国家資格を持ちながら… 違う仕事に従事するそれぞれの「理由」

国家資格を保有しながらも、資格を生かした専門職に就かない――。そんな働き方を選んだ理由は何なのだろうか。現在は保有している税理士と介護福祉士の資格とは違う業界でそれぞれ活躍している2人に話を聞いた。

税理士試験に合格、事務所で働いたものの…

「今は契約社員として事務職で働いています」

こう話すのは、税理士の資格を持っている上野潤さん(30)。現在、建設コンサルタント会社の八千代エンジニヤリングの名古屋支店で働いている。税務や経理といった資格が生きる仕事には携わらず、技術職社員の事務系のサポートや解析業務の補助が主な業務だという。

母から「手に職を」と言われて育った上野さんは、大学で所属していたゼミの教員からの勧めもあり、税理士資格の取得を決意。大学院にも進学し、資格専門学校とのダブルスクールの日々を送った。大学院に通ったことで、税理士試験の一部科目が免除されたり、「もともと理系で数字に抵抗感がなかった」こともあったりして2016年に試験に合格。税理士登録のためには実務経験が必要なため、名古屋市にある従業員が20人程度の個人税理士事務所に就職した。小規模な事務所を選んだのは、大きな事務所のように業務が細分化されずに「1人ですべてができそうだった」からだ。

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現実は想像とは違った。建築系の中小企業や個人が顧客のこの事務所では、繁忙期は終電まで働くことが当たり前。体力的にきつかったことに加えて職員同士の人間関係にも問題があった。半数程度は税理士資格を持っていたが、従業員の中には試験合格者ではない人もいて嫉妬を感じたという。

そこでは、独学で身につけた表計算ソフトのスキルを使い上野さんが業務を効率化しようとしても、お礼は言われず、さらに雑用を頼まれたり、細かなことで怒鳴られたり――。事務所の所長は、当初こそ上野さんをかばう姿勢を見せたものの、次第に以前からいる従業員の方を向くようになったように思われた。

顧客の中小企業や町工場の社長へも挨拶しに行った際に、あからさまに不機嫌な対応を受けたと感じたこともたびたびあったという。「若い女には任せたくないという意識だったのでしょうか」。過剰労働に加えて、事務所内外の上野さんへの態度に傷つくことも少なくなかったという。

そうした生活の中、結婚が決まった上野さん。「少しだけ休みたいな」。新生活に向けて準備をする中で、ふとパートナーに漏らすと退職を強く勧められた。

2年間の実務経験を経て税理士登録はできたが、いったん税理士の仕事からは離れることを決意した。

 「少しだけ休む」つもりだった

「いつでも税理士に戻れるし、少しだけ休む」つもりでいたため短期の派遣に応募。残業の少なさと駅に近く、自宅から通いやすいという条件が合致したので、現在も勤務しているコンサルタント会社で働くことにした。強いこだわりもなく働きはじめたが、労働環境も良く、これまでに培った表計算ソフトのスキルも高く評価された。「税理士時代にはその技術が、ほかの従業員から嫌みを言われる原因にもなっていたのに」と上野さん。新たな職場で3年ほど働いた後、会社から契約社員への切り替えを打診され、快諾した。

税理士の資格を取ったこと自体には後悔はない。勉強をしたこと自体は無駄にはならないし、パートナーが務められなくなるなどのことがあっても、自身の資格を生かして働くことができるからだ。「今はまったく関係のない仕事をしていたとしても、生きていく上での自信と拠りどころになっています」

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介護福祉士の資格を取得も就職は…

上野さんのようにまったく別の職業に転職する人がいる一方、資格を取得したものの、一度もその専門性を生かしていない人もいる。小林美玖さん(24)は、岩手県の私立高校の福祉科で学び、介護福祉士の資格を取得。その後は音楽業界の専門学校への進学を経て、テレビ番組制作会社に就職後、今は東京にある人材紹介会社・リアステージで働いている。

 公立の高校受験に失敗し私立高に進むことになった小林さんは、学費も高くなることから「何かを習得して卒業したい」と考え、周囲の勧めもあって資格取得を決意。祖父が認知症や病気を患っていたこともあり、身近に感じていた介護を専門的に学べる高校に進学することにした。

転機は国家試験の勉強が本格化する前に上京して訪れたアイドルのコンサート。初めての生のコンサートに感動し、「こんなキラキラしたアイドルと仕事をしたい、コンサート運営に携わりたい」という思いが芽生えた。

 「若いうちは、今しかできないことにチャレンジしたい」

小林さんは、同級生らと切磋琢磨し、高校卒業と同時期に介護福祉士の資格を取得。ただ、高校を卒業後の進学先には音楽の専門学校を選んだ。実地でのコンサート運営などを中心に音楽ビジネスを学んだが、就職先が決まらなかったこともあり、音楽業界への情熱は薄れた。それでも「芸能界に携わりたいし、いつかアイドルと仕事がしたい」という思いは依然としてあったため、テレビの制作会社に就職。ADとして報道を1年、バラエティーを2年担当した。忙しい業務をこなす中で成長を実感できたが、バラエティーに移ってからは、休みがほとんどない生活だった。ちょうどその頃、夢見ていたアイドルとの仕事が実現したこともあり、「燃え尽きた」と感じて退職。

テレビの制作会社は、先輩や同僚も忙しく相談できない環境で、長く続けられる仕事ではないと感じた。そのことから、上司らとの距離の近さや新しいことを存分に学べる環境を求め、リアステージに入社した。現在は人材紹介の中でも、法人向けの営業をしたり、キャリアアドバイザーをしたりしている。様々な相談に乗る中で、自身の高校時代の実習先での経験や、介護福祉士の友人の話を伝えることで、介護業界で働くことのやりがいを求職者に伝えられているという。

 

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国家資格を持っているからこそ今は自由に!

小林さんは現在、介護福祉士として働くことは考えていないが、「いずれ結婚して子どもができて、子育てが一段落してから介護福祉士として働くのも選択肢のひとつだなとは思っています」と話す。音楽の専門学校への進学や番組制作会社への就職、そして転職……。「国家資格を持っていて、いつでも専門職に就けるという強みがあるからこそ、躊躇なく興味が湧いたことにチャレンジできてきたのだと思います」。

広告代理店で約10年間、コピーライター、プランナーとして企業や商品のブランディングに携わり、各種企画、コピーライティング、ディレクション業務を担当。独立後は大阪を拠点に全国とつながり、ブランディングやコピーライティングの他に、インタビュー記事の執筆、プレスリリースの作成、プロモーション企画の立案など幅広く活動。作詞、脚本にも挑戦中。

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