったのだろうか。
「アプリのまんまの人でした。実は彼、薄毛なんですけど、私はもともと全然気にしないんですよね。あらためてリアルで見て、あ、かわいいなって思ったくらい(笑)。ある程度大人になってからの婚活だったのもよかったかもしれませんね。大人だから、自分の幸せの上限値が大体わかってる。二十代だったらもっといけるんじゃないかとか、幸せになれるんじゃないかとか目移りしてたと思います」
子どもを作らないと決めた理由
その年の暮れに同棲を開始した。
「お互い、揉める可能性のあることは早めに解決しておこうという考え。結婚するまえにいっしょに住んで色々すり合わせることにしました。私は先回りして考えがちなところがあって、なにかストレスがあったとき不機嫌な態度で当たられると辛い、それが続くと相手に対して怖いって感じるんです。だから一緒に住んで、素のときの態度を知りたかった。そしたら彼は、とにかく機嫌がいい人で。疲れたときは不機嫌じゃなくて、しょぼんってなるんです。この人とならやっていけると思いました」
この時に、もうひとつ大事なことを話し合った。それは子どものこと。
「私は他人の子どもは可愛いと思うけれど、自分の子どもが欲しいという気持ちはないんです。20代の頃、バセドウ氏病になり、体調に波があるのも理由の一つですが、子どもを育て上げる自信が持てなくて。ただ、彼にその希望があるなら、高齢出産になるし早めに取り組まないとと思って聞いてみたんです。するとSは『この年になってやっと大切な人ができたから、この二人の時間を大事にしたい』と。あとから気が変わっても間に合わないかもしれないよ、と念押ししてもそれでいいと言ってくれ、二人で子どもは作らないと決めました」
ご家族はその決断をどう捉えたのだろうか。
「うちの母は『そうやと思ってた。どうしてもほしいと言われなくてよかったね』と言ってくれました。母はいつも私の思うままにさせてくれるんです。Sのご家族も私たちの考えを受け止め、尊重してくれています」
私が私であるだけで喜んでくれる人
35歳の初春、結婚式を挙げた。幸せいっぱいな新婚生活と思いきや、Mさんはその頃、職場で上司からパワハラを受けていた。その上司に贈った引き出物はMさんに見えるように会社のゴミ箱に捨てられていたという。いっそ会社を辞めてフリーランスになろうか、でも仕事はあるだろうか、と迷うMさんにSさんはこんな言葉をかけてくれた。
〝同じ会社で勤続二十年の僕と、ジョブホッパーで色んな事をやってるMちゃんがこの家族を共同運営するなら、それは最強やん。リスク分散になるよ″
「フリーランスはやっぱり収入の波が激しくて、収入がゼロの月だってあり得る。そんなときも会社員のSが相方にいてくれることで、住むところがあって、ご飯を食べることはできる。一人だったらたぶん決断できなかったと思います」
36歳で会社を辞めて職業訓練を受け、スキルを磨き、37歳でフリーランスに。コロナ禍と重なり、友人からは心配されたが、在宅で仕事を完結できる人が珍重されたこともあり、業績は右肩上がり。現在も仕事は順調だそう。
結婚してよかったことはなんですか。
「私はずっと、自分がなにか役に立たないと、ここにいてはいけないんじゃないかって思ってきたんですね。だからいろんな勉強をして、資格を取って、って努力してきました。でもSは、〈〇〇ができるMちゃんだから意味がある〉じゃなくて、私がただ私として存在しているだけで喜んでくれる人。パワハラと闘っていたときも、一人だったらもっと病んでいた、会社という居場所にしがみついただろうなと思うんです。でも、Sと出会って、Sのいる場所が、自分がいていい場所だと思えるようになりました。Sと出会えて、上限値いっぱいに幸せです」
(写真:本人提供)