臨床心理士みたらし加奈さんに聞く、コロナ禍のメンタルヘルスとは?
見えないストレス、たまり続ける
――臨床心理士として日々、相談を受ける中で、どんなことを感じましたか。
みたらし加奈さん(以下、みたらし): まず、相談数がとても増えました。コロナ禍のメンタルケアの必要性を様々なメディアが発信したことで、「自分もケアしてみよう」と思う人が増え、相談の敷居が下がったこと、精神的なしんどさ自体が大きくなっていることの両面があると思います。
相談を受ける中で感じてきたのは、「コロナ禍をストレスフルな状況としてとらえられている人が、実は少ない」ということです。
人はそれぞれストレス耐性が異なります。例えば、「コップの中に水がたまること=ストレスがたまること」とイメージしてみてください。家族とけんかしたことで、200ミリリットルが許容量のコップに、50ミリリットルの水がたまったとします。普段であれば、心のケアをすることで、水は自然と減っていきますよね。
しかし、コロナ禍では何もしていなくても見えないストレスを感じ、コップに水がたまり続けるような状況です。意識していないと許容量を超えてしまい、気づいたときには水があふれてしまうのです。
――水があふれそうだと、自分で事前に気づくことは難しそうです。
みたらし: 「リモートワークで通勤が楽になったと思っていたのに、ふとしたときに急に泣けてきてしまった」。そんな声も聞きました。リモートで助かったこともあっただろうけど、不安は知らず知らずにたまります。心の問題は目に見えないので、体に出てきてしまうこともある。そうなって初めて気づく人も多いです。
自分自身をケアするには
――みたらしさんの著書『マインドトーク』(ハガツサブックス)では、「自分自身をケアすること」の大切さについて繰り返し触れていました。自分自身をケアすることに、苦手な人が多いような気がして……。どのように感じていますか。
みたらし: 日本では、精神疾患の人を自宅のおりや離れに閉じ込めていた時代がありました。メンタルの病気が、「こわいもの」「和を乱すもの」と、とらえられていた過去があります。そうした歴史的な背景も関係していると思います。
「空気を読む」という言葉が生まれるような社会の中では、つい他者評価に重きを置いてしまって、自分のことを大事にできなくなってしまいます。他者の行動に重きを置き過ぎて、自分を犠牲にしてしまう側面が私たちの社会にはあるのだと思います。
――「自分自身をケアする」というとき、まずはどんなことから始めたらいいでしょうか。
みたらし: まずは、体に耳を傾けてあげることです。「最近、肩が痛いな」「腰が重いな」と現時点で体の違和感があるなら、専門の医療機関にかかる。そこでも原因がわからない場合には、心因性の場合もあります。
医療機関に行くことにハードルが高いと感じる場合には、まずは仕事量を減らしたり、しっかり入浴や睡眠を取ったりする。リフレッシュという意味では、美容院など体のケアをするのもおすすめです。一番大事なのが、その時「いま、自分をケアしているんだ」という意識を持つこと。何も考えずに行くのと、「がんばった自分へのご褒美」だと思って行くのとでは、気持ちが全然違います。
自分事にできるように
――みたらしさんはSNSやYouTubeと様々な媒体でメンタルケアや社会課題について情報発信しています。発信する上では、どんなことを大切にしていますか
みたらし: 情報を受け取った方が、自分事にできるような発信を心がけています。その方法のひとつが、顔を出した上で、自分の過去のことも含めて話すことです。
数年前、自分の画像をSNSに投稿したところ、見た人からメッセージをもらいました。「もし違ったらごめんなさい。腕の傷は自傷行為の跡ですか?」「答えたくなければ答えなくていいけど、私は勇気をもらいました」といった内容でした。
実際、私は中高生の頃に自傷行為をしていたことがあります。その経験は、それまで話したことがありませんでした。臨床心理士が自分の過去を表に出すことは、タブーだと思っていたからです。
でも、傷を持つ私が、いまこうして自分らしく生きていることに、何かを感じてくれる人がいた。メッセージをもらったことで、過去を含めて自分のことを発信することが、誰かの勇気につながるかもしれない、と気づきました。
そこで自分自身のことをひとつのケーススタディとして話すようになりました。ただし、成功事例として押しつけることはしません。ひとつのヒントになれば、という気持ちでやっています。
みたらし加奈さんのプロフィール 1993年、東京都生まれ。臨床心理士。SNSを通して、精神疾患の認知を広める活動を行う。大学院卒業後は、総合病院の精神科にて勤務。ハワイへの留学を経て、現在は一般社団法人国際心理支援協会に所属しながらメディアなどにも出演する。女性のパートナーとともにYouTubeチャンネル「わがしChannel」も配信中。性被害や性的合意についての情報やメッセージを伝えるためのメディア「mimosas(ミモザ)」の理事を務めている。