会社員でヨーグルト専門家の阿部花映さん「仕事も趣味も100%じゃなく、200%じゃないと生きられない」

カスタムサラダ専門レストランCRISP SALAD WORKS(クリスプ・サラダワークス)を運営する株式会社クリスプで働く阿部花映さん(31)。会社員として働きながらヨーグルト専門店「Dear Mechnikov(ディア・メチニコフ)」の運営をするほか、地元・徳島を盛り上げるべく阿波踊りにも本格的に取り組んでいます。今回は、彼女の過去や“人生の軸”として大事にしていることをうかがいしました。

集中して仕事に取り組むことで、見えてくるものがあった

――現在、阿部さんは会社でどんな仕事を担当しているのですか?

阿部花映さん(以下、阿部): ITオペレーションという業務を担当しており、主に「お客さま対応」とシステム関係全般を見ています。社内では、割となんでも屋みたいなポジション。26歳のときにクリスプに転職し、最初は店舗で働いていました。

――転職活動をする際、クリスプ以外は受けなかったそうですね。なぜクリスプを選んだんでしょうか?

阿部: 前職を辞めるきっかけになったのが、「自分のお店を持ちたい」という目標を持ったことでした。それまで外食の経験がなかったので、どこかで修業したいなと思って。でも身銭を稼ぐためだけの転職や、「とりあえず勉強する」という働き方では意味がないと思っていたんです。私が目指すコンセプトに近いところと考えたとき、クリスプ以外は思い浮かびませんでした。

――どんなコンセプトを目指していたのですか?

阿部: 私が目指していたのは、「ヨーグルトを食べる文化」を作ること。外食でヨーグルトを食べる文化はないですが、それってサラダも同じですよね。クリスプと同様のカスタムスタイルのお店をやりたいと思っていたので学びも多いですし、代表の考えに共感できる部分も多かったので、ここしか受けませんでした。

――独立という夢を持っていると、転職することが遠回りに感じてしまうこともあると思います。転職するとき、迷いはありませんでしたか?

阿部: 葛藤はありました。かと言って、起業できるような資金力もスキルもなかったので……とにかく次のアクションを起こしたい、という思いで動いた感じですね。それでも、転職当初は強い焦りを感じていました。早く学んで独立しなきゃと自分を追い詰めるようなところもありました。今やっていることが自分の夢に繋がっているのか分からなくて、「この時間って意味あるのかな」と思ったこともあります。
でも、すべてのことを追っても中途半端でなにも身に付かないですよね。そこで、いったん仕事に集中することにしたんです。その結果、自分でやること・やらないことを決断する力がついたように思います。仮説・検証・改善を自分でできるようになったというか。意味のないことはやらなくていいし、次につながるアクションをとろう。そういうフェーズに上がることができたんです。なにかに集中して取り組むことは、必ず得るものがあるんだと思いました。

――徳島ご出身で、その後大阪に引っ越しされたそうですね。高校を辞めて単身上京したというエピソードをうかがって驚きました。そこにいたるまで、どんなことがあったんでしょうか?

阿部: そうですね……親とぶつかりました。もともと仲はよかったのですが、考え方は似ているのに行きつく結論が違う親子で。自我が育ち自分で考えられるようになると、すごくぶつかるようになってしまったんです。やりたいことに対してダメダメと言われるようになって、これまでレールの上を歩かされてきたんだなと気付いたんですね。その時、家族なのに分かり合えない喪失感を強く感じて、気持ちが落ちてしまって……。
それまでは勉強も部活もバリバリやっていたのに、急になにも楽しいと思えなくなりました。高校に入っても親との関係性は変わらず、すべてに対して意欲を失ってしまいました。このままじゃダメだ、しんどい、もう死んでしまいたいとまで思いました。でも死に方を考えたとき、死ぬのって難しいなという結論に至ったんです。人に迷惑をかけない死に方はないですから。
とりあえずいつでも死ねるから、生きようと思って。これが高校2年の冬ですね。生きるためにはどうしたらいいかと考えたとき、「親と離れるしかない」と結論を出しました。たまたま東京の全日制の予備校を見つけて、高校も辞めました。その頃は本当に悪い状況だったので、親も承諾してくれて、上京して大検を取って、大学に進学しました。

――かなり壮絶な数年間を過ごされたんですね……。今はご家族との関係は改善しましたか?

阿部: 離れてみて親の想いも少しずつ理解できるようになったし、東京に来たのはすごく大きかったです。適切な距離感は必要ですけど、今では関係も良好ですね。

2つの軸を持つことが、自分の安定につながる

――ヨーグルトのことや仕事だけでなく、阿波踊りにもかなり力を入れているそうですね。

阿部: そうですね。徳島のことが大好きだったので、本当は徳島を出たくなかったくらいだったんです。親の転勤があり、小6で引っ越しましたが、離れてみるとより一層よさを感じるんですよね。なにかしら徳島をアピールしたいと割と早い時期から思っていました。でも何をしたらいいのか分からなかったので、最初は「とりあえずふるさと納税をしよう」と県庁に電話をかけたんです。そこで東京で活動する団体を教えていただいたのがきっかけで阿波踊りをはじめ、もう8年ほどになります。この団体には本当にいろんな方がいて、ここでの出会いがあって「失敗してもいいからチャレンジしよう」と思えるようになりました。ヨーグルト専門店の運営などもかなり後押しされましたね。

――今年は新型コロナウイルロナス感染拡大の影響で、阿波踊りが中止になってしまいましたね。

阿部: 私にとって、阿波踊りってお正月みたいなものなんです。自分の中で「阿波踊り暦」みたいなものがあって、ここが1年のはじまりと終わりみたいなものです。毎年8月12日から15日が阿波踊りなのですが、ここに自分の最高潮が来るように1年かけて調整しています。今年はお正月が来ないみたいな感覚になっています……。

――ヨーグルト専門店もコロナの影響を受けているのでは?

阿部: そうですね。でも、あまりネガティブに受け止めていません。ちょうど「もうワンステップあがらなきゃ」と課題に感じていたところだったので、この期間を利用して今後のあり方をもう1度考えたいなと思っています。まだ構想中ではありますが、今後はクリスプの1業態としてヨーグルト専門店を開くことも考えています。

――ヨーグルトと阿波踊り、自分の中に軸が2つあるんですね。

阿部: 自転車の両輪というか、前に進むためには両方動かす必要がある方が私には合っていると思います。100%じゃなく、200%じゃないと生きられないんですよ。2つないと安定しないみたいです。部活と勉強とか、ヨーグルトと阿波踊りとか。常に2つの軸があることが、安定につながると感じています。趣味でやっている俳句もそのひとつ。文字数が限られているので、不純物を消して自分の本心を知るためのトレーニングにもなっています。

■阿部花映(あべ・はなえ)さんのプロフィール
徳島県出身。東京農業大学卒業後、食品用香料・色素メーカーで研究開発および品質管理に携わる。 中学生の時からの夢である「ヨーグルト専門店」を開くため、クリスプに転職。 会社員として働きながら、ヨーグルト専門店の運営や腸内環境セミナーなどを行っている。現在はヨーグルト専門店オープンに向けて準備中。

フリーランス。メインの仕事は、ライター&広告ディレクション。ひとり旅とラジオとお笑いが好き。元・観光広告代理店の営業。宮城県出身、東京都在住。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。