「摂食障害」を知る

エリート女性を襲う病…根本にある「自信のなさ」。当事者が語る「摂食障害」

「摂食障害」について、あなたはどれくらい知っていますか?なかなかリアルなイメージが沸かない人も多いかもしれませんが、実は、厳しい競争のプレッシャーにさらされた現代社会では、誰もが発症し得る身近な病気です。このシリーズでは、「摂食障害」について当事者や専門家の声を聞きながら考えていきます。

「摂食障害」という言葉をメディアで目にする機会が増えました。メディアで報じられる情報といえば、摂食障害が原因の万引きで逮捕された元マラソン選手のニュースや、女性芸能人の「激やせ」であるため、特殊な境遇の人が過度のダイエットの末になる病気だという印象を持っている人が多いかもしれません。

しかし、そうした人目をひく事例の陰で、健康そうに見えて実は摂食障害(拒食症・過食症)だという女性は数多くいます。筆者もそんな1人のため、ブッフェで「大食い」では済まない量の料理を皿に盛る女性や、オフィスビルや駅のトイレなどになぜか捨てられている食品容器の残骸や菓子パンの袋など、身近な”痕跡”につい目がいってしまいます。「過食症の方はご遠慮ください」という張り紙をしている食べ放題の実施店もあります。

40年以上前から摂食障害の治療に携わり、日本摂食障害協会の副理事長も務める内科医の鈴木裕也(ゆたか)医師はこう語ります。「病院に来ない患者さんも多いため、どこの国でも正確な実態は把握できていません。しかし、時代とともに患者数が増えていることは間違いないでしょう」。

日本摂食障害協会が公表している報告書によると、若年女性の1%弱が拒食症、数%が過食症、グレーゾーンの人も多いため、約1割は食行動に問題を抱えていると言われています。

※参考資料:摂食障害患者の就労実態調査と社会復帰支援報告書

プレッシャーや失恋から発症することも

鈴木医師は摂食障害の特徴について、次のように説明してくれました。

「この病気の状況は先進国ではほぼ同じですが、発展途上国にはほとんどいません。経済状態が貧しいうちは助け合って生活していたのに、裕福になれば競争社会ができ、足の引っ張り合いが起こる。摂食障害はそんな社会になると発生するようです。ちょっとでも勉強して、いい学校に入り、いい夫を見つけてほしいと親は娘に期待をかけるし、成績がいい子はさらに上を目指す。スポーツをしている子なら、都道府県レベルで代表になったり、日の丸を背負ってしまったりすると、やめるわけにはいかなくなる。勉強がよくできる人や、スポーツならトップクラスのエリートがなる病気です」

内科医で日本摂食障害協会の副理事長の鈴木裕也(ゆたか)医師

会社員の由美さん(仮名、26歳)は、勉強と陸上競技に打ち込んでいた高校2年生の秋、拒食症になりました。今から思えば、「大学受験のプレッシャー」「部活動で結果を残すことへの焦り」「人間関係」が引き金でした。

「小学校から進学塾に、中高は私立に通わせてもらったので、大学受験で結果を残さなければと、がむしゃらに勉強していました。生徒の多くが東大や早慶に進むような高校だったので、落ちこぼれたくなかった。陸上部にも所属していて、結果を残さなければという焦りもありました。中距離の選手だったので、軽いほうが早く走れるという思い込みもあり、体重管理を強く意識するようになりました。その時期、『ダイエットを応援する』と言ってくれていた人にフラれる経験をしたことも大きかったですね。『痩せられなかったから、自分のことを見てもらえなくなった』と感じて、食べることが怖くなりました」

食べることへの恐怖心から体重は28キロまで激減。自宅療養を強いられ、志望していた大学には入れませんでした。食べられないことよりも、志望大学に行けなかったことが「このままでは生きていけないと思い詰めるほどショックだった」と由美さんは振り返ります。

子供に戻ろうとする心理

筆者の実感を交えて言えば、摂食障害の患者の多くはその症状がただのダイエットの行き過ぎではないという自覚があります。でも、いったいどのボタンを掛け違ったのか、自分の心の奥底が見えないまま、抗えない過食衝動や痩せ願望に支配され、苦しみが増幅されていきます。

鈴木医師は摂食障害になる原因の一つとして、「大人の社会に入っていけるまで、脳がバージョンアップされていないことが考えられる」と、次のように指摘します。

「人間の脳は、コンピューターのようにできています。社会生活を送っていくことで色々なソフトをインストールしたり、ソフトを少しずつバージョンアップしたりしていき、15年くらいかけてじっくり大人になる。だけど、勉強やスポーツばかりしていることなどによって必要なソフトが不足していたり、バージョンアップが遅れていたりすると、何か上手くいかなかった時に不安が生じて『ちょっと待って、まだ大人じゃないから』と、大人の仲間入りをする前、すなわち生理が始まる前くらいの体重に戻って安心感を得ようとすると考えられます。だから、あまり遊んでいない子は危険ですね。人付き合いなどでもまれた経験が少なく、大人になる準備ができていない」

拒食のうちは躁状態で活動的になる人が多いが、過食に転じると引きこもりがちになるのも摂食障害の特徴だといいます。

「たとえ標準体重でも『太っている自分はみっともない』と感じている。治療するには、脳のコンピューターを社会人として自信を持てるものにアップデートしなければいけません。そのためには、できる範囲で時間をかけて経験を積み直し、その人が成長していくというプロセスが必要になります」(鈴木医師)

社会とつながり、成長する

由美さんは大学に進学すると、環境の変化についていけず、拒食の反動から過食するようになりました。通学途中の駅の売店やコンビニで食べ物を買い込み、お腹がパンパンになるまで泣きながら口に詰め込む日々。5年かけて卒業した後、うつも併発していたため、障がい者手帳を取得し、現在の職場に障がい者枠で採用されました。今は時短勤務で事務の仕事をこなしています。

「以前は就職して生き生き働いている友人に会うたび、コンプレックスから体調を崩していました。今は摂食障害をオープンにして仕事に就けて、良かったと感じています」。その一方で、新たな困難にも直面しているといいます。

就職して2年。由美さんの摂食障害は、食べては吐くを繰り返す過食嘔吐に移行し、今も続いています。低血糖になると気持ちが不安定になるため、カロリーのある飲み物で日中はやり過ごし、夜になると過食嘔吐をするか、しない時はレタスや豚肉など自分に許した数種類の食材しか口にしません。職場には摂食障害についてまとめたレジュメとともに、「体型のことは言わないで」「食べ物を勧めないで」という要望を提出していますが、一見、何の問題もないため、周囲はつい忘れてしまうといいます。

「上司や同僚から体型のことを言われたり、『朝ご飯、何食べた?』と普通の会話をもちかけられるだけでも敏感に反応し、ストレスになってしまうんです。障害者枠での採用だけど、フタを開けてみたら一般職員と変わらない仕事をしていて、負担が大きいと感じることもあります」(由美さん)

取材場所の喫茶店に現れた由美さんは、理路整然と考えを述べる、とても聡明な女性でした。電車の中で自身の経歴をまとめてくれたというメモには、走り書きとは思えない美しい文字で乱れのない文章がつづられていました。きっと職場でも的確に業務をこなせるがゆえに、仕事を頼まれてしまうのでしょう。

「いっぱいいっぱいなのに断れなかったり、新しい業務を提案されると応じてしまう。それでストレスをため込み、大量の食べ物を買っては『何のために働いているのか?』と落ち込む。摂食障害は、ただ普通に食べられない病気ではなく、根本には『自信のなさ』があるのだと思います。上司からどう評価されているのかが、すごく気になるんです。だけど、自分の気持ちを主張していかないと、働きやすい環境は作れないですよね……」

摂食障害の克服には、社会との関わり方を模索し、自分と向き合って再構築していく長い道のりが待っています。次回は、自分に合った病気との付き合い方を見つけて働く女性2人の話をお届けします。

(次回へ続く)

ライター、字幕翻訳者。映画、ドラマ(中国語圏が中心)、女性のライフスタイルなどについて取材・執筆している。大学卒業後、北京で経済情報誌の編集部に勤務。帰国後、団体職員を経てフリーに。