怒れる女

小橋賢児さん「物事すべてに対極があると知って怒りを手放せた」【怒り16】

現代社会は何かと理不尽なことだらけ。こみ上げる「怒り」と、私たちはどうつきあっていけばいいのか。telling,では特集を通じて考えています。そんな中「以前は3週間怒っていたことが、今ではすぐに忘れられるようになった」と語るのは、クリエイティブディレクターの小橋賢児さん(39)。著著『セカンドID』(きずな出版)にまつわるインタビューに続いて今回は、怒りとうまくつきあえるようになった経緯や感情の処し方、ものごとの捉え方について語っていただきました。

●怒れる女 16

インドで知った、自分の想定外は彼らの当たり前

――小橋さんは元俳優、映画監督、海外生活、イベントディレクター、など多彩な経験をお持ちです。幅広く活動する中で、怒りを感じるようなことはありますか?

小橋さん(以下、小橋): もちろんありますよ。仕事でトラブルがあったり、想定外の目に遭ったり、はらわたが煮えくり返りそうになることだってあります。会社や組織では関わる人それぞれの立場や気持ちもあり、悩むし苦しいことだってしょっちゅうです。

でも、以前に比べて怒りの時間が短くなってきました。昔だったら3週間、怒りに執着していたかもしれないものが、徐々に短くなって、今はすぐに忘れちゃう

――羨ましいです…。どうして変わったのですか?

小橋: インドに行った経験ですね。インドでは自分にとって理不尽なこと、想定外なことが多すぎて毎日が非日常でした。道を知らない人が道を教えてくれてひどい目に遭ったり、家族総出で詐欺をしてきたり、国営電車が10時間待っても来ないとか。何もかも無茶苦茶で、はじめは怒りまくっていました。

しかも、彼らは全然悪気がないんです。一方で俺は何でこんなに怒っているんだ?と考えてみたら、「自分の常識に当てはめているから」だった。ハプニングが自分の常識外だから「あり得ない」となるんだけど、彼らには「あり得る」なんですよね。道を知らなくても旅行者に教えるのが親切だと思っているし、詐欺もルーティンでやっているだけ。相手はいつも通りなのに、こちらはふざけるなと思っている。逆に、彼らにとっては僕が非常識なのかもしれない。

目の前で起きていることは変わらないので、結局ものごとをどう捉えるか次第なのか。それを確かめるために、思考を変えてみようと「実験」してみたんです。

―― 一体どんな実験ですか?

起きたことの見方を変えれば、予想外の展開も

小橋: 今ネガティブに思っていることも、もしかしたらいい面があるかもしれないと考えるようにしました。たとえば、確かに電車が10時間来なかった。でもそれは単なる事実。捉え方次第だとしたら「何かいいことがあるのかも」。そう思っていたら近くで祭りの準備がされていて、聞けば奇しくもその日が4年に1度インド最大のお祭りの日だというんです。図らずも、現地の素晴らしい行事を体験できました。

実験を重ねていくと、こうした「打ち返し」が返ってくるスピードが速くなっていきました。日本ではまわりも似たような枠組みで生きているから、常識外れのことってそんなに起きないですが、インドでは四六時中が常識外。執着していたら身が持ちません(笑)。たまに起きる日本のほうが、怒りに執着しやすいのかもしれませんね。

――瞬時に切り替えられるようになるには思考実験の数でしょうか?

小橋: はい。僕も「執着がなくなれば、打ち返しがもっと早くなるのか?」と、3カ月くらい実験していました。そうやって執着を手放し、怒りの感情を受け流すようになったら、新しいことに出会う機会も増えた気がします。

何か起きたときほど、思考実験するチャンスですよ。日本にいても小さなハプニングは日々ありますよね。電車が3分遅れただけでも人によってはイラつくし、子どもに泣きつかれて予定どおりに保育園に行けなかった、とか。

そのとき、つい感情が高ぶるかもしれませんが、「これとは反対側の極がある」ことに思考を向けてみるといいと思うんです。

――「反対側の極」ですか?

怒りは「過去」。今にとどまって対極を見てみれば…

小橋: 僕、中道という言葉が好きなんです。仏教の考え方で、“両極を知るからこそ真ん中の本質を知ることができる”ことを言います。自分の中の常識と、それとは対極にある世界を知ることで、本当はどうありたいか、本質の自分が見えてくるんですね。

小橋: そもそも、不安や悩み、自分が決めた指針なんて小さな極でしか考えていないし、不安や悩みにとらわれているときって、自分が不在なんですよ。試しに今、目を閉じて自分の体の感覚だけに集中してみてください。鼻を行き来する息や、閉じたまぶたの重み……。そうやって感じていても、すぐに雑念が浮かびますよね。「あの人は昨日なんであんなひどい言い方をしたんだろう」とか「だから明日文句を言わなくちゃ」とか。あっという間に過去と未来に飛んでいってしまい、今には自分がいなくなってしまう。

怒りも、過去に起きたことですね。今はもうそれが起きた瞬間は終わっている。だったら過去に行くのはやめて、今ここで「反対側の極」も見てみてはどうでしょう。

自分の世界が常識だと思っていると、違う世界に触れたとき、自分の世界が全く通用しないことに気づきます。でも、そこから新たな視点が生まれたり、違う自分に出会えるものだと思います。
人間のクセで、嫌なものに反発して、心地よいものに執着する。そんな心のクセが、結局は自分を苦しめると僕は思うんです。嫌なものと、心地よいもの、本当はどちらにも、思いもしなかった対極があるかもしれないですよ。

『セカンドID―「本当の自分」に出会う、これからの時代の生き方』

小橋賢児

発行:きずな出版

●小橋賢児(こはし・けんじ)さん
1979年8月19日生まれ、東京都出身。LeaR株式会社代表取締役。クリエイティブディレクター。88年に俳優としてデビューし、NHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」など多数の人気ドラマに出演。2007年に芸能活動休止、世界を旅しながら2012年映画「DON`T STOP!」で映画監督デビュー。「ULTRA JAPAN」のクリエイティブディレクター、「STAR ISLAND」の総合プロデューサーを歴任。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会主催の「東京2020 NIPPONフェスティバル」のクリエイティブディレクターにも就任。

東京生まれ。千葉育ち。理学療法士として医療現場で10数年以上働いたのち、フリーライターとして活動。WEBメディアを中心に、医療、ライフスタイル、恋愛婚活、エンタメ記事を執筆。
新聞社の契約フォトグラファー、フリーランス、文化服装学院非常勤講師を経て2017年2月、スリランカ・コロンボに夫・娘と移住。写真館STUDIO FORTをオープンし、大好きなスリランカの発展に貢献したいと、その魅力を伝える活動を続けている。
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