38歳・自由な恋愛に憧れる彼女が世界をめぐって見つけたソウルメイト。コロナ下での国際結婚で離ればなれに……
【今回の大人婚】Mさん 結婚時の年齢:38歳
外資系金融会社で働くMさんは現在41歳。三つ上、IT企業に勤める夫・Tさんと東京で暮らしています。Tさんはフランス人。出会いは、Mさんの留学先・パリでした。
海外で働き、毎週末パーティへ
もともとMさんは、小学生の頃は親の仕事の関係でオランダに住んでいたという帰国子女。大学でもオランダに留学し、その後、外資の金融会社に入社。シンガポールや香港に赴任し、海外を飛び回る生活でした。
「シンガポールや香港は、いろんな国から人が働きにきて、また去っていく流動的な人間関係。毎週末どこかでホームパーティやプールパーティが開かれ、出かけて行っては男の子と知り合い、短い恋を楽しんでいました。もともと、フランスかぶれの母の影響もあって、フランス映画に出てくるような自由な恋愛に憧れがあり、大切なパートナーが見つかれば、とくに結婚という形でなくてもいいと考えてきました」
仕事はそつなくこなして、休日は海外や島で遊ぶ。ワークライフバランスのとれた生活は楽しかったが、働き始めて10年ほど経つと行き詰まりを感じるようになった。
「仕事の環境や人間関係にはとても恵まれてはいたものの、金融の仕事に特別に強い情熱があるわけでもなく、恋愛もたくさんしましたが、どれもスパンは短くてだんだん虚無感を感じるように。なにか変えないと私の人生、どんな方向にも進まない気がしました」
出会いはマッチングデートinパリ
香港でキュレーターの友人の手伝いなどをするうちに、もともと興味のあったアートマネジメントの世界に飛び込もうと決意し、会社を辞めてパリの大学院へ1年間留学。卒業後はパリにある日本の伝統工芸のショールームなどでバイトしながら就職先を探した。恋愛面はというと……。
「大学院はほぼ女子で異国からきた人たちなので、そこから先の人間関係が広がらない。なので、マッチングアプリで積極的に男の子を探して、マッチングデートをしていました」
危ない目には遭わなかったのだろうか。
「プロフィール写真でモノクロ・上半身裸の男の子には〈いいね〉しません(笑)。あと、イケメン過ぎる人もNG。つまらなかったら20分で席を立てるように、最初のデートはいつもハーフパイントのビールしか頼みません。このルールのおかげか、とくに危険を感じたことはなかったです」
そのアプリにある日現れたのが、未来の夫となるTさんだった。
「モノクロ・上半身裸ではなく(笑)、人のよさそうな顔をして、そしてプロフィールに日本の大学に留学経験があることが書かれてあったんです。一応いいねしとくか、って(笑)」
実はTさんはルームメイトから勧められマッチングアプリを始めたところで、最初にマッチングしたのがMさんだったそう。Mさんのプロフィール写真の笑顔に「よく笑う人だな」と惹かれたそう。
2週間メッセージのやり取りをしたあとで、バーで会うことに。
「ドキドキやときめきはなかったけれど、なんともいえぬ安心感がありました。友達が〈うまくいくときは努力しなくてもうまくいくもんだよ〉と常々話していたことがわかりました。彼はアートにとくに興味があるわけではありませんが、私が一緒に行こうと誘えばついてきてくれ、私もTの好きなサッカー観戦には付き合って、お互いの興味を共有しながらいろんなことを一緒にできる人。こんな安心できる関係は初めてでした」
日本に対しての目線がフラットなのも好印象だった。
「これまでパリで出会った男性の中には、日本人だから私に近寄ってるのかな?と思うような人もいました。〈Nippon Ichiban!〉とメッセージで送ってきたり。でもTは、日本に留学経験があってその後3年働いていたこともあり、日本のいいところも悪いところもちゃんと知っている。お互い過去の経験に似たような要素も多く、〈同じユニバースの人〉という感じがしました。付き合ううちに3人も共通の友人がいたことがわかったんですよ」
コロナとビザに阻まれて遠距離に
Tさんとの交際は順調そのものだったが、就活はなかなかうまくいかなかった。アート関係の仕事はどれも狭き門で、フランス人と競ったときには言葉の壁で負けてしまう。卒業後1年は滞在できるものの、それ以降は就職しないとビザが切れる。
「なるべくパリにはい続けたかったけれど、今までも色んなところで生活をしてきたので、ここ以外でも楽しくやれるかもしれない。いったん日本へ帰って、言葉の壁のない状態でアート関係の仕事を探そうかと考え始めました」
Tさんもまた、日本で働きたいという希望を持っていた。じつはMさんと出会う前に日本語学校に通ったり、日本にポストのある企業の面接を受けたりしたそう。じゃあいずれは一緒に日本へ、という話になったとき、パンデミックが起きた。
「フランスは日本より厳しく、家から半径〇km以内や〇時までなどの外出制限がありました。私たちは当時別々の家に住んでいたので、二人で一緒に過ごす時間を作るのが大変でした」
とうとうMさんのビザが切れることになり、日本へ帰国。半年ほど離ればなれになった。Tさんは勤めていた会社の日本支社へ異動願いを出していたが、それもコロナで流れ、結婚していない状態ではフランスから日本への入国もできない。
「じゃあ、もう結婚するしかないね、となって。日本からフランスへは観光ビザで3カ月滞在できたので、その間に私が渡仏し、結婚して、Tと一緒に日本へ来るという計画を立てました」
フランスでは市役所で婚姻日を決め、その日に新郎新婦と証人が市役所へ行き、市長の前で宣誓を行うことで婚姻が成立する。Mさんは到着した翌日に市役所へ。提出物に不備があって再提出となったが、なんとか婚姻日を決めることができた。日本へ戻るリミットのわずか1週間前だった。
一時期よりは外出制限は緩和されたものの参列者は12人までとされ、両家の親を呼ぶことはできず、披露宴もホームパーティとなった。それでもパティシエの友達がウェディングケーキを作ってくれ、自分たちなりの記念すべき日となった。
ところがそこでめでたしめでたし、とはいかなかった。
結婚式の翌日、Tさんの家族ビザを認めてもらおうと日本大使館に行くと、「昨日、あらたな制限が決まり、婚姻関係にあってもビザが下りない」と言われたのだ。
結局、Mさんは日本へ一人帰り、制限が緩和されるまで2カ月もの間、離ればなれとなった。
「あの頃、離ればなれになった国際カップルがいっぱいいました。ビザをとるのも簡単じゃなくて、入国管理局にデートの写真やメッセージのスクショを見せて、偽造結婚じゃないことを証明しないといけないんです」
世界中どこでも二人なら
ようやく家族ビザでの入国が認められ、Tさんは日本へ。Mさんが入ったアートイベントの会社がブラック企業で体調を崩したり、Tさんの就職がなかなかうまくいかなかったり、紆余曲折はあったものの、今はMさんもTさんも自分に合った会社を見つけ、マンションを買い、二人で落ち着いた暮らしをしている。
「私はどんな働き方、生活の仕方が自分に本当に合っているのかをもう一度考え、結局、金融に戻りました。仕事は忙しく、理想のライフスタイルには程遠いけれど、自分のやりたかったことを一度やれたので気持ちの整理はついています。それに、あのとき煮詰まってパリに行かなかったら、Tには出会えなかった。あのチャレンジは正しかったと思います」
「若い頃、上司にタロット占いができる人がいて、占ってもらったら〈ソウルメイトに出会えるよ、時期は遅めだけど〉って言われたんです。その〈ソウルメイト〉が彼なのかなって思います。若い頃は誰と付き合っていても〈私のことほんとに好きなのかな〉って不安がありました。でも、Tにはそういう不安を全く感じない。それに、それまで思いっきり遊びつくしたから、Tという落ち着いた人のよさに気づけた。大人婚だったから出会えたと思います」
今後の夫婦の夢はなんですか。
「私もTも、日本にずっと住むつもりはありません。いずれフランスに戻ることもあるかもしれないし、また別の国で生活するチャンスもあったらいいな、と夢見ています。今年の夏休みは3年ぶりにフランスに帰るんですよ」
きっとソウルメイトの二人なら、世界中どこへ行っても楽しめるだろう。
(写真:本人提供)