わたしたちの大人婚物語 #2

画家を目指して44歳まで彼女ナシ→中学の同級生と超スピード再会婚で2児の父に

「このままずっと一人なのかな」と悩むあなたに届けたい、本当にあった大人婚物語。35歳以上で結婚した大人婚の先輩たちに、出会ったきっかけや結婚の決め手、大人婚ならではの妊活・キャリア・親の問題まで根掘り葉掘り聞きました。ここに紡がれた幸せな物語はすべてほんもの。だから全部あなたにも起こりうること。この物語があなたの勇気になりますように――。今回は、44歳で結婚し、一気に二児の父となったIさんの物語。
夫に浮気され、離婚直後にがん発覚。「一人で生きる」と決めた彼女に舞い降りた初恋のひと

【今回の大人婚さん】Iさん 結婚時の年齢:44歳

Iさんは鳥取県で評判のすいか農家を営む47歳の男性。すらりとした長身で真っ黒に日焼けした顔で笑う、底抜けに明るい人だ。Iさんが結婚したのは44歳、つい3年前のこと。それまで20年弱、一切彼女ができなかった。

芸術に人生をかけると決意

初カノができたのは中学の時。その後、高校、大学でも彼女ができて、決してモテないわけではなかったIさん。ところが、大学のときの彼女と25歳で別れて以来、ぱったり彼女ができなくなった。

「高校まではサッカー少年だったんですが、スポーツの寿命は短い。でも芸術だったら百歳になっても追求できる。中学の時の美術の教科書で観た名画に感激して、人生をかけるなら芸術だと、1浪して福岡の大学の油彩画コースに入りました」

卒業後は漫画家になろうと上京するも、時々コンクールに出したり出版社に持ち込むくらいで、努力することもなくバイトに明け暮れる日々。絵本を描いてみたり、油絵を描いてみたり、目標もブレ続けた。「そりゃ、こんなやつに彼女はできませんよね(笑)」。途中、何度か好きな人ができて果敢にアタックするものの、いつもいい人止まりだったそう。

恋愛面はさっぱりだったが、30歳のとき、ある出会いがあった。知人の紹介で出会った美術収集家のTさんが、Iさんの作品に感動し、35歳までの5年間自宅に住まわせ、生活費の面倒を見てくれたのだ。Iさんは制作に没頭し、32歳の時、銀座の一等地のギャラリーで個展を開いた。結果は、170枚の作品が完売する大成功! 36歳でフランスへ。美術学校などには入らず、毎日パリを歩き回って絵を描くという贅沢な日々を送った。

ギャラリー
銀座での個展の様子。海外のお客様も(画像を一部加工しています)

その後、37歳で帰国。家業であるすいか農家を継いだ。芸術家になる夢は捨てたのだろうか。
「ゴッホのお墓の前で僕は祈ったんです。『一枚でいいからあなたのような作品を描かせてください』って。僕は芸術家で食べていきたいわけじゃなく、人生でたった一枚、自分の満足する絵が描ければいいということに気づきました。そのための自信をフランスでの経験で手に入れた。この先いつか、必ずその一枚を描きます。でもその一枚は農家をしながらも描けるはずです」

お金も家もあるのに婚活惨敗

家業を継いだIさんは、次は結婚相手を見つけようと決意。フリーター時代とは違い、今なら収入があり、誇れる仕事もある。さらに、実家の敷地内にある亡き祖母の家を2400万円かけて改装し、立派な一戸建ても手に入れた。農家の経営は順調そのもの。自信満々で婚活パーティや知人が開いてくれた飲み会に参加した。結果は、惨敗――。

たとえば、公民館主催の村の婚活パーティで知り合った女性。とても優しく、可愛らしい人だったが、ちょっといい関係になってきたかなという頃、ネットワークビジネスに誘われた。

こんなこともあった。「お見合いみたいにじゃなくて、すごく自然な形で出会いたい」とぼやいていたIさん。ある日友達に居酒屋に誘われて、ご飯を食べた。そこには友達の友達もいた。数日後、「あの子、どうだった?」と友達に言われて驚いた。自然な流れすぎて、女の子を紹介されたことに気づいていなかったのだ。

「友達の紹介で食事した女性に何を話しかけても『べつに』で会話が終わってしまうので、しまいには何も話すことがなくなって、レストランの窓の外を40分間、二人で黙って眺めていたこともありました(笑)」

どのエピソードも明るく話すIさん。へこたれることはなかったのだろうか。
「そりゃ自信はなくしましたよ。でも、いつかは結婚できると思っていました。50代、60代になれば男女の関係じゃなくても、一緒に出掛けたり、お茶したりするような穏やかな関係の人が見つかるんじゃないかなって」

畑
Iさんが継いだすいか農家のビニールハウス

同窓会で再会、1カ月半で結納

44歳の2月23日に中学の同窓会が開かれた。およそ30年ぶりの再会。そこでIさんはシングルマザーのMさんから「うちの娘をIくんの畑で働かせてくれない?」と頼まれた。Mさんの娘・Sちゃんは当時19歳。4月から大学入学で上京することが決まっていて、それまでの間ということだった。

二つ返事で引き受けたIさん。Sちゃんの送り迎えをするMさんに「ついでにご飯食べていきなよ」と声をかけ、Iさん宅でご飯を食べたり、お酒を飲んだりするうちに、いい雰囲気になり、あっという間に付き合うことに。Sちゃんは「おかあさんをよろしくお願いします」と祝福してくれた。

そのうちMさんが「I君の子どもがほしい」と言うようになった。「そういうことなら、順序が逆になってはいけないと思い、まずはご両親に挨拶することにしました」。Iさんはとてもまじめな人なのだ。

再会から1カ月も経たない3月22日。Mさんのご両親の畑へ行き、ビニールハウスの中でコンテナに座って挨拶をした。「Mさんを僕にください」とIさんが言うと、お父さんは一切目を合わさず「Sはどうするんだ」と言った。Sちゃんが2歳の時に離婚し、医療関係の仕事で忙しいMさんに代わってSちゃんのお世話をしてきたご両親。Iさんは「Sちゃんも自分の娘として育てていきます。大学の費用も僕に払わせてください」と申し出た。その誠実な様子に、交際を認めてくれたお父さんだったが、「でもいいの? うちの娘はもう歳だから、I家は絶えてしまうよ」と言った。Iさんは即答した。「いいです!」

じつは、Iさんには苦い失敗があった。以前、40代前半の女性に結婚を前提に付き合いたいと申し込んだとき、「この年齢で子どもを持つ選択肢は私にはない」と言った女性に対して、結婚すれば当然子どもは作るもの、できるもの、と思っていたIさんは怯んでしまい、そのことで、女性を深く傷つけてしまった。

「子どもができる・できないを結婚の基準にしてはいけない。生涯をともにする相手にとても失礼なことだと気づきました。それに、Sちゃんという娘ができたのだから、それでいいじゃないかという思いもありました」

44歳の妊娠、不安だらけの出産

そして4月7日に結納。5月20日にMさんの妊娠が判明した。「驚きました。夫婦どちらも44歳だし、Mは欲しがっているけど無理だろうなと思っていたので」

高齢出産は障害のある子が生まれるリスクも高まる。出生前診断を受けるかどうか夫婦で話し合った。
「Mは仕事上、ダウン症などの子どもと触れ合う機会も多かったんです。それで『障害があってもみんなかわいいよ』と話してくれました。それに診断をして障害の可能性があったらこの命をおろすのかと考えた時、それはできないな、神様がせっかく授けてくださったんだから二人で全力で育てようと腹をくくりました」

Sちゃんのこともあって、当初は事実婚でいくつもりだったが妊娠を機に7月3日に入籍。名実ともに夫婦となった。

二人の結婚指輪

その後、予定日間際にへその緒が赤ちゃんの首に巻き付き、緊急帝王切開になったものの、無事にかわいい女の子が誕生。すくすくと育ち、現在はお転婆盛りの3歳。Sちゃんも年の離れた妹をとても可愛がってくれ、大学卒業後はIさん宅に戻り、4人で一緒に暮らす計画も進んでいる。

Iさんに歳をとってから結婚するメリットを聞いてみた。
「経済的にも精神的にもゆとりがあって、いつも穏やかでいられるところ。僕たち夫婦はほとんどケンカしません。20代からフリーターを20年続け、いろんな人に心配や迷惑をかけたけれど、そこで人間的な勉強をたっぷりしてから、大切な妻と子どもたちに出会えてよかったと思います。妻もバツイチで、言ってみれば一度失敗しています。でもそれがあったからこそ、いつも落ち着いていて大きな器で僕や子どもたちを包んでくれると感じます」

今は長生きを目標に、農業に邁進する日々。絵はしばらく描いていないという。
「描きたいと思わないんですよね。娘と毎日一緒に寝起きしているけれど、昨日の娘と今日の娘ではもうどこか違う。すごいスピードで成長しているんです。それをひとつも見逃したくない。高齢で親になるデメリットは、子どもと一緒にいられる時間が短いということ。このかけがえのないスペシャルな毎日を、当たり前だと思わないよう、日々戒めながら過ごしています」

赤ちゃんとすいか
すいかも娘も愛情いっぱいに育てています

これまで数々の女性に振られてきたけれど、振られた女性とはその後かならずいい友達になったというIさん。それはIさんが卑屈になることなく、いつも明るく前向きでいたからではないだろうか。MさんにIさんの魅力を聞いたところ、「30年ぶりの再会だったのになんの緊張感もなくて、一緒にいるのがとても楽でした」と教えてくれた。

「今まで、人に恵まれて本当に幸運な人生でしたが、妻と子と両親と畑を耕しながら暮らす47年目の今が、いちばん幸せです。幸せすぎて時々、俺もうじつは死んじゃってて天国にいるんじゃないかって疑うくらいです(笑)」

この明るさに、運命の神様も微笑まずにいられなかったのだろう。

(写真:本人提供)

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夫に浮気され、離婚直後にがん発覚。「一人で生きる」と決めた彼女に舞い降りた初恋のひと
ライター/エディター。出版社で雑誌・まんが・絵本の編集に携わったのち、39歳で一念発起。小説家を目指してフリーランスに。Web媒体「好書好日」にて「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」を連載。特技は「これ、あなただけに言うね」という話を聞くこと。note「小説家になりたい人(自笑)日記」更新中。