フィンランドの「サウナデー」で見た成熟社会のオープンマインド (後編)

世界一幸せな国・フィンランドの「サウナデー」で学んだこと

今年3月に発表された「世界で最も幸せな国ランキング」(The Happiness Research Institute)で1位になったことでも注目されるフィンランド共和国(以下フィンランド)。サウナ発祥の地としても知られる北欧諸国の先進国家だ。サウナは古来フィンランド人の健康を助けてきた重要な存在だが、精神面への影響も絶大だという。今回、「サウナデー」という特別な日を通して、成熟社会のオープンマインドを見ることができた。

●フィンランドの「サウナデー」で見た成熟社会のオープンマインド (後編)

前編はこちら

サウナで深い話をする。サウナだから話せる

Helsinki_Sauna_Day-2016_03_12-Eetu_Ahanen_035

 私は、フィンランド人にとってサウナがどんな位置づけなのかを知りたくて聞いてみることにした。ある30代の女性は
「コミュニケーションの場所かな。家族や仲のいい友達と一緒に行って、腹を割って深い話をすることが多いわ。心を落ち着かせたり、心を開いたり、心身ともにリラックスするのに重要なところなの」
と答えてくれた。

 また「サウナデー」主催者のヤッコさん(写真)に会うことができたので、彼にも聞いてみた。

「サウナデー」主催者・ヤッコさん

「わざわざ誰かと一緒に行く、ってこともあるけれど、一人のことも多いよ。実際に『サウナデー』に来ている人たちは、一人で参加している人がほとんどじゃないかな。いくつものサウナをはしごしながら、そこで出会った人と会話を楽しんでいるのをよく目にするね。『やあ、また会ったね。ところで僕の名前は●●●で…』って、最後に自己紹介したりして(笑)」

サウナはとても清らかな場所

Helsinki_Sauna_Day-2016_03_12-Eetu_Ahanen_041

 ヤッコさんいわく、フィンランド人にとってサウナはとても清らかな場所で、例えばそこでナンパをしたり、いやらしい目で見ることは決してないそうだ。過去5年間の「サウナデー」に、犯罪や問題が起きたことはないという。

 先の女性にも、裸の付き合いに抵抗はないのか尋ねたところ、
「中途半端な知り合いの前では、やっぱりちょっと抵抗あるけど、自分の内側をよく知っている人だったら別に恥ずかしいと思わないわ。もしくは、全く知らない人なら平気ね。たとえ男性でも」
と言っていた。中途半端な知り合いの方がむしろ恥ずかしいという微妙な感覚は、私たち日本人にもすごく納得できる答えだったが、「たとえ男性でもOK」というのはやはり、そこが清らかな場所だと考えられている証だと思った。

 前回の記事にも書いたとおり、「サウナデー」では自宅のサウナを開放する家庭もある。完全なるプライベート空間、しかも清らかな場所を、全く知らない人が使うことに対して抵抗はないのだろうか。日本ではちょっと考えられないシステムなので、一体どういう経緯なのかと興味がわき、引き続きヤッコさんに聞いてみた。

「フィンランドはお互いの信頼度が高いから、例え大切なサウナでも、他人に使われることにそれほど抵抗ないのだと思う。もちろん、一部の人に限られるけれどね。場所を提供してくれる人たちはみんな、自分たちはヘルシンキ市からたくさんの恩恵を受けているから、何かお返しがしたいって言ってくれるんだ」

 私は彼らの文化レベルの高さに驚いた。そこには、日本とは明らかな差があった。

次元の違う、真のオープンマインド

Helsinki_Sauna_Day-2016_03_12-Eetu_Ahanen_036

 日本人はシャイだと言われているのに公共の場でなぜ抵抗なく裸になれるのか。これは海外の人にとっては不思議に思えるようで、何度も問われたことがある。「日本の文化と精神だから」と答えても、やはり完全には理解できないようだ。それは私が、男女混合で裸の付き合いをするフィンランドのサウナに驚いてしまったことと同じくらいハードルが高いだろう。そしてそのハードルは、簡単に越えられるものではない。

 フィンランドのサウナ文化には、次元を越えた一体感や人間同士の愛、精神レベルの高さがあった。優劣をつけるつもりは毛頭ないが、なにかこう、決して追いつけないような、真のオープンマインドを見た気がした。

 私がフィンランドで体験したサウナ文化は、まだほんの序の口にすぎない。けれどもほんの少し覗いただけで、いくつもの衝撃があった。世界で最も幸せな国から学ぶことは、まだまだたくさんありそうだ。

Helsinki_Sauna_Day-2016_03_12-Eetu_Ahanen_034

フリーランス・ライター、エディター、インタビュアー。出版社勤務後、北京・上海・シンガポールでの生活を経て東京をベースにフリーランサーとして活動中。