コロナ禍の不妊治療「先が見えない」感染に怯え、“延期”や“再開”に振り回されて
読めぬコロナリスク、年齢的に焦り
「私が不妊治療をしているクリニックがコロナで休業したら、治療はどうなるんだろう、と思いました」
都内在住のHさん(36)は、不妊治療の延期を呼びかける声明が出された当時のことを振り返ります。
声明は、不妊治療に取り組む医師らでつくる日本生殖医学会が4月1日に発表。
国内でコロナ感染のリスクが下がるか、妊娠中でも投与できる治療薬が開発されるまでは、不妊治療を延期するべきという内容でした。妊婦がコロナにかかった場合、母体や胎児などへの影響がわからないことや、治療薬として有力視されていたアビガンが妊婦に投与できないことなどが理由として挙げられていました。
その後、39県での緊急事態宣言が解除されたことなどから、学会は5月18日に方針を変更。延期した治療の再開を検討し、医師と患者が相談して治療を実施するように医療機関に通知しました。「延期すべき」とする方針は事実上撤回されたのです。
それでも「4月の声明から気持ちが揺れています」とHさんは戸惑いを隠せません。「医師からは、今後コロナの影響でクリニックが休業する可能性があると告げられました。今後の治療、そして妊娠した場合にも不安があります」
2年前から治療を始めて昨年、一般的に妊娠しにくくなると言われている30代後半に。「早く妊娠・出産を」と焦りを募らせていた矢先に、コロナが流行しました。声明が出された時には、ちょうど慢性子宮内膜炎の検査を受けていたところ。結果が陰性なら、凍結した受精卵を子宮に戻す胚移植をするつもりでした。
妊娠できたとしても、コロナに感染してしまったら・・・と考え、不妊治療自体を延期するか迷ったと言います。
「これまで、年齢的に『早く治療をするべき』と言われ続けてきたのに、急に『休みなさい』と言われたり、治療を再開して良くなったり・・・。不妊治療はただでさえ先が見えなくて、常にストレスや時間との闘い。コロナの流行でもっと先が見えなくなりました」
Hさんは検査の結果から再検査を希望したことや、再びコロナの感染が拡大する可能性も考えて、8月の治療再開を決めました。
ただ、周りの人から「この時期に妊活しなくてもいいのでは」と思われているのではないかと考えて不安になることも。
「望めばいつでも妊娠できると思っている人や、年齢的に余裕がある人は、『1年くらい先延ばしにしてもいい』と考えるかもしれません。でも、30代後半で不妊治療をしている私にとって、1年は大きな違いなのです」
感染リスクにおびえ通院。働き方が治療に影響も
医療機関の多くが4月、不妊治療の延期や新規患者の受け入れ見合わせなどの対応をとる一方、医師と患者が相談して治療を進めるケースも。感染リスクがゼロにならないなか、診療時間の短縮や待合室の「密」を避けるため夫の付き添いを禁止する施設もありました。
都内在住のKさん(38)も、感染におびえながら不妊治療を続けている一人です。
職場から通いやすいクリニックで体外受精をしたけれど実らず、1月に品川にある有名なクリニックに転院したばかり。4月に胚移植を予定していたところ、コロナ禍に突入しました。
治療の時は午前休を取り自宅から1時間半かけて通院していますが、ちょうど通勤ラッシュに重なるため、満員電車に乗らざるを得ません。品川は駅周辺の混雑もひどく、クリニックに通うことで感染リスクにさらされていると感じたそうです。
また、働き方が変わったことも一時期の治療に影響を及ぼしました。
コロナ流行前は週5日、午前9時~午後5時に働いていたKさん。通院で休みを取る必要があれば、同僚に頼んで業務を調整することができました。
しかし、コロナ対策で4月から出社が制限され、会社に行くのは週3日に。残りの2日は自宅待機となりました。出社した日にやらなければならない業務が多く、会社に行く日は午後9時頃まで残業するようになったのです。
不妊治療は排卵などのタイミングに合わせて突然通院が必要になることがありますが、病院に行きたい日に出社日が重なると調整がきかず、残業もあるため通院が難しくなりました。
Kさんの会社は6月末から元の勤務に戻りましたが、いつ再び出社を制限されるようになるかはわかりません。
「コロナも心配ですが、この先妊娠できるのかという不安も大きい。夫との考えの違いで治療開始まで時間がかかったり、以前のクリニックでは結果が出なかったりして、いまは『やっと私の不妊治療が始まった』という感じでした。それなのに、コロナに邪魔されたくない。今後も治療は続けます」
時間のロスがストレスに。一人で抱え込まず相談を
私も活動している不妊に悩む人たちを支援するNPO法人Fineでは、医療機関の対応を知ることで少しでも不安を和らげようと、4月上旬に医療機関の対応をウェブサイトで紹介しました。
また、相談員による対面カウンセリングを5月からはオンラインでも実施。不妊の経験がある全国の相談員11人が対応しています。オンラインヨガレッスンも始め、コロナ禍でも不妊に悩む人が孤立しないようサポートしています。
理事長の松本亜樹子さんは話します。
「日本生殖医学会の声明が発表されたあとは、『予定していた治療ができない』『いつ治療を再開できるのかわからない』など、戸惑う声が聞かれました。特に年齢的に余裕がない人にとっては、時間のロスはとても苦しいもの。治療の再開を待つ間にも年齢を重ねてしまう焦りや、再開時期がつかめないことは大きなストレスになります。また、コロナの影響で収入が減って、経済的な問題で治療を諦めるという声もあります。ただでさえストレスが多い時期ですから、一人で抱え込まずに相談して欲しいですね。現在、コロナ禍での妊活中の不安についてアンケートを実施しているので、ぜひ声をお寄せください」
アンケートは2020年7月31日まで(予定)。
(参考)
日本生殖医学会 http://www.jsrm.or.jp
NPO法人Fine https://j-fine.jp
「withコロナ時代の妊活中の不安に関するアンケート」ttps://questant.jp/q/0SH3V9MY