高尾美穂“ことばの処方箋 ”

【高尾美穂医師に聞く#15】子どもが欲しいけどセックスレス。夫婦でコミュニケーションを深めるには?

女性の人生は、体調のリズムやその変化と密接な関係があります。生理、PMS、妊娠、出産、不妊治療、更年期……。そうした女性の心と体に長年寄り添ってきた産婦人科医・高尾美穂さんによる連載コラム。お悩み相談から生き方のヒントまで、明快かつ温かな言葉で語りかけます。今回のテーマは「セックスレス」。「1カ月間性交渉がない状態」を指すとされる言葉ですが、その背景にはさまざまな事情が絡んでいるようです。
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Q. 20代で4年ほど交際して結婚しましたが、結婚早々からセックスレスになってしまい悩んでいます。30代に入り、子どもが欲しいと思っていますが、どのように解決していけばよいでしょうか。(30代、女性)

高尾美穂医師(以下、高尾):少し前に、結婚している40代までの男女のうちセックスレスになっている割合が5割近くだったという「日本家族計画協会」の調査結果が報道されていましたね。私のところにも、テレビや女性誌などメディアからの取材依頼がここのところ増えてきているテーマです。

セックスレスと言っても、性交渉を求めていないのが自分なのか相手なのか、カップルによって状況も全然違いますが、大前提としてそこにはコミュニケーションの問題があるのではないかと思っています。

子どもをもつためには性交渉が必要なわけで、本来であれば、いつごろに何人くらい子どもが欲しいのかといったおおまかな方向性を結婚前にすり合わせておけるといいですよね。相談者さんご夫婦はその段階でズレが生じているのかなと感じます。結婚してからそうなってしまったのであれば、それは方向性が違うから別れましょう、という話になっても仕方が無いくらいの課題だと思います。

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話し合える関係になるための一歩とは

――そもそもコミュニケーションが足りていないという場合、第一歩として何をすればいいのでしょうか。

高尾: まずはパートナーとちゃんと話し合える関係になれるといいですよね。ここでポイントになるのは、話のテーマを仕事などの「実益」のあるものにしないことです。おすすめは、私たちの人生や生活にそんなにメリットもデメリットもない、「世の中のこと」について、普段から話すこと。

相手を打ち負かすディベートではなく、自分の考えを話して、相手の考えも聞く。それがコミュニケーションなんですよね。普段からこういった話ができていないと、いざ、テーマのある話し合いをきちんとしたいというときにうまく伝えられない、となるのではないでしょうか。相手がパートナーであれば、自分の思いをちゃんと聞いてもらうのは当然のことだし、本音は話さない限り伝わらないですよね。

――セックスレスになったことで、「もう女性として終わってしまった気がする」など、寂しい気持ちを抱える人もいるようです。

高尾: それは、本当に「終わっている」のでしょうか。食欲、睡眠欲、性欲と三つの欲がある中で、唯一相手が要るのが性欲。だから難しいわけです。相手と自分の欲の差はあって当然だし、ぴったり一致することなんて基本的にない、のではないでしょうか。そこをすり合わせる方法が、本来はコミュニケーションということになります。

セックスレスで寂しい気持ちがあるならば、まずは性交渉以外のコミュニケーションを積極的に持とうとしてみる。買い物に行くとかお茶をしに行く時間の中で、話をするということから始めてみてはと思います。

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産後にセックスをしたくない……

──出産後に女性がセックスをする気になれず、セックスレスになるという話もよく聞きます。

高尾: 女性側が性交渉をしたくない、という声は患者さんからもよく聞きます。そこに「意義を感じられない」と。婦人科で相談されるのは八割方こちらのケースですね。妊娠・出産したあとは、ホルモンの変化もありますし、骨格的な大きな変動もあります。さらにこれまで経験したことがない育児の時期に突入して、体は限界なのに睡眠不足の日々が続く。社会は変わってきたとはいえ、まだまだ女性側の負担が大きいのが現状といえるでしょう。そんなとき、多少なりとも体力や時間を使う性交渉に対して、産後の女性が面倒だと感じてしまうのも仕方がないと思います。

一方で男性の場合は子どもがうまれようが、自分の体は変わっていない。断られ続けた男性側が「もういいや」と思ってしまうのもわからなくはないですよね。そうすると、会話などの夫婦間のコミュニケーションがうまくいかなくなってしまう。性交渉は、言ってみればコミュニケーションがかなり深まった先にあるものなので、最初の段階の会話というコミュニケーションができなければ、セックスレスという状態になる流れは想像できますよね。

産後の女性は、女性ホルモンのひとつであるエストロゲンの分泌がかなり抑えられている状態です。そこから数カ月~数年ほどでまた分泌されるようになり生理が復活しますが、だからといって性欲が湧くというわけではなく、女性の場合は環境因子の影響のほうがはるかに大きいのです。ここはパートナーにも知っておいてもらいたい事実ですね。

背景にあるジェンダーギャップ

――それでも例えば2人目が欲しいというときは、どのように改善を図っていけばよいのでしょうか。

高尾: 仕事をしながらも子育てにしっかり注力したいと思う女性は、睡眠時間や自分の趣味の時間を削るという状況になる人が少なくありません。性交渉も絶対に拒絶しているというよりは「それどころじゃない」というイメージなのだと思います。生活に「余白」がないと難しいわけです。

例えば、仮に子どもがいる夫婦それぞれの1日の戦闘力を100だとして、60は子どもに使い、40を仕事に使っている状態の女性がいたとします。日によって1くらいの余力ができたとして、そこをパートナーに配分するかどうか。一方で男性側は100のうちの大半を仕事に使っているケースが多くて、家に帰ったら疲れている。結局、家庭内での子育ての負担が偏り過ぎているんですね。

だから、女性だけが子どもに60を使っている現状を見直すところから始める必要があるのではと思います。子どもに使う力を2人がどれだけイーブンにしていけるか。これは単に女性側だけの体の仕組みや時間の使い方の話にとどまらず、ジェンダーギャップの課題と言えるわけです。

お互いに少しの余白ができればパートナーとの時間を考えられるようになり、その先に性交渉というコミュニケーションがあるのではないかと思います。

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『娘と話す、からだ、こころ、性のこと』

著者:高尾美穂
発行:朝日新聞出版
価格:1760円(税込)
高尾美穂さん初の「性教育本」。母と娘が性のことや心身の悩みについて話ができるように、知識から話し方までフルサポート。女性が人生の中で経験する心身の揺らぎについて俯瞰して知ることができるので、母に限らず、パートナーや娘、職場の同僚への理解のために、男性にも手に取ってほしい一冊です。

医学博士・産婦人科専門医。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。イーク表参道副院長。ヨガ指導者。医師としてライフステージ・ライフスタイルに合った治療法を提示し、女性の選択をサポート。テレビ出演やWEBマガジンでの連載、SNSでの発信の他、stand.fmで毎日配信している番組『高尾美穂からのリアルボイス』では、体と心にまつわるリスナーの多様な悩みに回答し、910万回再生を超える人気番組に。著書に『大丈夫だよ 女性ホルモンと人生のお話111』(講談社)など。
編集・ライター。ウェルネス&ビューティー、ライフスタイル、キャリア系などの複数媒体で副編集長職をつとめて独立。ウェブ編集者歴は12年以上。パーソナルカラー診断と顔診断を東京でおこなうイメージコンサルタントでもある。
長野県生まれ。東京都在住。ポートレート、ライフスタイルを中心にフリーランスで活動中。 ライフワークで森や自然の中へ赴き作品を制作している。