すべては子どもの幸せのために。互いの過ちと罪を「一緒に背負う」夫婦の選択 『わたしの宝物』最終話
自分一人だけ身を引こうとする宏樹
宏樹は、身を引こうとしていた。それはむしろ言い方を変えれば「自分一人だけが身を引けば、事はすべて丸く収まる」と考えているかのようだった。
美羽との離婚を進め、今後一切、子どもの栞とは会わないと決め、最後に3人で会いたいと指定した動物園にも自分ではなく、冬月を向かわせる宏樹。彼が考えていたのはずっと「彼は、血の繫がった栞の父親だ」「俺は栞から離れる」ことだった。
美羽は宏樹が言うように、「彼(冬月)と栞を育てる未来に、ずっと蓋(ふた)をしてきた」のだろうか。仮に、栞が生まれても宏樹のモラハラが変わらないままだったとしたら。そして、冬月がアフリカで事故に遭っていなければ、美羽もそんな未来に心を寄せていたかもしれない。
「栞が、実の父親と生きていける道もあるんじゃないかな。そういう選択肢がまだあると思ってる」と宏樹は力強く口にしていたが、美羽は違った。そんな可能性にチラリと思い至りながらも、早くから彼女の心は決まっていたのだと思う。
宏樹が頑(かたく)なに身を引こうとするなら、美羽は宏樹の選択に従うしかない。そして、宏樹と離婚しなければならないのなら、栞は一人で育てていく。早くからそう結論づけていた美羽の思う未来には、冬月の姿は見えなかったようだ。
宏樹も美羽も、自分や相手のためというよりは、どんな選択が栞のためになるかを最優先に考えている。そこに自分の希望はない。
中立な立場で、的確なアドバイスをする喫茶店のマスター・浅岡忠行(北村一輝)は「どこ行っちゃったんだろうね、自分の本当の気持ちってのは」と言っていた。そんな些細(ささい)な言葉が、後に宏樹の決断を変えさせる力を持つ。浅岡自らもその姿に影響されたのか、自身の“大切な人”と思われる相手に連絡する描写まで含めて、優しい希望に溢(あふ)れるシーンだった。
冬月に告げた「栞は私の子」
宏樹の計らいで、美羽、栞、冬月の3人は、動物園をめぐることになった。美羽は最初から「冬月くん、今日一日、付き合ってくれないかな」と言っている。このセリフは暗に、美羽と冬月がともに栞を育てていく未来はなく、一緒にいる時間は今日一日しかないことを示しているようにも思える。
美羽の本音が、ずっと見えてこなかった。本当は宏樹とともに生きていきたいと思っているのか、それとも冬月と栞を育てていく未来に蓋をして、見ないようにしていただけなのか。
いったん見えてきたと思った彼女の本音は、また隠れ、気づけば明るみに出て、を繰り返してきた。しかし、最終話にしてようやく美羽はハッキリと言葉にする。栞を抱っこしてあやしていた冬月は、美羽に「この子は、俺の子?」と問う。冬月自身も、ようやく真実に思い至ったところだったのだろう。美羽は返す。「違うよ。栞は私の子」と。
宏樹が一枚一枚、確かめるようにスマホから消していった美羽や栞との写真を、美羽は自身のスマホに消さずに保存していた。物語の終盤、宏樹は、離婚届を出すのを待ってほしい、と言い、美羽は「私は、私は……私も、宏樹と一緒にいたい。離れたくない!」「一緒に栞を、幸せにしたい」と思いを口にする。これが彼女の“本当の気持ち”だったのだ。
「半年だけだったけど、栞の父親をやらせてくれて、本当にありがとう」と身を引く姿勢だった宏樹。浅岡の言葉があったからか、冬月から「俺は、あの子の父親じゃありません。美羽さんがそう言いました」「あなたが、栞ちゃんのお父さんです」と告げられたことで、美羽の心理に思い至ったからか、「俺は美羽と一緒にいたいんだ」と吐露している。
本心を打ち明けあった美羽と宏樹。彼らは同時に、これまでの過ちと罪を共有し、一緒に背負おうと決めた。現実的に考えれば、栞を育てていくことで、さまざまな困難に直面するだろう。それでも、たったひとつの宝物を育てていく二人にとって、新しい絆を象徴する“栞”の存在は、いつどんなときも道標となってくれるはず。
血の繫がりのある「父親」の望みは?
『わたしの宝物』で美羽と宏樹がともに手を取り合ったラストには、さまざまな意見が寄せられることだろう。冬月が美羽から提示された“答え”と、その後の”選択”に引っかかる視聴者も多いかもしれない。
栞と血の繋がりのある「父親」である冬月だが、美羽の思惑によって半年間、その事実が知らされることはなかった。冬月にとって美羽は大切な人で、その子どもである栞のこともかけがえのない存在となり得たはず。それでも、冬月は父親にはなれなかった。
もし、冬月が美羽から「栞はあなたの子だ」と言われていたら、結末は違ったのか?
あくまで冬月は、美羽に「栞は私の子」と言われたから、それを受け入れただけのこと。美羽の選択を覆すほど、美羽や栞と一緒に生きていきたい強い気持ちが、冬月にはなかったように見える。冬月の希望は、どこにあったのか? 本音を言うなら、美羽と結婚し、栞をともに育てたいと願っていたのではないか。
しかし、冬月の本心が描写されることはなかった。冬月は宏樹に「俺には、幸せにしたい子どもたちがいます。あなたは、どうですか?」と促し、自身はあくまで仕事や夢に舵を切っていることを示してみせた。そして、会社を一緒に切り盛りしていた水木莉紗(さとうほなみ)に「もう一度ゼロから始められないかな?」「一人じゃ、ここまでは来れなかった。またいつか、一緒に歩きたい」と、アフリカで再び学校を作る話を持ちかけている。
冬月と莉紗、当人同士にとっては問題なくとも、傍(はた)から見れば冬月の言動には違和感がある。有り体に言ってしまえば、美羽への思いが閉ざされた(あるいは、最初から閉ざされていた)から、莉紗の元に戻ってきただけのようにも見えるからだ。
物語は最終話を迎えたが、美羽と宏樹、冬月と莉紗、それぞれの未来が今後も形作られていく。どんな方向に進むかはわからない。正解か間違いなのかも知らない。それでも彼らはこれからもずっと、選び取ったことを幸せに繋げていくために、ときに間違い、ときに喜び合うのだろう。月並みな表現だが、それが人生というものだから。
フジ系木曜22時~
出演:松本若菜、田中圭、深澤辰哉、さとうほなみ、恒松祐里、多岐川裕美、北村一輝ほか
脚本:市川貴幸
主題歌:野田愛実『明日』
プロデュース:三竿玲子
演出:三橋利行(FILM)、楢木野礼、林徹
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