月岡ツキ

なぜ自分は「産みたい」と思えない? 月岡ツキさんがDINKs(仮)を選んだ理由と迷い

「異次元の少子化対策」「女性活躍推進」。そんな言葉を耳にしながら、結婚、出産、仕事……といった人生の選択に思い悩む女性たち。そんな中、「よくぞ言ってくれた!」と共感を呼んだ一冊が、2024年12月に出版された『産む気もないのに生理かよ!』(飛鳥新社)です。著者のライター・コラムニストの月岡ツキさんは現在、子どもを持たない共働き夫婦「DINKs(仮)」という立場を選んでいます。なぜ子どもを持つことに躊躇があるのか、社会への違和感などについて伺いました。
「子どもがいてもいなくても、自分の価値は変わらない」。月岡ツキさんが気付いた“生きづらさ”の解消法

子どもを持つか・持たないか。常に選択を迫られている

――現在のところ「DINKs(仮)」を自称されている月岡さんですが、「(仮)」とするのにはどんな想いがあるのでしょうか?

月岡ツキさん(以下、月岡): 今は子どもを持たない夫婦であることを選んでいますが、今後一生とは言い切れないなという思いがあったことが一つ。それから、「DINKs(Double Income No Kids)」という言葉で、今の私が考えていることが説明できているとも思えないという気持ちもあって、「(仮)」としておくことにしました。ただ、子持ち・子なし、仕事をしている・してないなど、すべてのステータスには「(仮)」が付くのでは、とも思っているんです。そういうラベルを貼り付けて、その人を判断するようなことはできないと思うので。

――社会に出てから、常に目の前のことに精一杯。自分の人生について向き合う時間もないまま、気付いたら30代になっていたという女性は少なくないように感じます。月岡さんが「子どもを持つか持たないか」と考え始めたのはいつ頃からだったのでしょうか?

月岡: 私は20代の頃から結婚願望がそこまでなくて、子どもを持つか・持たないかと考えたことはあまりありませんでした。変わったきっかけは、結婚です。それまで、私は男性という生き物をあまり信用できていなくて、それは、この社会での女性の立場や扱いへの疑問を肌で感じてきたことが、一つの理由でした。でも、夫はそれまで見聞きしたどの男性とも違った。これまで男の人を一括りに見ていたことを反省しました。

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――「子どもを持たない」ことについては、どのように話し合われてきたのでしょうか?

月岡: 結婚当時、私は29歳、彼は7歳年上だったこともあり、子どもについて考えるなら、できるだけ早いほうがいいだろうとは思っていました。とはいえ、答えを出すのはそんなに簡単なことではなく、それからはまるで常にクイズ番組の回答者席に座らせられ、「ファイナルアンサー?」と問いかけられ続けているような気分でした(笑)。

ただ、夫は医療関係という仕事柄、これまで子育てに困難を抱えている方に接触する機会も多く、子どもを持つことにすごく夢を抱いているタイプではありませんでした。お互いそれぞれに仕事が忙しく、やりたいこともたくさんある。今後はどうなるかわからないけれど、今は二人でいることが十分に幸せだから、何も変えたくない。というのが、夫婦で合致した意見でした。

「夫に名字を変えさせた」という罪悪感も

――月岡さんの夫は、結婚にあたり、自身の名字を変えるなど、この社会に生きる上での女性の苦労や負担について理解がある方だとか。

月岡: 私は学生時代から「ツッキー」と呼ばれることが多く、名字の方にアイデンティティがありました。だから、結婚したら基本的に女性側の名字が変わるということにはすごく抵抗があって、だから「結婚したくない」という思いもありました。ところが、夫に「結婚しよう」と言われたとき、「この社会では、まだ女性の負担や苦労が多いから、名字は自分が変えたい」と言ってくれたんです。

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――日本では未だに「選択的夫婦別姓制度」が実現しておらず、現在も議論が続いていますが、月岡さんはこれについてどう思いますか?

月岡: 実際、夫が名字を変えてくれたことはとてもありがたかったのですが、「理解のある人でラッキーだった」で終わりとは、まったく思っていません。母親には「お相手の家族に申し訳が立たない」と責められましたし、周囲からは、何か特別な事情があると思われることも多い。それもあって私は「夫に名字を変えさせてしまった」という加害性を今もどこか感じながら生活しています。でも、世の男性たちは妻の名字を変えさせることに、こんなに悩むでしょうか? そう考えるとやっぱり腹が立ってくる部分もあります。「選択的夫婦別姓制度」があったなら、こんな気持ちにならなくていいはずなのに。

地方都市で感じるDINKs・子なしの孤独

――著書では、「思いの外、社会の至る所に『結婚したら子どもを産み育てるもの』という前提がある」ことに気付いたと書かれています。例えばどんな場面でそう感じますか? 

月岡: 私は地方都市に暮らしているのですが、例えば地域とのつながりを作ろうと思うと、自治体のイベントや催しなどは基本的に家族単位のものばかりで、それ以外で個人向けとなると、お年寄り向けの「生き生き体操」とかになってしまう(笑)。女性のサポートにしても、子育て支援か婚活支援のどちらかで、母親になりたい人でも、母親でもない人は、想定はされてない。もちろんどちらも必要なことというのは前提だとして、それ以外の立場の存在が、あまりにも考えられていないような気がしてしまうんですね。このままでは、DINKs(仮)の私たちは、地域からどんどん孤立してしまうんじゃないか、という不安を感じることがあります。

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「少子化対策」と個人の「産む・産まない」は切り離す

――月岡さんは著書の中で子どもを持たない理由について、「出産そのものに対する疑問・不安」「子育てというタスクへの不安」「母になることによるアイデンティティ喪失の不安」「子どもを育てるうえでの社会への不安」「子どもを産まないことで叶えたい生活」という5つの項目から、40個書き連ねています。例えばこのうちの何かが取り除かれれば、「子どもを産みたい」と思う可能性もあるのでしょうか?

月岡: このリストは、どれがなくなったらいいとか、一つ一つを解消していきましょうというものではなく、また誰かと比較するものでもありません。なぜ自分は子どもを産み、育てることに躊躇があるのか、考えを整理するためのものだと思っています。実際、この作業をしたことで、頭も気持ちもだいぶクリアになりました。今、「子どもを持つ・持たない」でモヤモヤを抱えている方がいたら、ぜひ書き出してみることをおすすめします。

―― 現在の日本では“異次元の少子化対策”とまで言って、子を産み、育てることが推奨されています。そんな中で、「子どもを産まなければ」と追い詰められたり、「産んでいないことが申し訳ない」と、自責の念に駆られたりしてしまう女性もいるようです。

月岡: 私の場合は、この先「少子化対策」がものすごく手厚くなって、例えば一人産んだら1,000万円もらえます、なんてことになったとしても、「産みたい」とは思わないと思うんですよね。そこには経済面だけじゃなく、いろんな腹落ちしていない理由があるわけなので。ただ、それとは別に、子どもを持ちたい人と子どもを育てている人のサポートは絶対に必要で、子育て支援にお金を投じても全然人口が増えなかったので支援を止めます、という話ではないはずです。

私は、少子化対策の話と、個人の「産みたい・産みたくない」という話は、切り離して考える必要があると思っています。私も最初はそこを繋なげてしまっていたために、この選択が社会にとっていいのか、悪いのかと考えてしまい、自分の意見をなかなか尊重することができませんでした。でも、これは自分自身の人生であり、子どもを産むのは「社会貢献」のためではないはず。社会への貢献度合いでその人の価値を判断するような世界にはしたくないですよね。

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子どもがいない女は「かわいそう」? 聖母化された母親像

――「子どもは持たない」とはっきり決め切れたらいいのですが、時どき波のように「子どもを持った方がいいかも」という思いがよぎる、その揺らぎを発信されていることに意味を感じました。

月岡: 以前は友人や周囲の近しい女性が出産したと聞くと、「私も産んだ方がいいのかな……」と思うこともありました。でも、最近ではそんな揺らぎもなくなってきています。というのも、子持ちの同僚とやっているPodcast番組「となりの芝生はソーブルー」で、さまざまな立場の女性の声を聞くようになったことが大きくて。

それまでは、子どもを持ちたいかどうかで悩んでいること自体、よくないことだという感覚がありました。そんなことを言えば、「母性がないんだ」「冷たい人だ」と、非難されるのではないか、という怖さも抱えていました。でも、この番組を始めて、子どもがいてもいなくても、みんなそれぞれに悩みを抱えて生きているのだと、よく理解できたんです。今は、自分が悩み迷っていることを、本やPodcastで発信することで、自分と同じような人が、思いや考えを口にできるきっかけになるといいなと思っています。

――月岡さんは、日本では、先達のDINKs、あるいは子どもを持たない女性の声が、あまり聞かれないことを指摘されています。そこにはどんな理由があると思いますか?

月岡: 例えば、本屋さんに行っても、「子なし」の立場から書いた本というと、子どもを授かれなかった悲しみを乗り越えた人の話が多く、「子どもを持ちたくない」「子どもを持つことに躊躇がある」人の話は、ほとんどありませんでした。それには、日本の母親に対するイメージが大きく影響している気がします。女性は母親になると何か素晴らしい生き物に進化して、聖母のように子を愛するものだ、という社会の空気が、女性たちの口をつぐませてきたのではないでしょうか。昨年、『母親になって後悔してる、と言えたなら』(新潮社)という本が出版され、一部で批判の声が上がったときにも、それを強く感じました。

月岡ツキ

――著書では、母親や年配の女性から子どもがいないことを「かわいそう」と言われるなど、「子どもを持たない」選択を理解し合えない苦しさについても触れられていました。

月岡: やはり年配の人ほど「産んで一人前」というような感覚があるように感じます。でもそれは仕方ないことでもあって、その人たちが生きてきた時代には「産めない女は使えない」という価値観が当たり前で、それこそ聖母のような母親のイメージを押し付けられてきたわけですよね。

「子育てや介護といったケア労働は女性のすべきこと」「男性は外で稼ぐもの」という感覚にも通ずることだと思うのですが、長い間、過去の価値観が固定化してきてしまったせいで「当たり前」になってしまっていることは、まだまだ多いと思うんです。私はそれを1個ずつ取り除いていく地道な活動をしたい。「これって、本当に当たり前?」と、一人一人が立ち止まり、問いかけていくことが大事だと思っています。

後編では、この社会で子を産み、育てることのハードルについて、「女性活躍推進」に感じることや女性の分断ついて、お話を伺います。

「子どもがいてもいなくても、自分の価値は変わらない」。月岡ツキさんが気付いた“生きづらさ”の解消法

●月岡ツキ(つきおか・つき)さんのプロフィール

1993年長野県生まれ。大学卒業後、webメディア編集やネット番組企画制作に従事。現在は、会社員として週3日勤務しながら、ライター・コラムニストとして活動。DINKs(仮)として子どもを持たない選択について発信している。2024年12月に初のエッセイ集『産む気もないのに生理かよ!』(飛鳥新社)を出版。既婚子育て中の同僚と、Podcast番組『となりの芝生はソーブルー』を配信中。
X:@olunnun
Instagram:@tsukky_dayo
note:https://note.com/getsumen/

■『産む気もないのに生理かよ!』

著者:月岡ツキ
出版社:飛鳥新社
定価:1760円(税込)

ライターやエディターとして活動。女性の様々な生き方に関心を持ち、日常の中のセルフケアや美容、ウェルネスをテーマに取材・執筆を続ける。また、ファッションやコスメブランドのコピーライティングなども手がけている。
1989年東京生まれ、神奈川育ち。写真学校卒業後、出版社カメラマンとして勤務。現在フリーランス。
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