笹川友里さん、AD からアナウンサー、退社、そして起業へ…。「年齢を重ねるにつれ、めちゃめちゃ楽しくなっています」

現在、様々な分野で活動する笹川友里さんは2月のTBS退社後、自らの会社も立ち上げました。活躍するフィールドを広げる笹川さんにTBS時代のことや、今後のキャリアについてお話を聞きました。

走り抜けたTBS時代

――2021年2月に8年勤めたTBSを辞められました。振り返っていかがですか。

笹川: 長年勤めた会社を辞めたのは短期的な判断ではなく、自分としっかりと向き合う時間を取るためです。仕事に関しては今もTBSによく行きますし、在籍時代からの繋がりで発生するものも数多くあります。退社したらこれまでのご縁は切れてしまうのかなとも思っていたので、とても嬉しいです。TBSでの8年、壁にぶつかり続けながらではありましたが、自分なりに走り続けることで、何事にも変え難い一生信頼できる仲間がたくさんできましたし、経験も積むことができました。

――入社後、制作局に配属された笹川さんは「美人すぎるAD」と話題になり、14年4月にアナウンス部に異動。大きく騒がれました。

笹川: ADを1年間したことは貴重な経験でした。最初からアナウンサーをしていれば、見えない景色がありますから。ADとして必要な小物の発注を忘れるといったミスをする中で、番組が成り立つための仕組みを知れたのが本当によかったですね。

安住紳一郎さんから「無色透明であれ」と言われて…

――TBSアナウンサー当時は、どのような思いで?

笹川: 新人時代はバラエティーの仕事も多かったのですが、私にはこれといって強いキャラクターもなく、“笹川友里らしさ”について悩んでいました。先輩の安住紳一郎さんからは「無色透明であれ」って言われていたのですが、当時はよく意味が分かりませんでした。しかし今、アナウンサーという伝える仕事の本質について考えてみると、本来はキャラが立っていることも、他人と差別化することも必須ではないことに気付きました。30代になって安住さんの言葉の意味も理解できるようになりましたね。出産などを経て肩の力が抜けた今は、仕事ともフラットかつ自然に向き合えている気がしています。

――17年12月に元フェンシング日本代表の太田雄貴さんと結婚し、その後第1子を出産。そして昨年、TBSを退社するという選択をされました。

笹川: 子育ても大切にしたい、夫の多忙さも考慮したい、アナウンサーの仕事もしっかり向き合いたい……。家庭と仕事の両立を考えたときに、器用ではない自分の性格を考えると、今の働き方のまま全力投球を続けては、すべてが中途半端になると思いました。欲張って頑張ろうとして結果的に周りに迷惑をかける姿が容易に想像できたんです。何を手放して何を守っていくか――。素直に自分の気持ちと向き合い、自分の人生と家族の人生のバランスを考えた選択をしようと思いました。

夫からも「色んな30代のカタチがあるんじゃない?」「チャレンジしてみたらいいんじゃないの」と言ってもらったことで、決心。恐らく別の方と結婚していたら退社なんて1ミリも考えなかったでしょうね。夫はご存じの通り、常に攻める姿勢で生きていますので。そういう人が隣にいるからこそ、様々な視点が持てるようになりました。

選択した“自分でマネジメントをする道”

――今春には「setten」という会社も立ち上げられました。

笹川: 局アナ時代は当然、マネジャーもいないですし、諸先輩方に相談には乗ってもらっていたものの、自身でマネジメントをしているような感じでした。なので、退社後も事務所に入らず自分で自分の仕事を決めていくという方が自分としては自然。だから会社を設立したんです。人との繫がり、つまり“接点”をもっと大切にする社会にしたい、という思いから「setten」と名付けました。

「setten」には自身のマネジメントのほかに、「衣食住」「人との繋がり」という軸があります。現在も数社、プロダクト開発としての取り組みをさせていただいていますが、今後は自社でも形ある商品を開発していけるよう鋭意、企画中です。

“大吉の大予言”の意味が次第に!

――同世代の女性の中には「やりたいことが見つからない」「やりたいことはあるけど踏み出せない」という人も多い印象です。

笹川: 周りや、インスタのフォロワーの方から相談を受けることが、なぜか私は結構あるんです。確かにやりたいことを探すのは難しいですが、“どんな自分になりたいか”から考えるといい。35歳の時点で「子育ての優先順位を上げたい」「海の近くに住みたい」「仕事は17時までに必ず終わりたい」「年収を○○%あげたい」などなんでもいい。成し遂げるために逆算をしたら、様々なことが見えてくると思うんです。

たとえば、子育て優先であれば福利厚生のしっかりした会社に転職するべきだと考えるようになるし、年収を上げるためには副業の必要性に気付く。海の近くに住むならリモートワークが許される会社で働かないといけない、とわかる。

そして、やることが決まったら自分が信頼する3人に相談してほしい。友達だけなら偏るので、50代の男性、母親、親友といったようにです。3人が「やってみなよ」と口を揃えたら、前に進んだ方がいいと私は思います。

退社する前、まさに私も実践しました。様々なバックグラウンドの多くの人に聞くとフィードバックも増えますしね。自分一人で決めるよりは、安心してトライできたり、飛び込んだりしやすいと思います。

――年齢を重ねることにも不安な人がいる一方、楽しみな人もいます。

笹川: 私は年齢を重ねるにつれ、めちゃめちゃ楽しくなっています。仕事でご一緒していた博多大吉さんに人生相談していたときに、「笹川さんは結婚して子どもを産んだら、すべてが楽になると思うよ」って言われたんですよ。私は“大吉の大予言”って呼んでいます。当時はピンと来なかったのですが、「絶対そうだから、やってみな」と言われて。実際の私は肩に力が入ってしまうタイプ。自分のキャリアにフォーカスしていた20代は、苦しくなっていたし疲弊していた。

それが、子どもや夫のことを優先して、自分のことを後回し、というバランスに移行した今はなんだか少し楽になって……。今では公私ともに、うまくいかなくても「まぁいっか。こんなもんでしょう!」と自然に受け入れられるようになりました。

笹川友里さん、“デジタル”を扱うラジオ番組のパーソナリティーを今春から。「苦手だからこそリスナーとの架け橋に」

●笹川友里(ささがわ・ゆり)さんのプロフィール

日本女子大卒業後の2013年にTBSに入社し、制作局に配属。14年4月からアナウンス部に異動し、「王様のブランチ」などに出演。21年2月に退社。自ら立ち上げた「setten株式 会社」の代表や、雑誌「VERY」の専属モデル、プロダクト開発など幅広く活躍している。

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ハイボールと阪神タイガースを愛するアラフォーおひとりさま。神戸で生まれ育ち、学生時代は高知、千葉、名古屋と国内を転々……。雑誌で週刊朝日とAERA、新聞では文化部と社会部などを経験し、現在telling,編集部。20年以上の1人暮らしを経て、そろそろ限界を感じています。
1983年生まれ。出版社勤務を経て、2008年 フリーランスフォトグラファーに。「温度が伝わる写真」を目指し、主に雑誌・書籍・web媒体での撮影を行う。