恋愛感情のない修羅場と、恋の矢印が向かう場所。4人の「部室」に訪れた転機 『いちばんすきな花』6話
4人の関係性を変える椿の引っ越し
よくよく考えてみれば、当たり前だ。小岩井純恋(臼田あさ美)と婚約破棄になってしまった時点で、夫婦で住む予定だった家に椿が住み続ける理由はない。彼が引っ越しを検討し始めるのは必然で、それが少し先延ばしになっていたのは、ゆくえ・紅葉・深雪夜々(今田)が家に集まるようになったからだ。
まるで部室のような、離れがたい居心地の良さがある椿の家。彼らが集まる頻度がどのくらいかは、詳しく描写されてはいない。それでも、しょっちゅう遊びに来ている様子が伝わる。さらに紅葉は自分用の歯ブラシまで用意し、2階の一室で寝袋にくるまって眠るようになった。
椿自身も、心地いい温度のお湯にいつまでも浸かっていられるような、ストレスが生まれない空間を手放すことを惜しく思っているだろう。だが、かかってきた1本の電話をきっかけに、椿の行動が変わる。わざわざほかの3人をゲームセンターに連れ出して、椿の自宅で落ち着く流れを変えることまでした。
紅葉が2階に泊まることを受け入れた時点で、椿の引っ越しに対する決意は揺らいだかのように見えたけれど、そうではなかった。彼は着々と、部室を手放す心の準備を整えていたのだ。椿が引っ越すということは、4人で集まるあたたかな場所がなくなるということ。これは、確実に4人の関係性を変える大事件だ。
くわえて6話では、ゆくえの“元友達”である赤田鼓太郎(仲野太賀)が、生命保険のセールスをしに春木家を訪れる展開も。4人分の「おそろ、イロチ」なマグカップを買っていったゆくえを見て、何らかの方法で椿に行き着いた赤田が偵察にきたのかと思いきや、本当にただの偶然だった。
赤田と椿の2人が話しているところへ、ゆくえがやってくる。なんの恋愛感情も介在していないゆくえ、赤田、椿の3人が、まごうことなき修羅場を体験することになる。男女の友情を体現していたはずのゆくえと赤田が、椿という存在を介すことで、またもや関係性をこじらせてしまうなんて。なんという皮肉だろう。
紅葉の好意に気づいていたゆくえ
「男女の間に友情は成立するのか?」がテーマの本作において、急きょ恋の矢印が見えてきた展開は、少しだけ予想外だ。おそらく紅葉は幼少期のころからゆくえに好意を寄せていて、夜々も椿のことが気になっている。友達同士だと思っていたグループ内で、付き合ったり別れたり……を繰り返す中高生のような、ほのかな青春の香りを感じとってしまう。
さらに驚かされるのは、紅葉から向けられている好意に、ゆくえ自身が気づいていることだ。幼いころに見たちびっこ相撲大会の試合で、自分よりも身体の小さい相手に負けてしまった子に感情移入して泣いたゆくえ。人の表面的な言動だけではなく、心に焦点をあてて気持ちを想像できる彼女なら、紅葉からの好意に気づいていてもおかしくはない。
しかし、それを踏まえて振りかえってみると、とたんにゆくえが「悪い女」に思えてしまうシーンがある。以前ゆくえが、コンビニでアルバイト中の紅葉をたずねて「お兄さん、1人? 一緒にピザまん食べない?」と言って誘い出す描写があった。あえて友達同士の気軽なやりとりを意識してのことかもしれないが、紅葉の立場からするとうれしさ半分、苦しさ半分なのではないか。
しかし紅葉自身、ゆくえに想いを伝えたい意思はない。「好きだと、好きだって言わなきゃいけないの?」という彼の発言には、ゆくえと「2人」になるよりも、このまま「4人」でいたい希望が詰まっている。
そもそも紅葉は、ゆくえではなく、もともと春木の家に住んでいたという高校時代の先生を想っていたのではなかったか。
「ちょっと近い他人の大人」である先生たちから、人間性で高い評価を受け続けてきたこと、それをトラウマに感じていた紅葉に対し、「佐藤くん、本当は友達いないでしょ」と言ったという、非常勤の数学の先生。おそらくこの人物は、ゆくえがたびたび電話している友人・志木美鳥のことを指しているのでは、との考察の声がSNSに上がっている。紅葉とゆくえを繋ぐ線が、またひとつ増えることになる。
「無意識な勘違い」がもたらすもの
「男女間の友情」に関連して、ゆくえから夜々へ「男同士とか、女同士とかの恋愛って成立すると思う?」と問いが投げかけられた。いつも春木家からそれぞれの自宅へ帰っていく、バスの車内でのこと。デリケートな話題にも思えるが、こうやって公の場で、友人同士で気軽に話す描写を入れることに、込められている意図とは。
ゆくえから向けられた問いに、夜々は「はい、もちろん。知り合いとかにはいないですけど、当たり前にあると思います」と返した。このセリフには、夜々の“無意識な勘違い”が感じられる。
なぜ「知り合いとかにはいない」と言い切れるのだろう。自分の恋愛対象が男性 / 女性である、と明確に示して街を歩いている人はいない。夜々が知らないだけで、身近にいる可能性がないとは言い切れないはず。「当たり前にあると思います」と言い切る割には、今ひとつ思慮に欠けると思わずにはいられない一言だった。
ゆくえの言うように、他者の価値観はそう簡単には理解できない。どんなに分かろうとしても、分からないのが他者というものだ。
互いに干渉し合わない世界は健やかだ。自分と違う他者を「自分と違うから」という理由だけでアレコレ言うのは、少なくとも健全ではない。
しかし、だからといって、相手を理解しようとする姿勢を放棄してもいい、という文脈はやや乱暴に感じる。理解しようとすること、それでも理解することがかなわないやるせなさや苦しみが、他者との共存には必要だ。無意識な勘違いで、他者を傷つけてしまうことを避けるためには、なおさら。
フジ系木曜22時~
出演:多部未華子、松下洸平、今田美桜、神尾楓珠、齋藤飛鳥、白鳥玉季、黒川想矢、田辺桃子、泉澤祐希、臼田あさ美、仲野太賀ほか
脚本:生方美久
音楽:得田真裕
主題歌:藤井風 『花』
プロデュース:村瀬健
演出:髙野舞
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