パワハラ110番

パワハラ防止法成立で意識は変わる?弁護士が伝えたい実態【パワハラ04】

知識がないから不安も倍増。不眠が続く、やる気が起きない…これはもしかしたらパワハラなのでしょうか…。弁護士の笹山尚人さんのもとには、ハラスメントに関わる新規の相談が毎月4、5件もたらされるといいます。また、パワハラは、いつ、だれもが被害に遭う可能性はあるといいます。司法の専門家から見るパワハラ、後編では、明るみに出るパワハラ件数の実態と、被害に遭っている方に伝えたいこと、新たにパワハラ法が可決された今とこれからについて伺いました。

●パワハラ110番 04

厚労省への相談8万件。弁護士100人いても対応できるのは5000件という現実

――前回、パワハラを弁護士さんに相談すると、費用として40、50万円、期間は裁判になれば1年くらいというひとつの目安をお聞きしました。パワハラは身近な問題になっている実感はありつつ、金銭面や時間的ストレスで、弁護士の先生に相談したくても諦めてしまう人もいそうだと感じます。

笹山: そういう方もいらっしゃるでしょうね。実際、弁護士に相談するところまで来るケースはごく少数なのだと思います。

厚生労働省の相談統計を見れば、ハラスメント相談が軒並み増加しています。各地の労働組合にも、ハラスメント相談がメールで寄せられるケースも多くあります。

1人の弁護士が受任できるのは、私が現在対応している「月平均4件」が精いっぱいのレベルだと思います。そうすると、1年に弁護士1人が対応できる事案というのはせいぜい50件。これに100人の労働弁護士が対応しても、年間5000件。でも、厚労省にくる「いじめ・嫌がらせ」の相談案件数は、「平成30年度個別労働紛争解決制度の施行状況」で、82,797件です。

この状況から、到底弁護士のところに十分被害の声が届いているとは言えない、と思うのです。金銭的・期間的なハードルに対して成果が見合わないと考えて諦める人は少なくないのでしょう。

弁護士に相談するか否か、どの選択が正しい・間違いというのはないと思いますが、私のところにくる方はある程度紛争覚悟でお見えになることが多いですね。それくらい怒りが強く、このまま済ませてしまっては自身の尊厳を取り戻せないと、傷の深さと覚悟をもってこられる人たちです。

だからといって、こんなことで相談して良いのか、という躊躇から諦めてしまうのはもったいないと思うのです。少なくとも自分が置かれている状況を客観的にプロの目線で評定することはできます。そこから自分の道を定める契機にできるでしょう。ですから気軽に相談はして欲しいと思います。

俺が法律だ。体育会系のノリが残っている会社

――ところでパワハラが発生しやすい会社ってありますか?

笹山: 傾向としては、中小企業のワンマン社長やトップの人が、俺がすべて・俺が法律だと思っているような会社、体育会系のノリが残っている会社に多いですね。また、ハラスメントに理解が乏しく、問題を問題と捉えない会社や、理解はしても対応まで手が回らないなど、パワハラが野放しになっている会社もあるでしょう。

ただ、起こるときはどこでも起きてしまうんです。理屈や正論ばかり主張してトラブルメーカーになり厄介者扱いをされてしまう人はいますが、それは被害者が100人いてもその中の10人程度。残りはイジメられる要素がない人たちばかりです。遭うときは遭う、交通事故のようなものなので、被害者になっても決して自分を責める必要はありません。この点はここで断言しておきましょう。

――パワハラがきっかけでうつ病になってしまう人もいると聞きます。

笹山: 私の感覚でいうと、受けた打撃の内容や時間的な長さにもよりますが、パワハラ被害を訴えた人の半分くらいはうつ症状を発しているように思います。
症状で見られるのはまず不眠。ほかに、やる気が起きない、起き上がれない、頭痛がする、食欲がない、といったところでしょうか。

でも、ハラスメントの被害者で、あなたはハラスメントを受けても仕方ないでしょう、といったケースはほとんどないんです。仮に攻撃される要素があったとしても、他者を攻撃していいことにはなりません。だから病気になるところまで追い込むことはないのに、といつも思います。

社会の共通認識が変わることを期待。弁護士や労働局に躊躇なく相談を

笹山: 攻撃を受けてしまった場合、その会社に居続けるだけが選択肢ではないし、一方で踏みとどまって頑張った方がいいと思えるケースもあります。色々な専門家の意見を聞き、一人で我慢し続けないことが大切です。躊躇なく弁護士や労働局に相談してほしいし、くれぐれも自分のせいにしないでいただききたい。われわれも命を落としてしまうケースはなくしたいと思っています。

――パワハラ法案が通ったことで、変化は期待できますか?

笹山: 2019年5月に新たにパワハラに関する法律*1が成立しました。数年後にはなりますが、中小企業も含めてパワハラへの措置義務が課されることになります。これにより、社会の雰囲気として、ハラスメントはまずいということが共通認識になっていくとよいと考えています。加害者側に認識がないことはままあることですが、第三者が客観的に「君のしていることはアウトだよ」と指摘したり、研修を深める中で考えを変える契機になることもあるように思われます。

*1「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律案」が可決したことによって成立した、改正労働施策総合推進法など。

笹山: ハラスメントは、被害者の人格権を侵害するという問題性ある行為のことです。「相手を人間としてきちんと尊重する」という、ある意味当たり前の行動を、意識して心掛けてほしい。そんなの当たり前じゃないかと思えますが、それができていないがために、これだけハラスメント事件が起きているのです。今回の法律を契機にそこが変わって欲しいと思いますし、では今回の法律で十分変えられるのかということについても、議論が深まることを期待しています。

  

●笹山尚人(ささやま・なおと)さん
1970年北海道生まれ。第二東京弁護士会所属。青年労働者や非正規雇用労働者の権利問題、労働事件や労働運動を中心に扱い、活動を行っている。著書に『人が壊れてゆく職場』(光文社新書)『労働法はぼくらの味方!』(岩波ジュニア新書)、共著に『仕事の悩み解決しよう!』(新日本出版社)『フリーターの法律相談室』(平凡社新書)などがある。

東京生まれ。千葉育ち。理学療法士として医療現場で10数年以上働いたのち、フリーライターとして活動。WEBメディアを中心に、医療、ライフスタイル、恋愛婚活、エンタメ記事を執筆。
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