井手上漠さん「心に女か男かの違いがない。でもジェンダーレスだとは思っていません」(前編)

高校1年生の時に”可愛すぎるジュノンボーイ”として注目を集めた井手上漠さん。今年の春に高校を卒業し、上京。そして、フォトエッセイ『normal?』(講談社)を発売しました。子どもの頃から、枠にはまることなく生きることを決めてきた井手上さんに、高校時代のことや、ジェンダーレスとくくられることについて、お話をうかがいました。

何かの型にはまりたくない

2019年3月、16歳の時にtelling,に載った記事のこと、よく覚えています。2年前だけど、すでに懐かしい。あの時は自分でメイクしていたし、事務所にも入ってなくて、何でも全部自分でやっていたので。事務所に所属して、今年3月に高校を卒業して、上京してと、いろいろ環境が変わりました。そのせいか最近、周りの人から「大人っぽくなったね」と言われます。でも、芸能界のことは全然詳しくないし、これから知っていかないといけない。今はまだ日々勉強の段階です。

2019年の記事はこちら:ジュノンボーイ・井手上漠さん「男性に寄せようと髪を切ったこともありました」

これからはお芝居にも挑戦したいと思っています。自分とは真逆の役を演じるのも、おもしろそう。例えばクールでちょっと怖い役。私は、周りの人から変わってるとか、ミステリアスと言われると、うれしい。よく分からない人と思われたいのかも。何かの型にはまりたくないんです。だから、いろいろな役を演じられるような人間になりたい。

普通の18歳「あれから恋はしました」

友だちと一緒にいる時は、めちゃくちゃうるさい人です。大きな声で笑ってるし、しゃべるし、普通の18歳だと思います。やっぱり、高校時代は恋バナをよく話していました。それ以外は本当にたわいもない会話ばかりですね。くだらないことで笑って……。

2年前のインタビューでは「まだ誰も好きになったことないんです」と言いましたが、あれから恋はしましたよ。その人こそ、まさにミステリアスって感じの人で、よく分かんない人。日によって、キャラとか性格が違うんです。優しい時もあるけれど、毒舌の時もあるみたいな……。高校の時は、恋愛のことを考える機会が多かったですね。

この春に上京して、友だちとも離れて、たわいもない会話を懐かしく感じます。

「私は井手上漠」それ以上でもそれ以下でもない 

私はよく「ジェンダーレス」と見られがちですが、自分をジェンダーレスだと思っていません。私には、そういう言葉がないんです。LGBTQのどれかにぴったり当たるわけでもないし、“ジェンダーレス男子”というくくりにも違和感があります。でも、そういう型にはめられても、構わないとは思っています。見る人の自由でいいから。ただ、これまで自分から「ジェンダーレスです」と言ったことは、一度もありません。

「男性ですか?女性ですか?ジェンダーレスですか?」などと、いろいろ聞かれますが、「私は井手上漠です」と答えるのがベストであって、それ以上でもそれ以下でもないと思っています。私の中で心に女か男かの違いがない。だから、Twitterのプロフィール欄にも「いでがみばくです、性別ないです」と書いているんです。

小学生の頃から先生が敵だった

私は小学生の頃からずっと、「男の子だから強くありなさい。女の子だからおしとやかに」とか、昔ながらの価値観を先生を含めて大人たちから押しつけられてきました。大切なこともあるかもしれないけれど、私はそれに縛られてきました。はむかえない自分が悔しくて、時にはそういう大人たちを敵視したこともありました。

中学生の頃には、前髪が長くて髪の毛を結んでいたのですが、それを先生に怒られてしまって。女の子には「髪をしばれ」と言うのに、なぜ私はだめなのか、まったく理解できませんでした。そんな中で中学生の時に出会った能海千文先生だけは違いました。髪の毛を結んでいるのを見て、「かわいいじゃん!」ってほめてくれて、否定せず、初めて私のすべてを受け入れてくれた先生。中学3年生の時には、ありのままで生きることを書いた弁論文を、みんなの前で発表する場も設けてくれて。この弁論文はのちに、「第39回少年の主張 全国大会」で発表して、文部科学大臣賞をいただきました。能海先生が、私を変えてくれたと言っても過言ではないと思っています。

お母さんが一番の味方

何かを変える時ってパワーが必要だと思うのですが、私の一番のパワーになったのはお母さんです。お母さんは私の一部。母子家庭で育ったので、私にはお母さんしかいないんです。頼りになる人もお母さんしかいないし、一番の味方がお母さん。

もちろん反抗期はありました。でも、お母さんはどんなことでも真剣に向き合ってくれて、反抗しても見捨てたり、あきれたりしませんでした。私がお母さんにぶつかれば、同じぐらい本気でぶつかってきてくれました。

私はお母さんにすごくよく似ていると言われます。そのまま受け継いだって感じ。そして今の私があるのお母さんのお陰。そんなお母さんには感謝してもしきれません。

お姉ちゃんとは、きょうだいだから切っても切れない縁があります。似たところが多すぎて、嫌いになる時もあるし、ケンカもするけれど、それでも一緒にいなければいけない存在。お互いに全部を知ってしまっているからこそ、何でも共有し合える。コスメやファッションもシェアしていました。ファッションの好きなジャンルも似ているし、本当に似てるところばかりなんですよね。

でも、お姉ちゃんがお姉ちゃんでいてくれて、よかった。そうじゃなければ、私もこうやって生きてなかったんじゃないかな、と思うぐらい大きな存在です。

過去は自分の考え次第で変えられる

よく私は意見が大人っぽいと言われるのは、人の話を聞くのが好きだからかもしれません。どんなに苦手な人の話でも聞くのが好きなんです。

あるとき、成功の秘訣を知りたくて、キングコング・西野亮廣さんのオンラインサロンを覗きました。その時の西野さんの話にめちゃくちゃ感動してしまって。

よく、過去は変えられないけれど、未来は変えられるって言いますよね。でも西野さんは、過去は変えられるけれど、未来は自分では変えられないと話していたんです。恥ずかしい過去があっても、それを笑い話にできれば、おもしろい過去に変わってしまう。過去が自分の考え次第で変えられると聞いて、衝撃を受けました。私は人の話を聞いて感動して、積極的に自分に取り入れます。いろいろな人の話を聞くことで、どんどん視野が広まっていくんです。

 

■井手上漠(いでがみ・ばく)さんのプロフィール
2003年120日、島根県隠岐郡海士町に男性として生まれる。
2018年、高校1年生で第31回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストにてDDセルフプロデュース賞を受賞。以降、『行列のできる法律相談所』やサカナクションのミュージックビデオ『モス』 等、数多くのメディアに出演するほか、モデルとして多数のファッション誌・美容誌で活躍する。インスタグラム(@baaaakuuuu)、ツイッター(@i_baku2020)

 

『井手上漠フォトエッセイ normal?』

著者:井手上漠
発行:講談社
価格:1,430円(税込)

 

telling, 編集長。女性誌編集、WEBディレクター、PR、フリーランス編集・ライターを経て、2020年3月より現職。年間70回以上コンサートに通うクラオタ。国内外のコレクションをチェックするのも好き。美容に命とお金をかけている。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。