審査員の採点で振り返る「M-1グランプリ2020」採点データ分析。慎重な採点に見え隠れする「史上最高」の記憶

漫才日本一を決める決定トーナメント「M-1グランプリ2020」が12月20日に放送されました。エントリー総数5081組からを勝ち抜き、16代目M-1王者の称号を手にしたのは、野田クリスタルと村上によるお笑いコンビ「マヂカルラブリー」。ボケの野田クリスタルは「R-1ぐらんぷり2020」でも優勝し、二冠達成となりました。慎重な審査が印象的だった今大会を審査員の採点で振り返ります!
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漫才日本一を決める『M-1グランプリ2020』(テレビ朝日系列)。史上最多となるエントリー総数5081組の頂点に立ったのは、窓を突き破り、悪魔を召喚し、中央線の揺れに耐え抜いたマヂカルラブリーだった。

あちこちから魂の叫びがこだました決勝大会を、審査員の採点から振り返りたい。

ファーストラウンド:オール巨人に「80点台」が多いのはなぜか

今年のM-1グランプリは、審査員の顔ぶれも笑神籤システムも昨年と同じ。昨年、ドラマチックな展開を生んだ笑神籤は、今回もいきなりやってくれた。M-1史上初めて敗者復活組がトップバッターになったのだ。

視聴者投票によって選ばれた敗者復活組は、昨年9位だったインディアンス。前回は緊張のあまりネタを飛ばしてしまったが、今年は2人とも笑顔でスタジオに駆けつけ、景気よくハイテンションにネタを繰り広げた。

そして、このインディアンスについた点数が、のちのちまで審査に影響することになる。

『M-1グランプリ2020』ファーストラウンド全組の採点一覧。表中の赤字がその審査員がつけた最高点。青字が最低点。審査員ごと、ファイナリストごとに平均点と標準偏差(点数のバラつき)も併せて算出

インディアンスに93点をつけた上沼恵美子は「感動した」「達者もいいところ」とベタ褒め。89点を付けたオール巨人は、ネタは褒めつつも「89点は一応、申し訳ないけど様子見みたいなもので」と断りを入れていた。

トップバッターに高い点数を付けると、あとからもっと面白い組が出たときに点差がつけにくくなってしまう。その意味の「様子見」発言なのだが、その後のオール巨人の採点を見ると、89点を超えたのは見取り図とおいでやすこがの2組だけしかいない。

「オール巨人だけ点数がちょっと低い」という場面がいくつかあったが、これは恐らくインディアンスとの相対評価でこうせざるを得なかったのではないか。言い換えれば、それだけインディアンスへの評価が高かったといえるだろう。

一方、上沼恵美子はインディアンスへ高い点数をつけたことから「基準」があがってしまい、その後は92点~95点という小幅な動きに納まっていた。他の審査員を見渡しても96点が最高点で、今年は98点や99点という高得点が出ていない。結果、640点台に5組がひしめくことになってしまった。

実は去年もミルクボーイ以外は96点が最高点だった。ミルクボーイほどの爆発がないと97点以上がつかない、というのもあるだろうし、「この先もっと面白い伏兵がいるのかも」と思えば採点も慎重になるだろう。「初出場で史上最高得点」のミルクボーイの記憶が、今年の採点にも影響している……というのは、考えすぎだろうか。

そんななか650点台で頭一つ抜けたのが、ピン芸人同士のユニット・おいでやすこがだった。飄々と歌い上げるこがけんに、足を踏みならし全力で叫び続けるおいでやす小田。ファイナルステージ1位通過を知らされれば、「誰を1位にしとんねん!」と咆哮する。最終決戦に残れなかったニューヨーク屋敷が「来年からは無感情でいきます」と沈む一方で、感情むき出しのツッコミが最終決戦に残るという展開になった。

最終決戦:「3-2-2」に割れる接戦

最終決戦に残ったのは、おいでやすこが(658点)、マヂカルラブリー(649点)、見取り図(648点)の3組。

見取り図は1本目の漫才コントからスタイルを変え、2本目は互いの故郷をディスりあうしゃべくり漫才に。マヂカルラブリーは1本目の「高級フレンチ」同様、「つり革につかまりたくない」と床を転げ回る野田クリスタルを村上がツッコみまくる。最後のおいでやすこがは、ノンストップで誕生日を祝い続けるこがけんに小田が叫び続けた。

フタを開けてみれば、3組中2組は全く会話がかみ合わないネタ。「漫才」の懐の深さを知るとともに、「漫才」としてどう評価するのか、その重みが審査員にのしかかる。結果にもその苦悩が表れていた。7人の審査員が「3ー2ー2」に割れるのは、M-1史上初めてのことだ。

見取り図に2票、おいでやすこがに2票、そしてマヂカルラブリーに3票。M-1グランプリ2020王者は、マヂカルラブリー!(ちなみに松本人志が優勝者“以外”に票を投じるのは5年連続。2016年に審査員に復帰してから一度も優勝者に投票してない……!)

マヂカルラブリーが初めて決勝に駒を進めたのは2017年。結果は最下位だった。審査では上沼恵美子に酷評され、勢いで上半身裸になり、最終的に「上沼怒られ枠」という言葉を生み出した野田。3年ぶりの決勝となった今回は、1本目で土下座のまま舞台にせりあがる“最速ボケ”を繰り出し、「どうしても笑わせたい人がいる男です」とツカミを放った。優勝コメントを求められた野田は言う。

野田「(M-1決勝で)最下位取っても優勝することあるんで、諦めないでください皆さん!

その言葉は、同じ芸人たちに向けられたものだった。苦い思い出は全部フリになって、何年経っても笑いに変えられる。わかりにくいと言われても、顔が怖いと言われても、声が大きいと言われても、もういちど同じ舞台で笑いにできると信じるしかない。

5年ぶりとなる関東芸人の優勝に、R-1ぐらんぷりとの2冠達成という記録までついたマヂカルラブリーの優勝。打ち上げ配信では、さらにキングオブコントとの3冠を目指す発言も飛び出した。「俺、お笑い王になりてぇんす」という野田に、「僕ほんとにもういいって言ってるんですよ」と戸惑う村上。こうなったら、行けるところまで行ってほしいです!

『M-1グランプリ2020』
2020年12月21日(テレビ朝日系列)
https://www.m-1gp.com/

1975年宮城県生まれ。ライター。Web媒体でテレビ番組レビューや体験レポートなど執筆するほか、元SEの経歴を活かしコーポレートサイトや企業広報も担当。また「路線図マニア」としてイベント登壇やメディア出演も。共著書に『たのしい路線図』『日本の路線図』。
フリーイラストレーター。ドラマ・バラエティなどテレビ番組のイラストレビューの他、和文化に関する記事制作・編集も行う。趣味はお笑いライブに行くこと(年間100本ほど)。金沢市出身、東京在住。