坂口恭平に圧倒されるEテレ『私だけかもしれない講座』ぶっつけ本番の収録現場レポート

Eテレでこの時代にぴったりな超ニッチな番組『私だけかもしれない講座』(放送は9/22)を制作すると聞き、収録現場へ。今回、“私だけかもしれない”問題を向き合うのは、作家、建築家など多方面で活躍する坂口恭平さん。構成なし台本なしのぶっつけ本番3時間超えの現場をレポートします!
  • 記事末尾でコメント欄オープン中です!

“これって私だけかもしれない”、“他の人に話したら引かれてしまうかもしれない”、そんな誰にも言えない悩みを抱えた人に向けた「講座番組」が放送されます。ただ、「99.99999%の人には役に立たないかもしれない」というのです。

その番組は、9月22日放送予定のEテレ『私だけかもしれない講座』。もともと「超個人的な問題」を抱えていた講師が登場し、その問題とつきあっていく過程、自分研究をしていく中で見出した「超個人的な解決法」と「楽しく生きる秘訣」を伝授する番組です。だけど、それはあくまでも講師の「超個人的な悩み」と「解決法」。「ほとんどの人には役に立たないかもしれないけれど、もしかしたら、この世のどこかにいる誰かひとりに深く刺さることもあるかもしれない」と制作をしているという…まさに「史上最もニッチな講座番組」です。

今回『私だけかもしれない講座』の講師を務めたのは、建築家や作家などさまざまな顔を持つ坂口恭平さん。テーマも当日になるまでどうなるかわからず、なんと収録は構成も台本もなしのぶっつけ本番。スタッフ自身も「すべては坂口さん次第。どんな番組になるかわからない」といいます。

いったいなにがどうなっているのか。telling,編集部は収録現場を取材しました。

構成なし・台本なしで「3時間超え」のトーク収録

■8月24日12:30pm
準備が整ったスタジオに坂口恭平さんが入ってきました。ブルーの全身タイツに赤いセーター、両手には黒い手袋をはめています。スタジオの壁や床もクロマキー合成のために青一色で、中央には講義用のボードがあるだけ。

『私だけかもしれない講座』は「テレビで顔を出したくない」という坂口さんの希望から、スタッフが「ご自身が自分のように大事にしている思い入れのあるものを身代わりとして出演しませんか?」と提案。坂口さん自身が編んだ「赤いセーター」が講義をする、という形になったそう。収録では坂口さんが全身タイツの上にセーターを着て話し、放送ではあたかもセーターのみが講義しているように合成されます。

スタッフはカメラの位置などを確認しますが、話す内容や構成といった段取りは全く決まっていません。

坂口さんは双極性障害であることを公にしており、顔出しをNGにしたのも「照明を浴びてテレビカメラの前に立つと興奮しすぎて、翌日鬱になってしまう」からだそう。アドリブで話すようにしたのも、事前に話す内容や構成をかっちり決めておくと、収録では、打ち合わせ内容をなぞらないといけなくなってしまって、窮屈さとストレスを感じてしまい、どんどん落ち込んでしまうからだといいます。スタッフは気持ちよく話してもらうことを重視して、坂口さんの希望を尊重したそうです。

とはいえ、番組側にとっては話がどう転ぶかわからない一発勝負。トーク番組や芸人さんのネタ番組でぶっつけ本番ということはあっても、講座番組は通常、台本や構成、筋書きが細部まで決まっていることがほとんどです。
緊張感が薄い膜のようになってスタジオを包み込んでいるのがわかります。

自分の肩書きを”よく落ち込む大学名誉教授”と決め、「『飲み会に行くとはしゃぎすぎて次の日落ち込むテーマ』でやってみます」という坂口さん。ボードの前に立ち、一人語りの収録がはじまりました。

■12:39pm
坂口さんの語りは自己紹介からはじまりました。双極性障害のこと、赤いセーターのこと。そこから「飲み会ではしゃぎすぎて翌日落ち込む」の話題に続きますが、続きかたが不自然だったのか、なんとなく話しにくそう。一旦収録を止めて仕切り直しに。

「チェックポイントを通過しなければならないことに気をとられて、窮屈さを感じてしまう」と言っていた坂口さん。「テーマについて話す」というチェックポイントがあると、どうしても窮屈になってしまうのかもしれません。

次は「俺のやり方でやってみる」と宣言し、収録を再開。坂口さんのライフワークである「いのっちの電話」からはじめ、人は「他人からどう見られているのか」で悩むことを説き、具体例として自らの経験(子供の運動会に行くのがつらかったこと)を話していきます。

■13:41pm
直接テーマに関係する話題でなくても、まずは思っていること、考えてきたことを吐き出すスタイルで、トークが徐々に熱を帯びてきた坂口さん。身振り手振りが大きくなり、時には床に転がることも。同じくブルーの全身タイツを着たスタッフも、坂口さんの目線の先に座って聞き役になります。

スタジオにあるホワイトボードには、坂口さんの著書から抜き出したキーワードがいくつか貼られており、坂口さんは話に行き詰まると、そのキーワードを時折見ては自分で話の方向修正をしたり、膨らませながらすすめているように感じました。

■14:48pm
休憩(そしてスタジオの換気)時間を度々挟みながら、坂口さんのトークは続きます。自分の子供時代を振り返りはじめ、「話がどこにつながるのか自分でもわからない(笑)」と言いつつ、「悩みゼロだった小4のころのスケジュールに合わせて生活することで、飲み会に行かなくなった」と、「飲み会」のキーワードまでたどりつきました。

「飲み会が嫌でたまらなかった」を入口に、悩みを解決に導くヒントを伝える坂口さん。クライマックスを迎えた講義は、ここに来て「悩見太郎先生」という新キャラを生み出し、最後はギターの弾き語りで幕を閉じました。

その後、オープニング用の映像や題字を収録し、全てが終わったのは15:30pmのこと。最初は緊張状態にあったスタジオも、坂口さんの熱量があがるにつれ、徐々に固さがほぐれていったように感じます。

「私だけかもしれない」は「私だけじゃない」

「構成も台本もない」という、NHKの講座番組としては異例の収録となった『私だけかもしれない講座』。終わってみれば収録時間は3時間にわたりました。

収録後、ブルーの全身タイツを身につけたままの坂口恭平さんに、話を聞くことができました。

――全身タイツと赤いセーターは坂口さんのアイデアだと聞きました。

坂口恭平さん(以下、坂口): 最初は「声だけなら」ってお話してたんです。人形劇とかでできないかと。そしたらプロデューサーが実は『ねほりんぱほりん』をやっていた方だと聞いて。セーターはもともと自分で編んでいたものを持っていたので、赤いセーターだけがぐにょぐにょ動いているのってなんか変で面白いんじゃないかと思って。
こうすると、ただの情報じゃなくなって「なにかおかしいな」と気になるでしょう? 人間って、きれいに舗装されている道と、なんかゴチャゴチャしている道があったら、ゴチャゴチャしている道に行くんですよ。「なにかありそうだ」って。そういう「引っかかり」を作るのが、常にテーマとしてありますね。

――今日は台本もカンペも全くないという……

坂口: そうなんですよ。NHKでこんなことってあるんですか?(一同「ないです!」)

僕は常に台本なし、アドリブでやりたいんで、それができるなら健康な状態でできますよ、と最初からお話していたんです。そこをどうにか頑張ってもらって。

スタジオ収録はやっぱり「人の時間」なので、最初は違和感もありましたけど、場の雰囲気がわかってからこっちの時間になってきましたね。コケたあたりで周りが「よかったよかった」みたいな空気になって、「イケるな」と(笑)

――収録は「私だけかもしれない」ことを言っているようで、スタッフ含め皆さん結構うなずいていましたよね。

坂口: 結局そうなんですよね! 「いのっちの電話※」で2万人の悩みを聞いてきたんですけど、みんな誰にも相談できてないんです。「あなただけじゃないんですよ」と説明してあげると、みんなホッとするんですよ。

(※いのっちの電話:坂口さんは個人の携帯番号を公開し「死にたい人」からの電話を24時間365日を受け付けている。年間2000人ほどと話す生活を10年以上続け、約2万人の声を聞いてきた)

誰にも言えないことが電波に乗れば、みんなが「私だけじゃない」とわかるはず。僕は本気で自殺者をゼロにしたいと思っているので、電波には可能性を感じています。

――今日のお話でも、真似できそうな考え方や方法がたくさんありました。

坂口: みんなの悩みを楽にするというか、どちらかといえばマッサージに近いつもりです。「大丈夫だよ」と肩を叩くとか、背中をさするとか。だからもう、昔の気の良いただのあんちゃんなんですよ。こういう人がいないと、世の中窮屈になっちゃいますからね。今回の収録で顔を出さなければイケることがわかったので、これからも“怪電波”をどんどん飛ばしていけたらと思います(笑)

***
『私だけかもしれない講座』は、Eテレで9月22日22:50~放送。あの濃厚な3時間を、どうやって放送時間24分に納めるのか、本放送が楽しみです。

1975年宮城県生まれ。ライター。Web媒体でテレビ番組レビューや体験レポートなど執筆するほか、元SEの経歴を活かしコーポレートサイトや企業広報も担当。また「路線図マニア」としてイベント登壇やメディア出演も。共著書に『たのしい路線図』『日本の路線図』。