脚本家・渡辺あやさん「30歳で脚本家になるという夢を叶えたのに、その先に待っていたのは暗黒時代でした」

朝ドラ「カーネーション」の人気脚本家・渡辺あやさん。地方都市で専業主婦をしながらネットを使って脚本家デビューしたのは20年ほど前。順風満帆な脚本家人生のスタートと思いきや、30歳は暗黒時代の始まりたったとか。渡辺あやさんから30代女性へ送る言葉とは?

脚本家になる夢が叶って、その先に見えたものとは

――telling,読者は30歳前後の女性です。渡辺さんの30歳の頃は、脚本家を始めた頃ですね。どんな30歳でしたか。

渡辺あやさん(以下、渡辺): ああもう暗黒時代の始まりでした(笑)。

――29歳のとき、岩井俊二さんの脚本家募集企画がきっかけで、33歳で妻夫木聡さんと池脇千鶴さんの映画(「ジョゼと虎と魚たち」)の脚本でデビューという華々しい経歴なのに、暗黒ですか?

渡辺: ある日突然、「私は脚本家になるんだ!」と思って、まずは自分の書いた脚本を映画にするぞと猪突猛進しまして、そのときはよかったんですよ。でもその願いが叶った途端、ものすごい衝撃が私を襲いました。カーテンが開いたら、その向こうには「死」しかなかったんです。

――え?

渡辺: ……なんか変でしょ(笑)。自分はいずれ年をとっていくとか、死ぬんだとか、そういう諦念が30歳を過ぎると湧いてきたんです。20代のときは、ぼんやりと自分の人生をきちんと見据えないといけないとは感じながら、映画を作るという直近の目標があったので、見えなくなっていたんです。ところが、いざ、脚本家になったら、過酷な現実が見えて、7年近くずっと鬱々とした気持ちでいました。

――30代でそういう心境になるのは早くないですか。

渡辺: 早過ぎたのか遅すぎたのか(笑)。私は甘ったれだったんですよね。2人目の子供も生まれ、両親が年を取って、車で言うと今まで後部座席にいればよかったのが運転席、少なくとも助手席には移らないといけなくなってきて。でもなかなかその覚悟ができなかったんです。

――30歳くらいになると、結婚しなきゃ、子どもを産まなきゃ、仕事も頑張んなきゃと悩みます。その全部を体験された渡辺さんは、どうやってそのプレッシャーを乗り越えたんですか。

渡辺: ただただ、がんばるしかない(笑)。若い頃は自分サイズで、自分一人だけのことを考えていれば良いですが、家族が増えたり、親が弱ったりすると、自分というもののキャパをどんどん広げなくてはいけなくなります。それがなかなか広がらないときは、なんならもうメスを入れてガッと広げなければいけないと思うんです。

――実際そうなのかもしれないですが、なかなかハードなやり方に聞こえますね。

渡辺: 当然、これが痛いわけですよ。辛いので、できれば避けたい。けれども、家族や親や仕事という現実がどんどん迫ってくるので、開けなければいけなくて。あるときぐっさりメスを入れて開けて、しばらく血が流れているんだけれども、頑張って、耐えて。それを繰り返していくことが人生だと思います。
ここまでがんばったと思っていると、また来るので、繰り返し、繰り返し傷口を広げていくしかないんです。最初は自分の家族分だけ開けただけなのが、そこに全然関係ない人まで受け入れる広さにもなっていたりして。鍛えられると、人に優しくできるというか、自分がそれまで絶対に受け入れられなかったようなものが受け入れられたり優しくできなかった人に優しくできるようになったりしますよ。

――悩むことが多い時期と人生の意味に気づく時期が重なるのですね。

渡辺: そうですね、本当の意味で大人にならなきゃいけない年齢なのでしょう。しんどくて当たり前です。自分自身が問題に直面するとワラをもつかむ思いで必死に勉強しますよね。それがいいのだと思います。そういう時期だと諦めて、どんどん落ち込み、勉強するといいと思います。

――その頃、やってよかったなと思うことは何かありますか。

渡辺: 体を見つめ直すということですね、体によって人間の精神ってものすごく左右されますから。日々の心がけを大事に。早寝早起きして、自分の体がどういうことを求めているかきちんと見つめる、自分がなるべく楽でそして快適に日々を過ごせる生活を整える。断捨離とか、食生活に気をつけるとか。あと、ちゃんとお風呂に入って体を温めるとか、そんな単純なことですけれどすごく大事だと思っています。

――確かにそうですね、30歳くらいからメイクを落として寝た方が良いとかそういうことですか。

渡辺: そういうことです、そういうことです(笑)。

――渡辺さんは結婚されたのはいつですか。

渡辺: 20代で、早かったんですよ。結婚しながら、脚本を書いてデビューできたので、どちらかを諦める必要はない。両方できるよ、ということは保障します(笑)。

●渡辺あやさんのプロフィール

1970年生まれ、兵庫県出身。2003年、映画「ジョゼと虎と魚たち」で脚本家デビュー。10年連続テレビ小説「カーネーション」が話題になる。ほかに映画「メゾン・ド・ヒミコ」「天然コケッコー」「ノーボーイズ,ノークライ」、テレビドラマ「火の魚」「その街のこども」「ロング・グッドバイ」、京都発地域ドラマ「ワンダーウォール」、「ストレンジャー 上海の芥川龍之介」などがある。

ドラマ、演劇、映画等を得意ジャンルとするライター。著書に『みんなの朝ドラ』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』など。
フォトグラファー。北海道中標津出身。自身の作品を制作しながら映画スチール、雑誌、書籍、ブランドルックブック、オウンドメディア、広告など幅広く活動中。