井手上漠さん「マイノリティを受け止めて。20年後に世の中を変えるには、今、一歩を踏み出せるかどうか」(後編)

今年の春に高校を卒業し、上京したばかりのモデル・タレントの井手上漠さん。16歳の時には、”可愛すぎるジュノンボーイ”として話題になり、ありのままの自分を発信する井手上さんの生き方、メイク、ファッションに共感する「バクラー」も現れるほど。後編では、井手上さんが高校時代に経験したジェンダーレスな制服改革、先生との戦いの日々、みんなが生きやすい世の中に変えるためにやるべきことを聞きました。

海士町の高校で起こった制服改革

私の生まれ育った島根県隠岐諸島にある中ノ島の海士町(あまちょう)は、ひと言でいうと「家」。みんなが家族みたいな感じです。知らない人はほとんどいなくて、島の人とあいさつするのは当たり前。のどかで、あたたかくて平和な島です。

高校も海士町にある県立高校に通いました。2020年には、この高校が制服改革で取り上げられて、大きなニュースになりました。高校で出会った友人の中にも、生まれ持った性別に違和感を覚えている子が何人かいて、その子たちを中心に制服の見直しへと動き出したのです。私も、高校1年生の頃から徐々に、この活動に加わり、高校3年生になった202061日、制服規定を変えることができました。2年かけてようやく、です。

男子用(学ラン)、女子用(ブレザー&スカート)という言葉をなくし、タイプ1、タイプ2というジェンダーレスな名称に変更し、生徒が自由に選べるように。「一度着てみたかった」と学ランを選ぶ女の子もいたし、私もタイプ2の制服もつくって、スカートで通学していました。

長年戦い続けた先生を倒せた日

とはいえ、制服改革は簡単ではありませんでした。先生は昔の価値観を押し付けて、なかなか私たちの主張を理解してくれません。でも、それは仕方がないこと。先生たちも歴史を大切にする日本の文化の中で育ち、つちかわれた価値観があるのです。そこである時、男性の先生に「先生は普段パンツを穿いてますけど、穿きたくもないスカートを穿いて廊下を歩けますか?」と率直に意見をぶつけました。すると、その先生は私たちが抱えている問題の深刻さを理解してくれて、職員会議で問題提起してくれました。

確かに区別は大事ですが、それが差別になってしまっては問題です。それは、やっぱり当事者ではないから。私たちのような当事者が壁にぶち当たった時に感じていることを同じように感じることはできません。

私たちマイノリティは、孤独を感じて生きているから、意見を言うことすら許されないと思いがちです。でも私は言葉にして、いろいろな人に思いを伝えることで、理解してもらったり、認めてもらったりすることを知りました。
この制服改革で、私の母校は多様性を認める先生が増えました。こういった機運が高まり、日本全国にこういう学校が増えればうれしいです。

分かってほしいのではない、受け止めてほしいだけ

これから世の中を変えていくために大切なのは、当事者と第三者が分かり合うことだと思っています。結局、当事者がどうこう言ったところで、それはわがままにしか聞こえない。例えば、私が「女性更衣室で着替えたい」と言っても、性別に違和感を覚えていない人からすると、わがままに過ぎないと思うのです。そういう気持ちを味わったことがないから。でも実際に味わってもらうにはどうしたらいいかと考えても、無理ですよね。だから、分かってほしいと言ってるわけではありません。ただ、そういう人もいるんだなと思ってもらえればいいだけ。

残念ながら、それすら否定する人もいます。それはなんでなんだろう……。私は否定から話を始める人がすごく苦手です。まずは肯定してほしい。18年しか生きてなく、偉そうに言っているように聞こえてしまうと思うのですが、まずは受け止めてほしいんです。

SNSで誹謗中傷する人は孤独だから

私は昔から一般的な男性のイメージから外れていて、常に否定されがちな子どもでした。「気持ち悪い」「女、男どっちなの?」など、いろいろ言われて、髪を切って“普通の子”になろうとした時期もありました。本当はもっと強く生きればよかったのだろうけれど、まだ子どもだったし、周りに合わせることがすべてだと思ってたので。「世の中に私のような考えもあるのだ」と発信することさえ、よくないことだと感じていました。

中学生の時に、能海先生が私の思いをまとめた弁論文を、みんなの前で発表してみないかと言ってくれた時、「これは世に出してもいいものなんだ」と驚きました。実際、勇気を振り絞って、みんなの前で発表したら、たくさんの人にほめてもらえました。そこで、自分の生き方は間違っていなかったけれど、それを偽って生きてきたことは間違っていたと気づきました。

子どもの頃から、トゲトゲしい言葉を向けられてきましたし、最近はSNSで誹謗中傷してくる人もいます。でも私は気にしていません。ずっとそういう言葉を投げられてきて、それに慣れてしまっているのかもしれない。
かといって誹謗中傷する人を責めたくはありません。ネットがひとつの発散の場になっていたりもするかもしれません。だただからといって、誹謗中傷することを肯定していないし、その人の言葉を信じようとも思いません。
SNSは自分に得だと思うことは取り入れて、そうでないものは切り捨てる。都合よく使えばいいんです。

 

20年後の世の中を変えるためには

4月にフォトエッセイ『normal?』を出すことができました。私は「普通」についてよく考えるのですが、答えが見つかりません。今はまだ、考えている途中なので、タイトルにも「?」をつけました。普通って一体何なのか。普通にとらわれすぎてはいないか。もう一度、今、みんなで普通について考え直す必要があると思うんです。

エッセイになったのは、「私が思う普通は、そもそも普通なのか……」をめぐって、今まで書きとめていたものです。
「普通」だとなぜ、みんな安心するのかは、子どもの頃からよく考えていたことのひとつ。私は、壊れそうな橋の先に母という大きな支えがあったら、リスクがあってもそちらを選ぶことができた。でも、リスクがある橋に渡るのは、正直怖いんです。こうやって生きている限り、これからもリスクがある道を歩むしかありません。

これから私がやりたいのは、調和し合えるような世の中に変えること。協調して調和しあう……難しいですよね。でも、みんなで輪になるのは大事。人を受け入れるのは表向きだけでもいいんです。みんなの普通が普通であるためには、今から変えていかないといけないと感じています。

1年後に私が想像している明るい未来になるのは、無理かもしれない。でも20年後は実現できるかもしれない。それは大人たちが子どもに、どう教えていくかだと思います。男の子は仮面ライダー、女の子はプリキュアと押しつけがちな価値観を少し変えるだけで、今の子どもたちが大人になった時に、世の中が変わるかもしれない。

それは、私やtelling,読者のみなさんが子どもたちにどう接するかで決まると思っています。今、少しだけ考え方を変えることが、世の中を変える大きな一歩になるのではないでしょうか。

 

■井手上漠(いでがみ・ばく)さんのプロフィール
2003年120日、島根県隠岐郡海士町に男性として生まれる。
2018年、高校1年生で第31回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストにてDDセルフプロデュース賞を受賞。以降、『行列のできる法律相談所』やサカナクションのミュージックビデオ『モス』 等、数多くのメディアに出演するほか、モデルとして多数のファッション誌・美容誌で活躍する。インスタグラム(@baaaakuuuu)、ツイッター(@i_baku2020)

 

『井手上漠フォトエッセイ normal?』

著者:井手上漠
発行:講談社
価格:1,430円(税込)

 

telling, 編集長。女性誌編集、WEBディレクター、PR、フリーランス編集・ライターを経て、2020年3月より現職。年間70回以上コンサートに通うクラオタ。国内外のコレクションをチェックするのも好き。美容に命とお金をかけている。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。