Ruru Ruriko ピンク

自分の「好き」に自信を持つ[Ruru Ruriko ピンク74]

ちょっとモヤモヤした気持ちになったとき、読んでみてください。いい意味で、心がザワザワするフォト&エッセイ。今回は、Rurikoさんがこれまで何度も取り上げてきた「見た目問題」をもう一度。他人から何と言われても、自分の「好き」を貫き通すには?

●Ruru Ruriko ピンク 74

私たちはいつ見た目から解放されるの?

今日は見た目、外見の話。
この連載で何度も取り上げたトピックなのに、まだ日々悩んだり、考えたりしてしまうこの問題に私が解放される日は来るのでしょうか?

あっという間に8月、さらに暑くなってきて肌を出す機会が増えた人も多いのでは?
夏に向けて、ポルノ映画監督のエリカ・ラストは動画のなかでこのように話しています。 

「あなたの身体が、家父長制社会が決めたいわゆる美しいとされる身体でなかったとしても、それであなたに肌を出して楽しむ権利がなかったり、愛されて自信を持つ価値がなかったり、性的に楽しむ経験が少なくなったりするわけではありません。全ての身体はいい身体です」

この動画で、中学生の時に友人が言ったあるひと言を思い出しました。
それは、「痩せなきゃショートパンツなんてはけないよね。太ってたら周りの人も見たくないし迷惑」というもの。
そのような発言をするのは彼女1人だけではなかったと記憶していますし、当時の私は、着たい服があっても、太っている私が着るのは「見苦しい」と思っていました。

ボディ・ポジティブ運動のその先

ボディ・ポジティブ運動は、「どんな身体も美しい!ありのままの自分を愛そう!」という大きなコンセプトがある運動で、日本でもプラスサイズモデルや関連する書籍、雑誌が出版されたり、メディアでも取り上げられ、注目を集めています。

私自身はボディ・ポジティブ運動にすごく助けられました。体型関係なく美しくなれると(実は当たり前だけど)、メインストリームメディアで固定されるのは革新的に感じたし、この運動からメディア、特にファッション広告では、多様な体型のモデルが起用されるなど、とてもポジティブな動きがでた運動だと思います。

しかし、ボディ・ポジティブ運動で「どんなに自分を愛して!」と言っても、自分の好きじゃない部分を無理矢理好きになるのは簡単じゃないですよね。メディアに自分と同じような体型の人が登場したところで、今度は「同じ体型でも、この人の方が全然かわいいしな……」と思ってしまったりもします。

自分の嫌な部分を好きになるのはしんどい

楽しみにしていたお出かけの日。前日からコーディネートを考えて、気合いを入れて化粧をして。「我ながら最高にかわいい!」とセルフィーまで撮ったのに、出かけた先で出会った人や美しい友人の隣に立った自分の姿を見ると、本当に全然イケてなくて恥ずかしくなることがあります。さっきまでの自信は何処へやら。無駄な事とわかっていても、私は一生こうはなれないんだと他人と比べてしまうのです。 

自分の嫌な部分をわざわざ好きにならなきゃいけないのはなかなかしんどいし、好きになるんじゃなくて、ただ気にしないで楽しみたいだけ。

せっかく1人の時は最高の気分だったのに、他人と比べて落ち込むなんてもったいない。
コンプレックスを乗り越えて、自信を持つのもいいけれど、なぜコンプレックスに感じるのか考えてみましょう。それは私たちのせいではなく、そう感じさせる社会があるからではないでしょうか?

他人が見苦しいと思うから美しくならなきゃいけない、自分ではいい思っていたのに他人と比べて落ち込んでしまう。
自分に自信を持つのは難しいかもしれないけれど、「他人(社会)のいい」よりも、自分1人の時に感じた「好き・いい」に自信を持てたら、ほかが何を言おうと関係ないのかもしれない。

自分が好きなんだからいいじゃないか、他人が口出す必要なし!「好き」を比べる必要もなし!
反対にどんなに周りからほめられても、自分が好きじゃなかったり、楽しくなかったら意味がないですよね。

今年は自分の「好き」をもっと楽しんでいきたいと思います。

銭湯で裸になることへのトラウマ[Ruru Ruriko ピンク73]
18歳の時にイギリスへ留学、4年半過ごす。大学時代にファッション、ファインアート、写真を学ぶ中でフェミニズムと出会い、日常で気になった、女の子として生きることなどの疑問についてSNSで書くようになる。