意識、どんどん下げてこう。by ナリくん

【ナリ心理学ナリくん】自分らしさを探すのはもうやめてくれ。

月間400万PVのAmebaオフィシャルブロガー、公式line@のフォロワーは約28,000人。心理学や哲学について、笑いを交えながら教えてくれる「ナリ心理学」ナリくんのエッセイ&お悩み相談です。無理して「意識高い系」でいようとするより、今までとはちょっと違った見方、していきませんか。毎週木曜更新です。

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「自分らしく生きる」という言葉への違和感

今日は「自分らしさ」なんて絶対に見つからないという話しをしたいと思います。

というか「自分らしさ」という日本語をこの世界から消滅させたいとすら思ってます。そして、ただ消すだけだと性格悪いやつになるんで、「自分らしさ」に変わる新しい概念を提示したいなんて思ってます。

さて、「自分らしさ」という言葉が市民権を得て社会で暴れまくってる昨今の日本で「自分らしく生きる」という言葉を聞いてもなんの違和感もなく受け入れられていると思いますが、ちょっと立ち止まって考えてみてほしいのです。

「自分らしさ」「自分らしく生きる」って言葉ってなんかおかしくないですか?

マイペースって言葉が「ゆっくりやること」と誤解されてるくらいおかしい気がしてます。せっかちにとってはマイペースは、急ぐことだしな。

「自分らしい」という言葉の不可解さは、まずこの言葉の構成にあると思っています。

自分らしいということは「自分」らしいわけです。

例えば「チーズケーキらしい」という言葉があれば、それを言ってる人は「チーズケーキとは何か?」を自動的に知っているということになります。チーズケーキを知らない人は「チーズケーキらしい」とは言えないのだから。

ということは、そもそも「自分のことを知っている人」じゃないと、自分らしさという言葉を使えないってことになりますよね。不可解さの謎を解くきっかけはここにある気がしてます。

自分らしさとは、フェヌロン・ベゴ・ヌンヌルである

さて、自分らしさを求めてる人は、自分とはなにか?について知っているのだろうか?

例えば「これって、フェヌロン・ベゴ・ヌンヌルっぽいよね」と言ってる人がいたとしましょう。当然、僕らは「フェヌロン・ベゴ・ヌンヌルってなに?」とその人に聞くことでしょう。なのに、その人の返答が「え?知らないけど」だとしたら、僕らはなんだこの人は!!と驚くはずです。

「自分らしく生きる」という言葉には、フェヌロン・ベゴ・ヌンヌルと全く同じ構造が隠れていると思うのです。

自分らしく生きたいと思う人は、自分とは何かについて理解できてないでしょうし、自分とは何かについてある程度の人生経験から理解できている人は「自分らしく生きてる」とは思わないはずです。

(「自分らしく生きてますか?」と聞かれたら、「はい」とは答えると思いますが、その質問は「日々、呼吸してますか?」という質問と全く同じ。そう意味がない)

なぜ、自分らしく生きたいと思うのか。なぜ「自分らしさ」という虚像を追いかけるのか。追いかけるメリットはどこにあるのか?

それは、「自分らしさという何か」を手に入れたら、目の前の現実から逃げていられるからなんだと思います。

ただただ、目の前の現実に嫌なことがあってそれを処理できておらず、出来たら処理せず逃げていたい。そんな時に「自分らしく生きればいいんだよ」なんてふわっとしたメッセージを目にしようもんなら、ウサインボルトの速さで飛びつきたくなります。

しかも「自分らしさの正解はこれです!」と言ったものもない。だから、永遠に追いかけ続けることができる。つまり、永遠に逃げ続けることができるってことでもある。

自分らしさとは、虚像である。自分らしさとは、フェヌロン・ベゴ・ヌンヌルである。

自分らしさ、本当の自分、本来の自分、そして、本当にやりたいこと、本物の愛、真実を探してるとき、「あ、今私フェヌロン・ベゴ・ヌンヌルを探そうとしてる!何かわかってないのに!」と冷静になることをおすすめしたい。

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フォトグラファー。北海道中標津出身。自身の作品を制作しながら映画スチール、雑誌、書籍、ブランドルックブック、オウンドメディア、広告など幅広く活動中。