吉岡里帆さん×荻上直子監督「誰かの役に立たなくてもいいじゃないか」 映画『まる』に込めた思い
漂う主人公と「個が揺らいでいない」人たち
――今作は“〇”にとらわれ、翻弄される人々の話ですが、荻上さんがこの物語を生み出したきっかけを教えてください。
荻上直子さん(以下、荻上): タイトルも含め「〇」に着目したのは本当に思いつきなんです。今作の主人公・沢田は堂本剛さんをあて書きしたのですが、堂本さんご自身がアーティストでいらっしゃるので、沢田も現代アートの人にしようと思いました。
自分の個性や思いを込めて一生懸命描いたものは全く評価されず、「ペロッと描いたものが大変な評価をされていく展開にしよう」と考えました。「〇」について調べていったら、禅における書画の「円相」や「福徳円満」という言葉などのありがたいお話も分かってきたので、それらを後づけしていった感じです。
――吉岡さんは今回の脚本を読んで、いかがでしたか?
吉岡里帆さん(以下、吉岡): 沢田が出会う人々はそれぞれが鋭い視点を持っていて、個が揺らいでいないんです。「僕はこう思っています」とか「私はこういう生き方よ」と、自分の信念を持っているところにとても惹かれました。そんな中、主人公の沢田だけがどこか漂っていて、気持ちが定まっていないというのも面白かったです。
――吉岡さん演じる矢島は、沢田と同じ現代美術家のアトリエで働くアシスタントという役どころでした。
荻上: 矢島は最初、新聞配達をしている人にしようと考えていたんです。苦学生のような感じで、前髪で目元が隠れていて、人とほとんど話さないんだけど、いきなり思い切ったことをしたり、叫んだりするギャップのある子がいたら楽しいなと思いついたキャラクターです。
確か吉岡さんの最初のシーンは、沢田に「私だって寿司が食べたい!」と叫ぶ場面だったと思うんですけど、リハーサルの時から全力で叫んでくれたんです。その弾けっぷりがすごく面白くて、吉岡さんに矢島をお願いしてよかったと思いました。
――拡声機をぶらさげ、手で「〇」を作って双眼鏡のように覗き込む姿が印象的でしたが、「矢島」という女性をどのように捉えて演じられたのでしょうか。
吉岡: 矢島を演じるにあたっては「これは楽しくならなきゃダメだな」と思ったんです。それは私自身がというよりも、映画を見ている方が「今、何が起こったの?」という感覚になるというか、少しずつ沢田の核心に迫っていき、目の前でいきなり爆竹を投げるような感じのキャラクターになるといいなと思っていました。
堂本さんは想像以上に純粋な人
――監督は約2年前から堂本さんに熱烈なオファーをされ、あて書きをしたということですが、堂本さんのどんなところに「沢田」を見出されたのでしょうか。
荻上: 今作の脚本を書く前に、堂本さんの過去のインタビュー記事をたくさん読んだんです。子供の頃からこのお仕事をされていて、その時は理不尽なことでも「子供なんだから黙ってやれ」と言われて。大人になったらなったで「大人なんだから黙ってやれ」と言われた。 そういうことがたくさん重なって「自分がどうしていいのか分からなくなってしまった」ということを仰っていたんです。
そんな時に音楽に出会って、音楽をやることで自分を再発見し、自分を取り戻すことができた、といったことをいろいろな記事で目にしたので、そこに沢田をあてはめ、「自分が分からなくなってしまう人」の話を書こうと思いました。
――吉岡さんが堂本さんと共演された印象を教えてください。
吉岡: 堂本さんは現場で常に「沢田」でいることを大事にされているのだなと感じました。それに、ご自身が抱える葛藤、「自分ってなんだっけ?」というようなことを振り返ろうとされているようにも感じ取ったんです。この映画を撮っている時間をとても大事に思って、それを噛みしめながら、無理なく自分の心と向き合って撮影されているのかなと思いました。
荻上: 堂本さんとは、毎回シーンの撮影前にその都度話し合いの時間を多く取っていました。「次のシーンではこういう感じだろうか」とお話ししながら、私自身も悩むところをお互いにすり合わせていった感じでしたね。実際にご一緒してみたら想像以上に純粋な人で、沢田という役を真摯に、真面目に取り組んでくださったと思います。
――仕事で独立する気配も気力もなく、言われたことを淡々とこなすだけの沢田に「沢田さんを見てると、なんか辛いです」と言う場面がありましたが、沢田に対する矢島の感情はどんなものだったと思いますか?
吉岡: オリジナリティで戦うべきアーティストが、なぜ上司から言われるがまま、自分の選んだ色でも構図でもないものを描き続けるのかというところに、とてもフラストレーションを感じていたと思います。矢島はファッションやメイクなどの見た目も含めて、「私はこうなんだ」という確固たる思いがあるのに、実際は凝り固まったものに縛られて身動きが取れなくなっている。そこに苦しさやもどかしさを感じているのだけど、沢田はそれをルーティーンとして自分の生活の中に入れてしまっている。
矢島は「自分もいつか何も考えないロボットみたいに、言われたままの絵を描いてしまうんじゃないか」という不安に駆られて「なんか辛いです」と言ったと思うのですが、その時の沢田の返答が割とあっさりしていて、本人に自覚がないところが面白いんですよね。
自分の持つネガティブな思いを全て役に託した
――沢田の隣人で、売れない漫画家の横山(綾野剛)が、鳴かず飛ばずの状況を嘆き、沢田に感情をぶつけるシーンのセリフは特に印象的でした。
荻上: 綾野さんに初めてお会いした時に、「横山のセリフには、私の持っているネガティブなものを全部投入しました」と言ったぐらい、彼のネガティブな感情や吐き出す言葉の数々は、普段の私が思っていることをそのまま代弁してもらったようなものなんです。
吉岡: 横山のセリフは本当に刺さりますよね。私は最後の方で、横山が沢田にかける「お疲れ、お帰り、お休み」っていう三つの言葉の温かさも好きです。あとは、柄本明さんが演じた「先生」と沢田がお茶を飲むシーンは秀逸なんですよ! 柄本さんご自身が持っていらっしゃる達観性と、ちょっとふざけている感じが生き方としていいなと思うんです。自分の時間を好きなように使って、周りにちょっと怒られながらも「正しさ」は絶対に曲げない感じが大好きでした。
「当たり前」を取っ払わないと次に進めない
――貧困格差や外国人差別など、随所に社会問題も散りばめられ、現状に不満や悩みを抱え、生きづらさを感じている人たちの心の叫びを感じました。荻上監督はこの作品にどんな思いを込められたのでしょう。
荻上: 私はあえて社会的な問題を入れようと思っているわけでは決してないんです。でも、外国人の方に対する差別は普段の生活でも割と目にしがちで、それを見て嫌な思いをしたこともあります。年齢を重ねて、そういうことに目がいってしまうのは自然な成り行きなのかなと思っています。
今作に込めた思いがひとつあるとすれば、「人って、誰かや何かの役に立たなくてもいいじゃないか」ということです。生産性や効率といったことをとても言われる世の中で、映画はあってもなくても生活に支障がないものかもしれない。だけど、役に立たないからといって「なくてもいい」かというと、それはちょっと違う気がします。あればよりいいし、必要だと思ってくれる人もいるかもしれない。役に立つ、立たないとは違うところにあると思うので、別に役に立たない人がいてもいいんだよな、という思いをこの作品に入れたかったんです。
吉岡: 私が荻上監督とお会いして感じたのは、きっとご自身の中で燃え動いている感情がある方だなということでした。普段、皆さんと過ごす時間は穏やかだけど、作品を世に残す方としてのエネルギーがビリビリ伝わってきて、監督はそれをこの映画に込めていらっしゃるのだなと思いました。
そのエネルギーは私の中にもあるし、「こうあって当たり前」とか「みんなに求められるように」「こうあるべき」みたいなことを取っ払っていかないと次の場所にいけない。そういう焦燥感を日々感じているんです。この映画はまさにそういう殻を破って、「まる」く収まってない感じがするし、みんな自由で、見ていて愛おしくなる作品なんです。
【吉岡里帆さん】
ヘアメイク:paku☆chan
スタイリスト: 飯嶋久美子(POTESALA)
●吉岡里帆(よしおか・りほ)さんのプロフィール
1993年生まれ、京都府出身。近年の主な映画出演作品に、『ハケンアニメ!』、『アイスクリームフィーバー』、『Gメン』、『怪物の木こり』などがある。「トランスフォーマー/ONE」では日本語吹き替えを担当。11月には『正体』の公開も控える。
●荻上直子(おぎがみ・なおこ)さんのプロフィール
1972生まれ、千葉県出身。94年に渡米し、南カリフォルニア大学大学院映画学科で映画製作を学び、2000年に帰国。04年に劇場デビュー作『バーバー吉野』でベルリン国際映画祭児童映画部門特別賞受賞。その後、手掛けた作品に『かもめ食堂』、『彼らが本気で編むときは、』、『川っぺりムコリッタ』、『波紋』などがある。
監督・脚本: 荻上直子
出演:堂本剛/綾野剛/吉岡里帆、森崎ウィン、おいでやす小田、濱田マリ/柄本明/早乙女太一、片桐はいり、吉田鋼太郎/小林聡美
10月18日(金)より公開
© 2024 Asmik Ace, Inc.
製作・配給:アスミック・エース