痛い目を見た恋愛……一人のままか、誰かと生きるか。「幸せ」の絶対的な条件は? 『アンサンブル』1話
瀬奈が抱えるトラウマ
主人公の瀬奈は、恋愛関係のトラブルを専門に扱う弁護士として知られている。生きていくうえで重視しているのは、コスパとタイパ。無駄な時間を作らないように心がけ、心にゆとりを持つことが大事、恋愛にはあまり興味がない、と断言しているものの、実態はドタバタした朝を迎え、デスクの上は散らかり放題……の生活をしている。
このドラマは、ある意味わかりやすい「現実主義者」の瀬奈と、ピュアで真っ直ぐな「理想主義者」の新人弁護士・優が、デコボコな互いの性格を突き合わせながら各裁判に向き合っていくことで、恋愛のヒントを得ていく。
物語を解釈する視点の一つとして、瀬奈の“恋愛に対するトラウマ”を挙げたい。彼女がここまで恋愛と距離を置くようになった背景には、大学時代から付き合っていた元恋人・宇井の存在がある。
瀬奈の知らないうちに起業していた宇井、しかも親しそうな女性パートナーが彼の横にいる事実が、瀬奈を打ちのめす。それは、司法試験が近い瀬奈のことを配慮してのことだ、と宇井は説明する。しかし、素直に受け入れて話し合いをする気には、到底なれない瀬奈。
宇井からのメッセージを無視している間に、ついに彼から「別れよう」と通告が届いてしまう。急いで宇井の部屋に向かう瀬奈だが、そこはすでに引き払われたあとだった。暗い部屋のなか、強い雨と近くのけたたましい踏切の音が、空間を震わせる。そのせいで、瀬奈は踏切の音が苦手になった。
今後も瀬奈のトラウマについては物語の軸になっていくだろう。しかし、いまのところ、宇井のやったことがそこまで“クズ男”認定されるものとは思えない。瀬奈に起業について伝えていなかったのも、何も言わず部屋を引き払ったのも、言えない事情があったのだろうと推察できる。
タイパ・コスパ VS ピュアな真っ直ぐさ
タイパとコスパを何よりも重視し、恋愛とは程よい距離を置いて冷静に裁判を展開させる瀬奈と、真逆をいくのが優だ。
突然、恋人の二瓶隆也(中尾明慶)から婚約破棄された、と相談にやってきた光永有彩(森迫永依)。有彩の両親との食事会で、正式にあいさつするはずが、二瓶は突然帰ってしまったという。なぜ、彼はいなくなってしまったのか。「ほかに好きな人ができた」と嘘をつき、そのままなのか。彼らの裁判において、お互いにつく弁護士として、瀬奈と優は知り合うことになる。
納得いく理由もないまま恋人に去られてしまった有彩と自分を、どこか重ねている瀬奈。人の気持ちは移ろいやすいし、どんなに愛し合っていても関係性が壊れてしまうことはあり得る、と自身の経験から考えているようだ。
しかし、真っ向からピュアな意見をぶつけてくるのが優だ。「有利とか不利とかじゃなくて、二人が幸せになるために何かしたいじゃないですか」「仲直りすれば、ちゃんと結婚だってできると思うんです」と真顔で言ってのける様に、瀬奈は最初こそ戸惑うものの、少しずつ感化されはじめる。
優はその名の通り、目の前の困っている相手を放っておけない、思いやりを持ち合わせた人間なのだろう。事前に瀬奈が取材された記事を読んでいた彼は、踏切の音が苦手だという瀬奈の弱点も知っていた。二人で食事をした帰りに踏切に差し掛かり、焦ってイヤフォンを取り落としてしまった瀬奈の両耳を塞いであげた優。その行動は、彼本来の優しさに由来するものか、それとも。
瀬奈も優も「雪の降り始めが好き」と口にしている。雪は、一見正反対に思える彼らを繋ぐ一種のメタファーとして機能している。
一人で生きていけないと、幸せになれない?
瀬奈は、過去の恋愛によるトラウマのせいで、価値観が固まってしまったようなキャラクターだ。恋愛には労力と時間を取られる。傷つくこともあるし、傷つけることもある。無為に消耗するくらいなら恋愛とは距離を置いて、一人で生きていたほうがいい。彼女がそう考えていることが、言動からわかりやすく伝わってくる。
瀬奈の母親である小山祥子(瀬戸朝香)も、同じ考え方のようだ。詳細は描かれていないが、彼女は夫(瀬奈の父親)の浮気で離婚している。祥子が瀬奈に「一人で生きていけるようにならないと、幸せになれないよ」と語るシーンが、やけに象徴的に浮かび上がる。
瀬奈も祥子も、恋愛で痛い目を見たことで、一人でいること(一人で生きていけるようになること)そのものが、幸せの絶対的な最低限の条件だと捉えている節がある。
しかし、本当にそうだろうか?
結婚しないと幸せになれない、なんていう価値観は、いわば昭和以前の遺物だろう。25歳までに結婚できなかったら行き遅れのクリスマスケーキ、なんて時代錯誤な物言いもかつてはあった。しかし、いまや幸せの形は人の数だけある。そこに行き着くまでのルートは、誰にも何にも規定されるものではない。
一人で生きていけないと、幸せになれない。そんなふうに断定することもまた、“理想の幸せ”を押し付けることになり得る。そのまま一人でいることが幸せなのか、それとも、変化を受け入れながら誰かとともに生きていくのが幸せなのか。瀬奈にとってどちらが幸せなのかは、きっと今後の物語を通して描かれる。
日テレ系土曜22時~
出演:川口春奈、松村北斗、長濱ねる、じろう(シソンヌ)、戸塚純貴、香音、東野絢香、橋本マナミ、SUMIRE、瀬戸朝香、横田真悠、中田クルミ、稲垣来泉、八木亜希子、光石研、板谷由夏、田中圭ほか
脚本:國吉咲貴、諸橋隼人、ニシオカ・ト・ニール
主題歌:aiko「シネマ」
チーフプロデューサー:荻野哲弘
演出:河合勇人
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