昆夏美さん、あの時の舞台降板から見えてきたこと。「何事も丁寧に向き合いたい」
大作ミュージカルで、ドクターストップ
――昆さんは大学2年生だった2011年に、ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』のジュリエット役でデビューしました。学生で急にプロになった時はいかがでしたか?
昆夏美さん(以下、昆): 生活が一変したのを覚えています。2011年5月に、今、所属している事務所のオーディションを受けて合格しました。その時に、たまたま『ロミオ&ジュリエット』のオーディションの話を聞いて応募。合格後、翌月からはスチール撮影。7月には製作発表があって、8月には稽古がスタート、そして9月には本番でした。目まぐるしく変わっていきましたね。
ミュージカル女優を目指す普通の大学生だったのに、お稽古が始まると大学にも行けなくなる。自分の中で「あ、プロになった」という感覚をじっくり感じる間もなく、とにかく目の前のことに追われる日々でした。
――その後、『レ・ミゼラブル』のエポニーヌ役を4回、『ミス・サイゴン』のキム役を3回演じています。ミュージカル人生で、ターニングポイントとなったことはどんなことですか?
昆: ターニングポイントは、役ではなく自分に起きた出来事でした。2016年、『ミス・サイゴン』に出演していた時に、私、実は途中で降板しているんです。声帯にタコができる声帯結節になってしまって、ドクターストップがかかってしまったんです。
演じるはずだった作品が、自分のせいでできなくなってしまった。そしてたくさんの方に大変なご迷惑をおかけしてしまって。自分の仕事は私だけの問題ではなくて、いつも私を待ってくださっている方や関わってくださっている方など、本当に大勢の方に影響してしまうんだな、と。この仕事の責任の大きさを改めて感じたのが、25歳の時でした。
そんな中、「復帰を待っています」と声をかけてくださる方がいたのは本当に嬉しかったです。それまでも仕事を一生懸命やっているつもりではいましたけれど、そこからは仕事に対する責任感や日々の生活面の見直しなどを含め、意識が大きく変わっていきました。
――休んでいた時は、どんなことを考えていましたか?
昆: 声帯結節は手術をして取ってしまえば治るんですが、最初は自然療法を選択していたんです。要は手術をせずに、なるべく声を出さないで、声帯にできたタコのサイズを縮めていく方法です。普段の生活ではできるだけ黙っているように努力するとしても、いつ治るかはわからない。しかも表面の傷として見えるものではないので、患部の状況は病院に行ってみないと、私自身もわからないんですよね。
自宅にこもっている時は、SNSを見るのが本当につらくて。全部ミュートをかけていました。それまで一緒にやってきた皆さんが仕事をしていたり、ご飯を食べに行ったりしている姿を目にすると、何もかも羨ましいと思ってしまう。自分は「治らなかったらどうしよう」という不安に陥っているせいで、すごく卑屈になってしまって、自分の心の汚い部分をダイレクトに感じてしまう。そんな自分と対話する日々でしたね。
復帰した今から思うと、そんな自分も人間らしいな、と。人間って誰でもそういう弱いところがあるよね、とも感じるんですけど、その時はとてもそうは思えませんでした。実際に前を向けるようになったのは、手術を決断し、復帰の目処が立った時でした。もうそうなったら、前を向くしかないし、チャレンジするしかない。頑張って手術して治して、またやるぞというポジティブな思考にようやくなれましたね。
ものすごく結婚したかった日々を過ぎ……
――ミュージカル『マチルダ』では、主演のマチルダちゃんたちをはじめ、子役の俳優さんがたくさん出演しています。お稽古で子役の俳優さんたちと一緒に演技をしていると、結婚や出産、キャリアとの関係などについて考えることはありますか?
昆: ものすごく考えますね。私は今、31歳なんですが、20代の頃の一時期、ものすごく結婚したかったんです。周囲にもそう話していたのですが、今はもう、その時期を通り越してしまったというか(笑)。
以前は、昆夏美の俳優としての人生ではなくて、女性としての人生設計がありました。何歳までに結婚して、何歳までに子どもを産んで……とか考えていたんですよ。でも決めていたその「結婚」の年齢を過ぎたら、なぜか以前よりも「結婚したい」と思わなくなってしまって。人生って、おもしろいですよね(笑)。
一般的に、女性はやっぱり30歳手前の27〜28歳が結婚適齢期とか言われますよね。私の周りにいる俳優さんはお仕事の都合上か、30歳前に結婚される方はあまりいらっしゃらないので、私もなかなか結婚をイメージしづらかったのかもしれません。でも、ご一緒してきた先輩がお子さんを産んで、また復帰されている姿を見ると、カッコいいなって思います。憧れます。
人生を頭の中だけで設計したとしても、未来のことはわからない。だから、今はもう結婚については焦っていません。もちろん結婚して、子どもが欲しいという思いは絶対にありますけどね。
コロナ禍で気付いた「丁寧な暮らし」
――俳優として、女性として、31歳の今から何を大切にして、人生を歩んでいきたいですか?
昆: 丁寧な暮らしをしたいです。私は今年、「丁寧な生き方をする」を人生目標として掲げているんです。
なぜそんなことを言うかというと、私、どちらかというと昔から流れに任せて仕事をする人間だったんです。でもコロナ禍がやってきて、私の職業はいつなくなってもおかしくないものなんだな、いまお仕事が出来ることは本当に有り難いな、と改めて思わされました。
本当にシンプルなことなんですけど、人ときちんと会話をする。ひとつひとつのお仕事や役にきちんと向き合う。人との関わり方を丁寧にする。物を置く時も丁寧に置く。まずはこういうことからかなと。
今は何より、目の前の舞台『マチルダ』の役や、関わってくださる皆さんと丁寧に向き合うことが大事だと、31歳になって思いますね。この作品に全身全霊を捧げることで、今後関わる作品を待っていてくださる方や未来の自分にも、何か思いがつながっていくんじゃないかなと。そんな風に感じています。
●昆夏美(こん・なつみ)さんのプロフィール
1991年生まれ、東京都出身。洗足学園音楽大学在学中の2011年、ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』のジュリエット役でデビュー。以来『レ・ミゼラブル』のエポニーヌ役、『ミス・サイゴン』のキム役など、グランドミュージカルで重要な役どころを務めてきた。演劇やテレビドラマへの出演も多い。
◆ヘアメイク:米尾太一
◆スタイリスト:下平純子
■Daiwa House presentsミュージカル『マチルダ』
東京公演:《プレビュー公演》2023年3月22日(水)〜24日(金) 東急シアターオーブ
2023年3月25日(土)〜5月6日(土) 東急シアターオーブ
大阪公演:2023年5月28日(日)〜6月4日(日) 梅田芸術劇場メインホール
脚本:デニス・ケリー
音楽・歌詞:ティム・ミンチン
脚色・演出:マシュー・ウォーチャス
振付:ピーター・ダーリング
翻訳:常田景子
訳詞:高橋亜子
出演:嘉村咲良、熊野みのり、寺田美蘭、三上野乃花/大貫勇輔、小野田龍之介、木村達成/咲妃みゆ、昆夏美/霧矢大夢、大塚千弘/田代万里生、斎藤司/他