堀井美香さん、TBSを50歳で退職。初エッセイで大幅に削った「幸せ」の記述
思いや考えを“まな板にのせてはいけない”
──著書では、昨年3月に50歳でTBSを辞める前後からの日々などをエッセイという形で綴っています。本を出すことは想像していましたか?
堀井美香さん(以下、堀井): いいえ、まったくしていませんでした。アナウンサーは基本的に、自分の思いや考えを“まな板にのせてはいけない”という教えを受けているので、エッセイを書くことは想像もしていませんでしたね。
アナウンサーのプライベートを知りたいかな? 私のことを読んでおもしろいのかしら? とも思っていました。実際にTBSの後輩や同僚アナウンサーがエッセイを出すのを目にしてきましたけど、これまで一冊も買ったことがありません(笑)。
──それでも書こうと思った理由は何だったのでしょうか?
堀井: 大和書房の編集者の方から、お声がけいただいて。話すと、とてもいい方だったので、「一緒にお仕事をしたいな」と。そんな理由でお受けしました(笑)。
退社して一年目はいろいろな出来事が起きるだろうから、書き留めておくのもいいか、と。締め切りがないと絶対にやらないことなので記念になりそう、という気持ちもありました。
「“何”退社ですか?」と聞かれると…
──本のタイトルは『一旦、退社。』ですね。「一旦」にはどのような意味が?
堀井: ひとまず、っていう感じですかね。「一旦、落ち着こうよ」の一旦。27年間、会社員をして、そのまま続けていくことも考えましたけど、子どもが社会人になったり、やりたかった仕事がひと通りできるようになったりと、その時が、とてもタイミングがよかったんです。昨年3月にキリのいい50歳になったということもありましたし・・・・・・。
実は、「一旦」という言葉が最初に出てきたのは、退社して間もない頃。雑誌の企画で元朝日新聞記者の稲垣えみ子さんと対談したときなんです。稲垣さんも50歳で朝日新聞を辞められて『魂の退社』(東洋経済新報社)という本を出していらして。
対談の最後の質問で、「稲垣さんが『魂の退社』ならば、堀井さんは“何”退社ですか?」と聞かれて。それで「一旦、退社ですかね」って答えたのが、そのまま、本のタイトルになりました。
──本の中で、ご自身の一番のお気に入りは?
堀井: うーん、そうですね。好きというより一番悩んだという意味で印象深いのは、「幸せについて、少しだけの理解。」でしょうか。
ボランティア活動を通して感じたことを書いたのですが、本当はもっと長尺だったんです。でも、載せられなくて、大幅に削りました。幸せについて書くことへの覚悟とか、私が語っていいものだろうか、許される文ではないのでは、といった迷いがあり、難しかったですね。
書くことの短所は時間を取られること!
──普段は話す仕事が多いかと思います。今回、本を書かれて「話すこと」と「書くこと」にどのような違いを感じましたか? また、それぞれの長所と短所とは?
堀井: 話すといっても、私たちアナウンサーは自分の考えを述べない職業なので、書くことよりもまず、自分について表現するということが、新しかったですね。
話すことのいいところは自由なところですね。気取らないし、喋るときは相手をあまり気にしていません。逆に悪いのは、話したことをすぐ忘れることでしょうか。直後でも、そんなこと言ったっけ? みたいな感じに私はなる(笑)。それで、まとまりがなくなります。
書くことによって、自分のことを客観的に見られました。これは書くことの長所、一方で、すごく時間を取られるのが短所(笑)。
朗読の楽しさを知ってから…
──朗読などの「読むこと」に魅せられている、という箇所も印象的でした。
堀井: 読むことの楽しさを知ってしまったら、現場を離れることを考えられなくなりました。
朗読の読み手は演技者ともアナウンサーとも違います。ちょうど中間を探るような感覚。感情を入れて役柄に没入し、しっかりと文字を音にして発しつつ、文章の裏側にあるサブテキストを汲み取っていく──そして、両者のいい塩梅を探っていく、といった感じと言いますか。「これかな」と思う読み方ができると、もう本当に楽しくて。
本を読んでも台本を見ても、さっき覚えたことを10秒後には忘れるような記憶力の私。
ですが、先日やった朗読会では、練習してきた音が脳にストックされていて溢れ出てくる感覚がありました。こういう体験に行き着くまでの過程も、おもしろいと思うんですよね。
●堀井美香(ほりい・みか)さんのプロフィール
1972年生まれ、秋田県出身。法政大学法学部を卒業後、1995年にTBS入社。2022年3月にTBSテレビを退社し、現在はフリーで活動中。TBS時代は『久米宏 ラジオなんですけど』のパーソナリティを10年務めた。現在は人気ポッドキャスト「OVER THE SUN」のパーソナリティとしても活躍中。