有村架純×中村倫也『石子と羽男』7話。少しだけ未来の日付設定に注目、そこに託された希望とは
「あのオヤジ訴えたい」新人・片岡凜の細やかな演技
これまでも、ドラマ『アンナチュラル』や『MIU404』(ともにTBS系)に家出少女を登場させてきた新井順子プロデューサーと塚原あゆ子ディレクター。8月26日放送の『石子と羽男─そんなコトで訴えます?─』(TBS系)にも、ふたりの家出少女が登場した。
義父から虐待を受けている東美冬(小林星蘭)は、「山ヨコキッズ」が集う山室ビル付近で川瀬ひな(片岡凜)と出会う。美冬の義父・辰久(野間口徹)が彼女を連れ戻しにやって来る。辰久から逃げようとした美冬は歩道橋の階段を踏み外して転落、意識不明となってしまう。
「私なんかいい。美冬助けてよ。あのオヤジ訴えたい。私が美冬の代わりに訴える」
ひなは弁護士の羽根岡佳男(羽男/中村倫也)とパラリーガルの石田硝子(石子/有村架純)にそう頼むが、虐待を受けた本人でないと訴えるのは難しいと言われてしまう。「ホントに美冬は虐待されてんだよ……」。羽男ら、大人たちに疑われていると思っているひなは、悲痛な表情でつぶやいた。
ひなの鮮やかなピンク色の髪の毛は、頭頂部が黒くなりはじめていてしばらく手入れができていないことがうかがえる。山ヨコに2年ほど出入りしているというひな。コンビニおにぎりが食事ということも少なくなさそうだ。美冬とはおにぎりのパッケージが上手く開けられないことで意気投合したと、石子に打ち明けていた。
驚いたのは、ひなを演じる片岡凜は今回がドラマ初出演の新人ということだ。下唇をほとんど動かさずにボソボソと話す様子は、大人への不信感オーラ全開だった。肩を脱力させダルそうに立っていたひなが、美冬を助けるため、自分たちが援助交際をしていた証拠の映像を石子たちに提供したいと言い出した。肩にグッと力が入って、彼女の人生を変える大きな決意が伝わる。セリフ回しだけでなく、身体への細かな力の入れ方までコントロールしており、ひなという人物や「山ヨコキッズ」という若者たちの存在に説得力を持たせていた。
各地に広がる若者たちの「界隈」
ドラマに登場した「山ヨコキッズ」は、東京の新宿区歌舞伎町・新宿東宝ビル周辺に集まる「トー横キッズ」をモチーフにしているはずだ。トー横キッズだけでなく、大阪にはグリコサイン周辺に集まる「グリ下キッズ」、名古屋にはドン・キホーテ栄本店周辺の「ドン横キッズ」、福岡には警固(けご)公園周辺の「警固界隈キッズ」など、居場所のない若者たちの集まる場所は全国各地に増えている。
こうした「○○キッズ」界隈ではニュースになる事件も起こっている。例えば、2021年5月には、トー横界隈に出入りしていた10代の若者ふたりの飛び降り自殺があった。ドン横では、2022年6月に「ドン横の王」と呼ばれていた人物が愛知県青少年保護育成条例違反容疑で逮捕されている。同月、東京でも「トー横のハウル」と呼ばれる人物が東京都青少年健全育成条例違反容疑で逮捕された。
「ドン横の王」「トー横のハウル」など、界隈をまとめたり集まる若者たちをサポートしたりする人物がいる。ドラマに登場した「山ヨコ三銃士」のひとり「K」もまた、キッズたちに頼られる人物だった。しかし、少女たちに「案件」という名の援助交際を斡旋、客を紹介し収入の7割をせしめる非情な人物でもある。
1996年には新語・流行語大賞に入賞し、社会に広く知られた「援助交際」という言葉。援助とつくが、ドラマで扱われたのは未成年者を対象とした買春である。児童買春を当たり前のようにおこなう大人は、ひなたちのような若者を傷つけ「大人は信用できない」という思いを強くさせるのではないか。
ドラマ内で、ひなのスマートフォンに来た客からのメッセージに、ひなは「ホ別2万」と条件を返信していた。ホテル代は客持ちで、ひなには2万円が支払われる。実際、トー横界隈の少女を買う際の相場が2万円程度といわれている。仮にKのような紹介者をとおしていたとして、そこから7割が引かれるとなると、手元に残るのは彼女たちのリスクに見合わない金額。それでも山ヨコや案件から離れられない苦しさを、客の元へ向かうひなの後ろ姿が伝える。
少し先の未来を描いた意味
Kこと桑田佳那美(湊さやか)に盗撮されていたひなと美冬の「案件」中の動画は、カフェ「KNIGHT(ナイト)」の従業員・木崎成貴(若林時英)の手に渡る。動画をインターネット上に流すとひなを脅す木崎。そのときひなの傍にいた羽男に「脅迫罪」だと言われ、すぐに動画の入ったSDカードを渡すと言ってきた。羽男が弁護士として、そしてひとりの大人としてひなを守る。
SDカードが手に入ることにより、美冬は辰久を傷害罪で訴えることができる。警察に告訴し、辰久を逮捕するのも可能になってくる。その確信があった場面の構図がとても優しい。
まっすぐに立つひなを背中から撮り、その左には座ってひなを見上げる羽男が微笑んでいる。右には、ひなと同じ目線で彼女を見つめる石子の姿がある。大人たちに守られず、信用できなくなり、居場所を失っていた未成年のひなを、左右からふたりが笑顔で見守っている。その時点ではまだひなの表情が見えないのがまた良い。
ひな、石子、羽男はみんな他人だ。例えば、抱きしめたり手を取り合ったりして、ひなたちを守ると表現することもできたかもしれない。しかし、他人同士の助け合いは適切な距離感があるからこそ上手く機能する場合もある。石子はひなを一時的に家に泊めたが、大人の責任としては、いつまでも家出少女を泊めておくわけにはいかない。彼女たちのためを思えばこそ、使える法律や福祉のちからを頼れるよう道をつくるのが大人の役目だ。
ひなと美冬を助けるため、潮綿郎(さだまさし)、大庭蒼生(赤楚衛二)や塩崎(おいでやす小田)が作戦に加わった。少なくとも、石子と羽男、そしてその周囲の大人たちは自分のできることで彼女たちを守ろう、大人の役目をまっとうしようとした。
辰久は美冬を殴るとき、上から彼女を抑えつけるようにして覆いかぶさる。石子と羽男がひなを挟んで優しく笑うシーンの構図は、ひなを「上から」ではなく、羽男は下から、石子は同じ目線でと、彼女を怖がらせない高さから見つめている。同じ大人でも、辰久の未成年への接し方とはまったく違う。
居場所がない若者たちを山ヨコやトー横などの福祉以外の場所に押し込めているのは、彼らを腫れ物扱いする大人たちなのではないか。今年7月中旬には、トー横で警察による一斉補導がおこなわれ、18歳未満の男女20名以上が補導されたという。補導された彼らのその先の居場所はどこにあるのだろうか。
ひなと美冬は、石子と羽男らのサポートで「都民シェルター 支援センター」に行くことになる。ひなにとって初めてできた友だちの美冬。ふたりは石子と羽男におじぎをし、笑顔で建物に入っていく。
第7話の事件が起こったのは、2022年9月となっている。美冬は9月4日に家出をし、桑田が殺されたのは9月9日。サティヤム(ラジャS)のキッチンカーのサイドミラーが壊されたのは9月10日。第7話は、放送日の8月26日よりも未来の話だったのだ。
新井プロデューサー、塚原ディレクターらは、ひなと美冬の話を現実よりも未来の話としてつくった。近い将来、「○○キッズ」と呼ばれる若者たちにも、彼女たちのように信じられる大人や繋がるべき福祉、サポート先を頼ることができる未来がきてほしい。そして、大人たちが彼らを抑えつけるのではなく、近い目線で見守る社会となってほしい。
日付の設定には、そんな願いが込められているように感じた。
早く赤楚衛二を助けて
大庭とおつきあいをはじめた石子。彼女が大庭の家に行くというドキドキの展開もあったが、それは大庭にドライブレコーダーの映像を鮮明にしてもらうためだった。夜遅くまでお酒を飲んだりしながら映像を解析したであろう翌朝、大庭の寝顔を見て表情を緩ませる石子が可愛い。大庭の部屋にあったLANVIN(ランバン)の名刺入れからは、東京都墨田区にある「株式会社ナカマル」の社員としての名刺がこぼれていた。
ラストシーン、スーツ姿の大庭の前にあるグラスにシャンパンが注がれる。もしかして石子とデートか、と思いきや、そこには御子神(田中哲司)の姿が。経営者の懇親会に出席しているようだ。大庭の名刺には「株式会社グリーンエステート 代表取締役 大庭蒼生」の文字。会社の所在地は東京都豊島区となっている。本当にその会社はあるのだろうか……。
何か危うい状況に巻き込まれていそうな大庭だが、9月2日放送の第8話のテーマは「ウェブサイト情報削除請求」。グルメサイトに勝手に掲載された飲食店の情報を消したいと、羽男たちが店主から相談を受ける。羽男の因縁の弁護士・丹澤(宮野真守)が再登場。羽男が丹澤に成長を見せつけられるかどうかハラハラする一方で、大庭の件が気になりすぎる。大庭も早く「真面目に生きる人々の暮らしを守る傘となる」潮法律事務所で助けてあげてほしい。
次回のゲスト俳優は梶原善、堀井新太、小池里奈。生活にすっかり浸透して当たり前になっているグルメサイトに羽男たちがどう切り込んでいくのか。
毎週金曜よる10時~
出演:有村架純、中村倫也、赤楚衛二、おいでやす小田、さだまさし 他
脚本:西田征史
音楽:得田真裕
主題歌:RADWIMPS「人間ごっこ」
演出:塚原あゆ子、山本剛義
プロデュース:新井順子
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