「農産物に愛を込めて届けたい」 起業家・あべなるみさんが願う「農と子どもとの豊かなくらし」

今を生きる女性たちのリアルな姿を紹介する特集Story。今回はカタログギフト等を介した食品の宅配サービスを展開し、農産物や農にかかわる人たちのブランディングを行うTUMMY(タミー)株式会社代表・あべなるみさん(31)。広告会社・博報堂でブランディングを学び、起業。一児の母でもある彼女に、事業にかける思いや子育てとの両立などについて伺いました。
3児の母・神崎恵さんに学ぶ仕事と育児 「コンパスのような生き方をしたい」 芸人で2児の母、横澤夏子さん、リアル「お母さんネタ」に共感の声

農の魅力を発掘したい

私は農産物をギフトとしてお届けするTUMMY株式会社(本社・東京都渋谷区)を経営しています。ただ単に「食品を売る」にとどまらず、「体験」をお届けする、他にない形のサービスです。TUMMYのカタログギフトには、さまざまな食品の生産者が持つストーリーが掲載されています。取り扱う生産者をあえて絞り、その分、生産をめぐる背景をしっかり書きこむことで、つくり手の思い、愛、各農園の「らしさ」を表現。それを読むことで、お客さま=食べ手は、食品とともに物語を“いただく”ことができます。私は、その体験を通じて、みなさんのもとに生産者の愛が伝わり、食が豊かになればと願っています。

農に興味を持ち始めたのは学生のころでした。京都大学農学部3年の時に農家さんを訪ね歩くようになりました。その際に、二股に割れたニンジンを見かけ、かわいい野菜だなと思いました。でも、市場では規格外の野菜であり、売りに出されることはありません。そこで私は、「でこぼこ野菜」を使った、普段野菜を食べない大学生向けのカフェをやろうと思い立ち、「でこべじカフェ」というサークルをつくりました。

この時期の農家さんからの学びは大きな“収穫”でした。たとえば、農にたずさわる人たちには、自然と向き合うなかで培った生活の知恵があります。私はそれを「いのちの見え方」と表現しています。私たちは多くのいのちを「いただいて=食べて」生きていて、いわば「いのちの連鎖」のなかにいるわけですが、そういった事実に目を向けると生き方も豊かになると思うのです。

フードカタログギフト販売サイト「aiyueyo gift」のメディア発表会にて=正木撮影

ところが、こうした魅力はあまり知られていません。そこで、農の魅力を伝えることで社会貢献がしたいと考えるようになりました。その後、博報堂に就職。そこでまさに、埋もれた魅力を価値に変えて世に伝える技術として「ブランディング」のスキルを磨く環境にも恵まれます。

また、農への関心の一方で、昔から抱いていた夢もありました。それは「お母さんになる」こと。就活時に第一の条件として考えたことは「子育てとも両立できる」でした。そのため、就活当時に最初に検討したのは、「女性が働く環境が整っています」と謳う会社ばかり。しかし、その視点では進みたい職場が見つからず、最終的にはやりたいことを実現する力を身につけられると感じて、博報堂に入社しました。そして25歳の時に職場の先輩と結婚、「お母さんになる」という夢への一歩も踏み出すことができました。

博報堂では、まさにスキルアップの“修行”に集中。とはいえ、すべてが順調だったわけではありません。そのころの私は「博報堂で農にかかわる夢が実現できるなら、それでいい」と思っていたのですが、農の魅力を伝える事業はバジェット(=予算)的に小さすぎるため、現実的に無理だという結論に至ります。そこで出てきたのが起業という選択肢でした。

ただ、会社を辞めるのにはためらいがありました。行動を起こすまでに半年ほどかかったと思います。そんな私の背中を押してくれたのが「SHElikes(シーライクス)」という女性限定のキャリアスクールコミュニティ。そこの講座を受けたご縁で、何と「SHElikesでブランディングや講師をやってくれないか?」という話をいただいたのです。

起業にあたり、自分の実力が通用するのかという不安があったので、この依頼は自身の力を試す良い機会になりました。to C(対消費者)向けのブランディングをすれば、私のスキルにどれくらいの需要があるかがわかりますから。講師をしていくうちに少しずつ自信がついていきました。

そして、28歳の時に起業しました。

SHE株式会社でブランディング戦略を担当していたころ(本人提供)

出産のタイミングに悩む日々

実はこのころ、子どもを産むタイミングで悩んでいました。「起業をしても軌道に乗るまでは激務」という話を耳にしていたので、「しばらく難しいかな」と思っていた。ところが、子育て中のママ経営者から、こう言われたんです。

「軌道に乗るまで待つとかじゃなくて、出産するなら今だよ!」

子どもは「産む」のがゴールではなく、産んでからずっとかかわる存在。子育てはずっと続くから、なるべく早く「子どもがいるのがデフォルト」という体制を作った方がいいよ、と。そして、このすぐ後に子どもを身ごもることができました。起業して5カ月目のことです。

第一子が誕生したばかりのころ(本人提供)

子どもが0歳の間は、在宅で仕事と育児の両立も何とかできました。ただ、子が1歳近くになり、動き回るようになって移動範囲が広がると、両立が難しくなっていきました。振り返ると、娘を無視してしまった瞬間もあったと思います。そうであってはいけないと思いつつ、ズルズルとそうなってしまって……。

そんな時、わが家に来てくれていた母が、「子どもから目を離すくらいだったら、保育園に預けた方が子どもも喜ぶんじゃない!?」と言ってくれたんです。当時の私は、「保育園に預けたら子どもがかわいそう」と考えていたのですが、その言葉にハッとし、すぐに保育園を検索。その時に住んでいた地域が待機児童にあふれ、保育園の入園が難しいとわかると、引っ越しも決断しました。夫の実家の近くに移り、そこで子どもを保育園に入れました。

そして一度崩れてしまった「子育てと仕事のバランス」を取り戻すことができるようになりました。

男性優位の競争社会から降りてみた

私は心のどこかで「仕事と育児の両立は、誰にも頼らないですべきもの」と思っていました。でも、そんな必要はないんですよね。現在は「ここからは母や義母に頼ろう」「ここは夫に」「ここは保育園に」といったかたちで頼り、バランスよく育児ができるようになったと思います。心に余裕も生まれ、楽しく充実した毎日を送ることができています。

そして、私は育児と仕事の分かれ目がない状態、つまり子育てと仕事が「一体」という状態をつくりたいと思っています。「農」や「食」の事業にかかわることで、わが家の食卓も豊かになれば、結果として子育てにもプラスになります。また、農家さんのブランディングに携わる際には、子どもと一緒に農園に行くことにしています。そこで子どもが動物や農作物に触れ、土を踏む経験をすると、それが食育にもなります。

子どもとともに畑に(本人提供)

加えて、私たちの会社は今、「愛食文化」というものを広めています。愛食文化とは、生産者が農産物などにこめた愛を作物とともに食卓でいただくことを当たり前とする文化のことです。カタログギフトは、まさにその取り組みの一環です。食を豊かにし、より愛にあふれ、より健康的な世のなかをつくることができれば、それもそのまま子どもが生きる世界を豊かにすることにつながります。事業の目的も、実は子育てと一体になり得るんだと気づきました。私は、そういう生き方がしたいし、そのためには起業をして、自分のつくりたい環境を自分でつくるしかなかったのだなと、いま振り返って思います。

私は、男性優位の社会で「のし上がる」ことを手放しました。昨今言われる「女性活躍」といっても、現実は、男性的な尺度や基準に女性が合わせて活躍する、みたいな側面があります。女性が真に女性らしく働くには、新しい社会を構築するくらいの考えでないといけません。私らしく働ける環境、女性らしい感性や愛のままに働ける環境、そうした中で生きられる女性が増えればと思うのです。そのロールモデルを増やしていきたい。自分もそうなりたいと、切に願っています。

3児の母・神崎恵さんに学ぶ仕事と育児 「コンパスのような生き方をしたい」 芸人で2児の母、横澤夏子さん、リアル「お母さんネタ」に共感の声

●あべなるみさんのプロフィール

1991年生まれ。山口県生まれ。畑のそばにある人・もの・ことのブランディングカンパニー・TUMMY株式会社の代表取締役。2014年、京都大学農学部卒業。農の魅力を発信したいと決意し、株式会社博報堂に入社、ブランディングを学ぶ。2018年に退社後、人材系スタートアップ・SHE株式会社に5カ月間所属の末、2020年にTUMMYを設立した。同年に娘を出産、現在第2子を妊娠中。

●フードカタログギフト販売サイトaiyueyo gift

知の越境家を志すライター、マーケター、フリー広報、講演家。ビジネスや労働を思想的に深掘りするのが得意。哲学・仏教が好き。15,000冊超の読書歴もあり、分野選ばず書けます。