石原さとみさん・中村倫也さん「人から傷つけられても、人に救われることもある」 映画『ミッシング』で共演
7年前に監督に直談判 「あの時動いてよかった」(石原)
――映画は、ある日突然失踪した娘の帰りを懸命に願いながらも、事件をめぐるマスコミと世間の声に翻弄される母親とその家族の姿が描かれています。石原さんは、撮影の約7年前に𠮷田(恵輔)監督に直訴したことがきっかけとなり、本作の出演に至ったそうですね。
石原さとみさん(以下、石原): 当時、私はどこか自分自身に飽きている感じがしていたんです。そんな時に𠮷田監督の作品と出会い、強く惹かれました。その後、𠮷田さんにお会いして「どんな役でもいいから、いつか一緒にお仕事がしたいです」とお願いしたのですが、心のどこかで「私にオファーは来ないだろうな」と思っていたので、声をかけていただいた時は本当に嬉しかったし、夢のようでした。7年前に動いたことが、こうして現実になったことは今も不思議な感覚ですし、思いが溢れすぎて言葉にするのが難しいのですが、あの時動いてよかったと心の底から思います。
――中村さんが今回のオファーを聞いた時のお気持ちは?
中村倫也さん(以下、中村): さとみちゃんとは18歳の時に共演して以来、一緒に仕事したことがなくて、僕としては「また共演したいな」とずっと思っていたんです。今回お話をいただき、𠮷田さんとさとみちゃんという組み合わせを聞いて「やります」と即決しました。
――実際に𠮷田組に参加してみて、いかがでしたか?
石原: すごく苦しい役と題材なのに、現場はとても平和なんです。監督とキャスト陣のチームワークもバッチリでしたし、スタッフの皆さんも優しい方ばかりで「なんだ、このギャップ」って思うくらい愛のある現場だったからこそ、自分の心を保つことができたと思います。
中村: 僕も居心地が良いなと思ったし、何より信頼感がありました。現場にいる人たち一人一人が本当に愛を持っていました。僕たち演者がやろうとしていることをすくい上げようという思いがある人たちだなと感じたし、その場を一緒に過ごせて楽しかったです。
石原: 今作の撮影中に写真を撮ってくださったカメラマンさんが、撮影の中盤くらいにアルバムを見せてくれたんです。中には美羽(有田麗未/沙織里の娘)の写真もあるのですが、それを見るのはとても苦しくて。その後、私がセレクションした写真のアルバムをいただき、ロケ地に行くまでずっと見て、思いを深めていました。
「きっと多くの社会人が共感するポイントがある役」(中村)
――娘の失踪時に推しのアイドルのライブに行っていたことから、ネットで「育児放棄の母」と誹謗中傷される沙織里と、上司からの重圧や「視聴率第一主義」と葛藤しながらも沙織里たちを取材し続ける砂田。それぞれ、演じた人物をどう捉えましたか?
石原: きっと沙織里一家は、ごく普通の一般的なご家庭で、ケンカもするけど夫婦仲良しで、子どもに対しても、とても愛情があったと思います。例えば、娘の美羽が転んで少し擦りむいたくらいだったら「これくらい大丈夫!」と言えるような明るさもある母親で、娘が一人で公園から家に帰ることや、(失踪した日のように)弟の圭吾(森優作)に送り迎えを頼んだことも今まで何度もあると思うんです。
それが、数年ぶりに自分の好きなアーティストのライブに行くことになり、きっと夫の豊(青木崇高)も「毎日家事や育児を頑張っているんだから行ってきなよ」って送り出してくれたと思うのですが、まさかこんな結果になるなんて誰も思いもしなかったでしょうし、たったひとつのきっかけで、人間ってこんなに壊れていくんだということを痛感しました。
中村: 僕が演じた砂田は、きっと多くの社会人の方が共感するポイントがある役だと思います。
テレビ局に勤める報道の人間で、きっと彼なりの信念や目標、生き方もなんとなくあるんだけど、上司から別のものを求められたり、取材対象との距離感だったり、色々なことに悩んでいるんですよね。
記者が何かを引き出そうとする目線には、もうひとつ違う回路が入っていると思うんです。僕は自分の役を表現するよりも「この人の何を引き出せるか」と考えるのが元々好きで、その勝負みたいなことを砂田も手探りでやっていたと思います。自分の一言のニュアンスで取材対象者の反応が変わると思うと、とてもやりがいがありました。
「家で子どもをきつく抱きしめた」(石原)
――石原さんは2022年に第一子を出産されました。同じ母親として、沙織里に一番共感したところや辛かったことはどんなところでしたか?
石原: 撮影中は役に入っているので、自分と照らし合わせることは考えたこともなかったのですが、今回は私にとっては産後復帰の第一作で、子どもと会わない時間が初めてできたのがこの作品なんです。その作品で演じるのが、突然子どもがいなくなってしまう役だったので、子どもと離れて会えない時間と少し重なり、沙織里の苦しさが安易に想像できてしまい怖くなることも多々ありました。家に帰って子どもをきつく抱きしめることで、心を補充して保っていましたし、撮影中は家族もすごく支えてくれて、私の精神バランスを整えてくれたので、本当に感謝しています。
――中村さんは沙織里や疑いをかけられる弟の圭吾たちの姿を追い続けることで、砂田の変化をどのように感じましたか?
中村: 砂田が圭吾のクセや動きとシンクロしているようになっていたのは、ひとつ象徴的なことだと思います。𠮷田監督もそのことについて「伝染した」と仰っていましたが、僕も「そういうことってあるよな」と感じました。
砂田はずっと「編集、これでいいのかな」と思いながら仕事していたところもある気がするんです。彼なりの情熱を持っていて、それが認められにくかったり通用しなかったりしたんでしょうけど、すごく誠実に向き合っていた側面もあると思います。同時に、彼自身も悩んで「もっとエンタメ要素を入れた目線で向き合ってみよう」ってトライした瞬間もきっとあるはず。砂田にとって、沙織里家族と向き合い続けることは、自分の整理されていない感情をもう1回攪拌(かくはん)してもらうタイミングだったんじゃないかな。そうすることでよりゴチャゴチャするけど、より整う部分もあったと思います。
それぞれにとっての希望や光
――SNSでの誹謗中傷やイタズラでは済まされないことが続き、どんどん疲弊して心がむしばまれていく沙織里の姿は見ていても辛かったですが、随所にささやかな希望もあったと感じました。沙織里と砂田にとって、希望や光になったのはどんなことだと思われますか?
石原: 沙織里は他者からの攻撃によってとてつもなく傷つけられるのですが、娘の情報を呼びかけるチラシを善意の気持ちだけで作ってくれた人や、自分たちのために尽力してくださったボランティアの方々の行動が心の拠りどころになっていたと思うんです。人からたくさん傷つけられたけど、人にすごく救われて、心が少し安らかになる瞬間もあった。それが沙織里にとっては光になったのかなと思います。
――砂田も、報道の在り方と自分の信念みたいなものとの狭間で苦しむ場面もありました。
中村: 砂田は「自分はこうありたい」とか「認めてもらいたい」という思いがあるけど、組織や企業の中にいる人間としてそれでは太刀打ちできなかったり、違うものを求められたりする。そんな、いかんともしがたい忸怩(じくじ)たる思いや情けない気持ちも抱いていて、それは仕事観でもあるけど、同時に彼自身の生き方にも通じる話だなと僕は解釈しています。
まだ彼の中で定まりきっていない矜持(きょうじ)の一歩手前みたいだったものが、沙織里たちと出会って向き合い、仕事として揉まれる中で、彼の中に芽生えた「希望に近いもの」がきっとあるんじゃないかな。それは傍から見たら一歩にも足りていないかもしれないけど、心の距離としては一歩以上踏み出している気がします。
【石原さとみさん】
ヘアメイク:猪股真衣子
スタイリスト:宮澤敬子(WHITNEY)
ドレス(アキラナカ/ハルミ ショールーム)
トップス(スタイリスト私物)
サンダル(チャールズ&キース/チャールズ&キース ジャパン)
【中村倫也さん】
ヘアメイク:Emiy
スタイリスト:戸倉祥仁(holy.)
シャツ、ジャケット、パンツ (KIMMY/Sakas PR)
●石原さとみ(いしはら・さとみ)さんのプロフィール
1986年生まれ。東京都出身。2003年、映画「わたしのグランパ」でデビューし、その後ドラマ「アンナチュラル」(18年/TBS系)、映画「そして、バトンは渡された」(21年)など数々の作品に出演。現在NHK「あしたが変わるトリセツショー」MCを務め、ドラマ「Destiny」(テレビ朝日系)、映画「ラストマイル」(24年夏公開)に出演。
●中村倫也(なかむら・ともや)さんのプロフィール
1986年生まれ。東京都出身。近年の主な出演作に、ドラマ「ハヤブサ消防団」(2023年/テレビ朝日系)、映画「沈黙の艦隊」、「劇場版 SPY×FAMILY CODE: White」(23年)など。現在、「ザ・バックヤード 知の迷宮の裏側探訪」(NHK Eテレ)にナレーション出演中のほか、書籍「THE やんごとなき雑炊」が発売中。2024年劇団☆新感線44周年興行夏秋公演いのうえ歌舞伎「バサラオ」(7月〜10月公演)に出演予定。
出演:石原さとみ、青木崇高、森優作、有田麗未、小野花梨、小松和重、細川岳、カトウシンスケ、山本直寛、柳憂怜、美保純/中村倫也
監督・脚本: 𠮷田恵輔
5月17日(金)全国公開
配給:ワーナー・ブラザース映画
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