女優・長野里美さん、コロナ禍で「なすがままに」という気持ちに 小劇場の女王が今、見据える“後”

「小劇場の女王」として名を馳せ、舞台、映画、地上波ドラマと幅広く活躍する女優・長野里美さん。女優一筋の半生でしたが、新型コロナウイルス拡大を経て心境の変化があったといいます。「自粛」との向き合い方も含めて、今思うことは――。「自分を縛り付けていた『よろい』が外れて、とても楽になったんです」と語る長野さんに詳しくお話を聞きました。

決めつけは間違ってる?おうち時間の気づき

長野里美(以下、長野): 今年は本当に「世界が変わっちゃうかも」という感覚で、たまげちゃいました。こんなことがあるなんて。自粛期間に入ると、価値観が根底から崩れてひっくり返る感覚があって、今まで見ていた景色は、実はその通りではなかったのかもと思えたんです。私も生活が大きく変わりました。女優としての仕事は一時期ほぼなくなり、おそらく多くの人と同じように、自宅で過ごす時間が増えて。

すると私は正直、すごく楽になったんです。これまで決めつけてきたことが「そうじゃなくてもよかったんだ」と思えました。そこで今は以前からやってみたかったこと、新しいことにチャレンジしています。

そもそも、長野さんは早稲田大学在学中に演劇研究会に入り、その後、劇団「第三舞台」の看板女優としてその名をとどろかせました。

長野: 最初は大学の演劇研究会に入ったことがきっかけ。そこから私は女優を目指すことを決めて、一筋。目標に向かって「こうしなきゃ」と考えてきたんです。女優として「次はこの仕事、その次はこんな仕事」「何年後にはどうなる」と頭に浮かべていました。

生活も決まり事をつくるタイプ。「寝る前にはこうしたい」とか自分ルールを作ったり。自宅に閉じこもるのは苦手だと自分では思って、だから毎日散歩であっても一度は外に出る時間を取っていました。でも「自粛」が始まり、ふと思ったんです。「あれ、私、大丈夫だ」って。

「自粛」で気持ちがふさぎ込みがちになった人も多かった2020年。しかし長野さんは、前向きにとらえているそうです。

長野: まず私、自宅で過ごすことがそんなに苦にならない…一人でも平気だなって。健康に気を遣って食べ物を気にしたり、ヨガをやってみたりしました。それに夫や娘も家にいる時間が多かったので、向き合うことが増え、社会のことを語ったり、これまで話さなかったような内容の団らんをしたりする機会にもなりました。

女優としての価値観も変わったんです。自分で縛られていたり、決めつけていたりしたことが多かったと気付きました。「あって当然だ」と思っていたものがなくなっても成り立つ。「なにがなんでも仕事をしなくては」じゃないのかも。

初のシットコム「感覚は舞台だった」

そんなわけで、前々からやってみたかったことにチャレンジしています。自粛期間中に始めたひとつは、YouTubeチャンネルの開設です。今年春にスタートして、文学作品や戯曲の朗読、映画史の開設、お知らせなどの動画を投稿しています。また、一人で出演する朗読劇も開くことになりました。これまでは一人芝居は避けてきたんですが、お誘いがあり、「せっかくだし、やってみよう」と思えたのです。

近年は大河ドラマ初出演など活躍の幅を広げ、ますます人気を集めている長野さん。直近では三谷幸喜さん脚本・演出、香取慎吾さん主演の「誰かが、見ている」に、主人公の隣人の妻役として出演し、話題です。Amazon Prime Videoで9月から配信中の人気作で、本格的なシットコム(シチュエーションコメディー)というジャンル。撮影はコロナ拡大前でしたが、長野さんにとってはこれもチャレンジだったといいます。

長野: 出演はうれしかったです。最初は内容もわからず、去年の年賀状で三谷さんから匂わせるような言葉があったことを覚えています。出演依頼があって、「シットコム」だと知った。アメリカの「奥様は魔女」や「フルハウス」が有名で、日本ではまだ根付いていないジャンル。三谷さんがテレビドラマの「HR」以来、改めて取り組むということで、乗ってみたいと思いました。本格的なこのジャンルへの出演はほぼ初めてです。

ノンストップの撮影で、いざやってみると臨場感に乗せられちゃいました。映像作品として撮影しつつ、目の前には100人くらいのお客さんもいて、笑い声や反応がありました。感覚としては舞台。だから「楽しませないといけない」と力が入りましたね。

私の役の佳子さんは香取さん演じる失敗を繰り返す主人公・舎人真一の隣人の妻。父と娘が覗き穴から隣の部屋を撮影していることを知らず、時々部屋に入っては、ひやひやさせます。最初は「穏やかで、ゆったりとした役」と言われたんですが…それは三谷さんのお好きな“フェイント”でした。いざ始まると「もっとはしゃいでください」と指示があって。三谷さんは本番5分前の“無茶ぶり“とか、小さな遊びを仕掛けてくるんです。そして私は訳も分からず大声で叫んだり、おかしな創作ダンスを踊ったりすることになりました(笑)。

長野さん演じる佳子さんは、上品ながら、奇抜な言動で視聴者を笑いに引き込みます。大きな反響もあったそうです。

長野: 佳子さんは作品を撮りながらふくらんでいった役です。でも佳子さんは、80%は私かも。はしゃいでいる私の部分をうまく抽出してもらったような感じです。

作品としてはお子さんから、世代が上の方まで楽しんでくれているようで、「のけぞって笑った」なんて反応はありがたいです。それから作品の中の佳子さんは、行動力がある印象ですね。私が新しいチャレンジをしてみようと思うのも、佳子さんに触発された部分もあります。

「自粛」やチャレンジを経て、今後のキャリアを自然体に歩みたい気持ちが強くなったという長野さん。「やりたいことがわからない」「やりたいことがあっても踏み出せない」と悩む20代から30代の女性たちに向け、長野さんが思うことを伝えていただきました。

自分へのジャッジから解き放たれて…

長野: 20代から30代は仕事や結婚、子育てなど何かと悩む時期だと思います。私は女優という「やりたいこと」があり過ぎるくらいにあった人間。今でも「やりたいことをできて、いいですね」と言われることがあるくらいです。

でも、本当はそんなに大げさなことでもないのかもしれません。むしろ、たとえば「英会話の勉強」とか、よく考えたらみなさん、やりたいことを何かしらすでに始めているのかもと思うんですよ。「もっと大変なことをしなきゃ」とか「他人と比べて…」とか「自分の能力ではこれ以上無理」とか。私もそうでしたが、自分で自分を決めつけてジャッジしちゃうことは多い。思い込んじゃうんですね。でもその必要はないと思います。

私もこのコロナ禍で、力を抜いて、「なすがままに」という気持ちになりました。
今後は人とのつながりを大切に、過剰な期待をせず、楽しんでやっていきたい。それにはとにかく先のことを思い煩うより、目の前のことに集中するのが一番だという気がしています。

●長野里美(ながの さとみ)さんのプロフィール
1961年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。在学中から劇団「第三舞台」に参加、24作品に出演し「小劇場の女王」として知られた。その後は外部公演、シェイクスピア作品にも取り組んだ。映画やドラマでも幅広い役をこなし、16年には「真田丸」の「こう」役としてNHK大河ドラマにも初出演した。

■「誰かが、見ている」
脚本・演出/三谷幸喜
出演/香取慎吾、佐藤二朗、山本千尋、長野里美、宮澤エマ、夏木マリ
ゲスト出演/くっきー!(野性爆弾)、西田敏行、髙嶋政宏、寺島進、稲垣吾郎、山谷花純、近藤芳正、松岡茉優、橋本マナミ、八嶋智人、さとうほなみ、小日向文世、大竹しのぶ、新川優愛、小池栄子(登場順)

1987年、愛知県豊橋市生まれ。東京在住。ライター。2010年から2020年まで毎日新聞記者。関心分野は文芸、映画、大衆音楽、市民社会など。愛読書はボリス・ヴィアンの諸作。趣味は夏フェスと水鳥観察です。
1989年東京生まれ、神奈川育ち。写真学校卒業後、出版社カメラマンとして勤務。現在フリーランス。