「香港の民主化をめぐるデモは決して対岸の火事ではない」エンタメ系写真家・キセキミチコさんが、香港デモの写真を撮る理由

香港での大規模な民主化デモから1年。中国政府が香港への統制を強める「香港国家安全維持法案」を6月30日に可決しました。写真家のキセキミチコさん(39)は、1年前、撮影で訪れた香港で大規模デモに遭遇しました。それまで香港についてほとんど知らなかったキセキさんの人生は、その日を境に一変しました。香港の現場で取材を続けたキセキさんは、「日本の人に切実に伝えたい思い」があると話します。
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「香港の生命力の強さはどこから来るのか?」

――キセキさんはこの1年、香港の民主化デモの写真を撮り、自分の意見などをSNSなどで発信されています。そうされようと思った理由を教えてください

キセキミチコさん(以下、キセキ): 実は、香港デモを撮影するようになったきっかけは「偶然」なんです。私は元々、ミュージシャンなどエンタメ系のフォトグラファーで、報道とは無縁の人間でした。

香港に足を運んだ理由は、私のルーツと関係があるので、そこからお話しますね。

私はベルギーで生まれました。父親の仕事の関係で、中学生の頃まで外国を転々としていて、香港とフランスに住んでいたことがあります。それを話すと、ほぼ100%の人に「英語とフランス語ができるのですね」と言われるのですが、実はどちらの言語も話すことができません。

現地では日本人学校に通っていたので、語学をほとんど習得せずに日本に帰国しました。帰国子女でありながら外国語が話せないことが、物心ついた頃からコンプレックになっていきました。

「人生の半分も海外で過ごしたのに、英語すらできない」と思うようになった時期と、仕事と人間関係が上手くいかなくなった時期とが重なり、一度落ち着こうと思ったんです。そこで、自分が生まれ育った場所に行こうと思い立ち、香港に行くことにしました。

――そうだったのですね。その後、実際に香港へ行ったのですか?

キセキ: はい、2017年7月に行きました。滞在期間は2泊3日だったのですが、その時見た香港は、貧富の格差はあれども、経済的に発展していて、皆パワフルに生きているのが伝わってきました。この生命力の強さ、生きる力はどこから来るのか不思議に思い、その理由を知りたくなりました。

理工大学にて、大学を守る学生達=キセキさん提供

デモ隊の逮捕時、聞くのは名前とID

――その時の香港はまだ混沌としおらず、活気があったのですね

キセキ: はい。その後帰国し、2019年7月に半年間仕事を休み、長期滞在ロケと称して香港に滞在しました。その時、大規模なデモに遭遇したんです。それを見た時、「私の知っている香港はどこに行ったのか」と呆然としてしまいました。

結果的に8ヶ月間香港に滞在し、取材と撮影の日々を送りました。デモに参加している人の年齢、知っていますか?10代が圧倒的に多いんです。「なんでこんなに戦うの?」と聞くと、「自分たちの将来のため」「自分の子どものため」と口々に答えるんです。未来のために、命がけで声を上げる姿に、ただただ胸を打たれました。

私は正直、これまで香港についての関心は薄かったです。でも、こうして彼らに出会ってしまいました。知ってしまったからには、見て見ぬ振りはできません。

とにかく街に出て、シャッターを切り続けました。

催涙弾の発砲。催涙ガスを吸い込むと、呼吸困難、皮膚の痛みも。=キセキさん提供

――香港デモの様子は、テレビなどで報道されていました。催涙弾などが飛び交い、かなり危険な状況だったと思うのですが。

キセキ: 最初その現場を見た時、ショックが大きかったです。人が逮捕されるシーンを初めて見ました。それも、10代20代の若い人たちが一気に10人逮捕され、警察官にボコボコに殴られ、流血している様子を目の当たりにしました。

私には忘れられない出来事があります。昨年(2019年)の8月31日、デモ隊のある男の子が警察官に捕まりそうになった時、彼が私の腕をとっさにギュッとつかんで「助けて!」と言ったんです。

私は驚きと恐怖で、何もすることができませんでした。その男の子は目の前で警察官にめちゃくちゃに殴られ、連行されていきました。

後になって知ったのですが、デモ隊が警察に逮捕された時、メディアは名前とIDを聞かないといけなかったんです。

2019年8月31日、灣仔にて、警察に逮捕される瞬間のデモ隊。 「彼に腕をつかまれ、助けを求められたが、私にはどうすることもできなかったです」(キセキさん)=キセキさん提供

――名前とIDですか?

キセキ: はい。なぜかというと、警察署に連行されてから48時間以内に、外に出てきているかを確認するためだそうです。逆に言うと、連れ去られたまま行方不明になる人が多いのが現実です。これまで約9千人が逮捕され、そのうちの約2千人が死亡もしくは行方不明になっている事実を、取材を通して知りました。

日本では報道されていない出来事が多いのが現実です。私が見聞きしたことを日本のメディアに情報提供しても、証拠がなかったり、他のニュースの方が優先されてしまったり、記事化をするのは難しいと毎回流されてしまいました。

正直、とても悔しく、悲しかったです。でも仕方ないので、それだったら自分で発信しようと思い、最初は個人のSNSで香港の写真や自分の意見を発信することにしました。

繁華街にて、デモ隊の逮捕の現場=キセキさん提供

世界を知ることは日本の未来を知ること

――周りの反応はどうでしたか?

キセキ: 最初はほとんど反応がありませんでした。「危ないから帰ってきたら」とか「大変だね」とか、全然相手にされてないと感じました。

SNSで「私は」という主語をつけて発信を始めてからは、離れていった人も正直います。私にとって、自分の言葉で自分の思いを伝える選択をしたことは、大きなことでした。それは、香港で教わったことです。

――そういった状況でも、発信を続けようと思った動機は何だったのでしょうか

キセキ: ひとつは、この香港の民主化をめぐるデモは決して対岸の火事ではなく、「いつかの日本」だと思うからです。今、いたるところで「グローバル化」という言葉を聞きますが、世界を知ることが日本の未来を知ることでもあると考えます。自分たちの国は、自分たちでしか守れません。日本もそのことを考えないといけないと思っています。

もうひとつは、香港の人は日本のことが大好きで、それが片思いになっているのが寂しいと思うからです。日本に住んだことがなくても日本語ができる人が多いのは、日本が好きだからなんですよね。

「香港で起きていること、日本で伝えます」と言うと、一様に「本当にありがとう」、「感謝します」って返事が返ってきます。“大好き”と思ってくれる香港が、今どういう状況かを伝えることが、私の役目だと感じています。

武装した警察官=キセキさん提供

「日本に助けを期待していないけど、何が起きているか知って欲しい」

――発信の仕方として、中国側が否定的に受け取られる可能性があると思います。その点についてはどう思われますか

キセキ: この一連の騒動において、「誰が悪い」ということではなく、「非人道的な行為が許されない」という思いで発信を続けています。

香港のことを発信する度に、ある中国人女性の友人のことを思い出すんです。この前久しぶりに会った時に「私が香港のことを発信していることで、傷ついていないか」と聞いたところ、少し考えた後「私は中国で育って、共産党の中に生きて、(環境を)選べなかった」と話してくれました。

私はこれまで一度も誰かを否定したことはありません。ただ、香港で起こっている事実を知って欲しい、その思いだけです。

――630日に、香港国家安全維持法案が可決されたという速報が飛び込んできました。率直な感想を聞かせてください。

キセキ: 正直、可決されることがわかっていても、現実となると言葉にならない思いでした。昨年必死で声をあげて戦った結果、逃亡犯条例が撤回されたのに、それが何の意味もなさなくなってしまい……。傷ついた香港人のことを思うと、本当にただただ悲しかったです。香港で逮捕者が出ることが日常化してしまい、その結果、日本を含む海外において、香港の報道が減ってしまうことを危惧しています。

――今はまだコロナ禍で、なかなか香港に足を運ぶのが難しいと思いますが、これからも香港について発信をされていこうと思われますか。

キセキ: これからも長い目で伝えていきたいと思っています。香港の歴史は複雑です。でも、過去に何があったか、これまでどれほどの犠牲者が出ているのか、伝えいきたいです。

デモ隊の人に毎回「日本人に何ができますかと」と聞くのですが、返ってくる答えは決まって「日本には期待していない」です。でも、「日本に助けを期待していないけど、何が起きているか知って欲しい。忘れないでほしい」とも言います。

私はこれからも、写真と言葉で、発信をしていきたいと思います。

●キセキミチコさんのプロフィール
1981年ベルギー生まれ。少女期を、香港とフランスで過ごす。日本大学芸術学部写真学科卒業。2019年7月から8ヶ月間、香港に滞在し、デモの最前線を追う。現在はフリーランス写真家として、音楽、ドキュメンタリー、ファッションを中心に活動している。ミニ写真集「the STRONG will in Hong Kong」を300部限定で販売中。

同志社大学文学部英文学科卒業。自動車メーカで生産管理、アパレルメーカーで店舗マネジメントを経験後、2015年にライターに転身。現在、週刊誌やウェブメディアなどで取材・執筆中。