同居しない女たち 私たちの“合理的選択”
お互い経営者だから
Nさんは、環境系事業の会社を経営する36歳の女性。同じく経営者である男性と4年前に結婚、現在は横浜と都内で「別居婚」生活を送っている。
お互いに経営者だからか、話は早かった。
「会社の代表がいつもリモート勤務だと嫌でしょ?」
お茶目にNさんは言うが、face-to-faceを大事にしたいからこそ、ほぼ毎日フル出勤。そのため、会社までは出来るだけ短時間で行きたい。「何かあったらすぐ駆けつけられるように」と、起業してからは、会社の徒歩圏内にずっと住んでいる。彼も同じ考えだったため、別居婚は“合理的”選択として、すんなり合意した。
Nさんと夫との「別居婚」生活は、月曜から木曜は別々に過ごし、金曜の夜から週末は一緒に過ごすというスタイル。別の場所で暮らしても、不安なことは何も無いという。「むしろ、毎日一緒にいるよりも、お互いを尊重できるから、仲の良さが続いている気がするんです」。Nさんはいう。
過去に一度、彼と一緒に住んだこともあった。コロナ禍で出勤もできず、2週間ほど同じ家で生活したが、相手の生活態度にイライラしてしまうことも多かった。だから、いまの週3日くらい一緒に過ごすのが、Nさんにとっては「ちょうどいい」。
現在Nさんは妊娠中。子どもが生まれてからも、当分の間は別居生活を続ける予定でいる。平日は、Nさんの母親にサポートに来てもらいながら、Nさんの家で育て、週末はどちらかの家で一緒に過ごすつもりだ。夫より、Nさんのほうが子どもと一緒に過ごす時間が多くなるが、子どもは自分のコントロール下に置けた方が、ストレスが無い。「母乳のでる自分が一緒にいたほうが、子どもにとってもメリットが大きいのでは」とNさんは言う。
夫も、平日に子どもに会いたい時はNさんの家に来るつもりで、「お義母さんも寝泊まりするだろうし、今のマンションより大きいところに引っ越そうか」などと提案するくらい、全面的に賛成している。
夫婦で”平等”に家事や育児の負担を分けることも大事だが、それより、お互いが気持ちよく過ごすために、どちらかが得意なことを多く行う“選択的集中”を常日頃から意識していると言う。「お互い無理なく過ごせて、相手を尊重するという意味でも、別居婚は自分たちにとってはよい選択なんじゃないか」と彼女は言った。
幸せの“型”に縛られなくてもいい
次に話を聞いたのは、熊本県内で事務職をしているYさん(29歳)。
夫は、小学校の同級生で地元が同じだが、東京で就職した。Yさんが転勤で2年間、東京へ行っていた時に同棲し、結婚したが、彼女の転勤期間が終わって熊本に戻るタイミングで、別居することを決めた。東京で転職して、彼と一緒に住むことも考えたが、辞めるにしても、転勤中に勉強したことを職場に返してから辞めたい。結局、一人で地元に帰ることを決めた。
「別居婚」していると、同棲していた頃に抱えた家事分担のモヤモヤを感じずに、「またね、バイバイ」とできるのが良いところ。一緒に住んでいた頃と同じように、二人で飲みに行ったりすることが減ったのは寂しいが、代わりにYさんは地元の友人に積極的に会うようにしている。
ただ、親や親戚の理解を得るのには苦労しており、「きっと旦那さんは寂しがってるぞ」「これからどうするの?」など声をかけられることも。特にYさんの地元では、結婚や出産など「幸せなライフステージ」の“型”が強く根付いていて、今の夫と付き合っていなかったら、自分もこの“型”にハマっていたかもしれない。でも、東京で、自分の好きな仕事や働き方をしたり、転職したりする人たちと出会い、前向きに「自由に生きている」夫の友人たちと話をするうちに、決められたルートに縛られる必要は無いと考えるようになった。
元々、いまの事務職をずっと続けるつもりはなく、将来は子どもも欲しいから、もう少ししたら彼とも一緒に住むことも考えてはいる。けれども、もしも子どものいない選択肢を取るならば、別々で暮らしていてもよいかもしれないとYさんは言う。
一人の時間がやっぱり必要だった
同棲の経験を経て、「一人のよさ」に改めて気付いたというのは、デザイナーのKさん(33歳)。付き合って4年になる彼とは現在、別居中だ。
本が大好きなKさんは、3年前、家を購入する時に、自分の家を「家兼本屋」にリノベーションして、週末だけ自宅の本棚を開放する「週末本屋」を営んでいる。新しい家に住み始める時から1年弱は、「一緒に住んだ方が経済的だよね」とKさんの家で彼と一緒に住んでいた。しかし、しばらくすると「一人でいたい」と思うようになった。
本を読んでいても、一人きりじゃないと気が散ってしまうし、お互いリモートワークが多かった頃は、「何を食べるか」「いつ食べるか」と、食事もパートナーのリズムに合わせなくてはならないことについて、Kさんは「逃げ場がない」と感じてしまった。「家で落ち着けなかったら、どこで落ち着くんだろうーー」。住み始めれば、一緒に過ごすことも慣れると思ったが、一緒に住んだことで、改めて一人の時間が必要だと気づいた。
思えば同棲を始める時から、お互い一人になりたい時間も必要だろうと、「それぞれ月に1回、必ず家を空けること」を二人のルールにしていた。一人旅のいいきっかけにもなったし、出張など含めて緩く継続できていたが、お互い仕事も忙しくなり、これをずっと続けるのは大変だろうな、と思い始めた頃に、ちょうど彼の名古屋転勤が決まった。今後、彼が転勤から戻ってきても、Kさんは別々に住みたいと今は考えている。
別居しても、パートナーとの関係は変わらない。Kさんにとって、パートナーは「一緒にいなくても平気だけど、いなくてもいい存在ではない――」。同棲していた頃より会う頻度は減ったが、一緒にいないからこそ、連絡を取り合うことが増え、疎遠になるようなことは無いと言う。
そんなKさんも、不安なことがある。今は二人とも会社勤めだから、「別居」が成立しているが、もし自分がフリーランスになったら……。別々に住むことが、経済的に難しくなるのではないかと考えてしまう。別居して暮らすことは、お金に余裕があるからこそ、取れる選択肢であることを痛感する。
周りは結婚した友人も多いが、Kさんは結婚に対して、今のところあまり興味がないという。子どもは“いつか”欲しいかもとは思うが、「今はこの形がいい」――。
「別居婚したい」は4分の1
博報堂キャリジョ研プラスは今年1月、未婚・既婚問わず20-40代の女性150名を対象に「別居婚に関する調査」を実施した。「別居婚を絶対したい」が5%、「可能ならしたい」が21%という回答になった。年齢によって、「別居婚」を希望する女性たちの割合には違いがみられなかった。
また、「別居婚を絶対したい/可能ならしたい」と回答した女性たちの「別居婚」したい理由として、最も多かったのは「一人の時間が欲しい」で全体の4分の1以上を占めた。「自分のやり方で家事ができる」「時間を気にする必要がない」が次点となり、パートナーとの関係性より、自分の時間や生活のやり方を重視したいと考える傾向が明らかになった。
「別居婚をしたいがハードルになっている(いた)こと」では、費用面が最も多く3割以上を占める結果となった。次点では、パートナーとの関係性についての不安が13.7%、子どもへの影響が11.8%だった。
「別居婚」に興味はありつつも、費用面や子どもの養育などにおいては、女性たちにとって、まだ現実的な選択肢とは言い難いことが、インタビューや調査で分かった。女性たちがパートナーと合意のうえで「別居婚」を選択したとしても、なかなか周囲の理解が得られにくいことも見てとれる。
長い間、「同居すること」がパートナーや家族の在り方として「あるべき姿」だと一般的に考えられてきたが、今回のインタビューを通して、一人ひとりの「生きやすさ」や「心地よさ」を追求していった結果であるなら、「別居」というその暮らし方は自然な生き方のカタチに思えた。