遺伝子解析の未来のために。高橋祥子さん流、「自分軸で生きる」とは

日本初の個人向け大規模遺伝子解析サービスの提供を行う「ジーンクエスト」代表の高橋祥子さんは1988年生まれの31歳。企業への就職経験はなく、東京大学大学院の博士課程に在籍していた2013年に「ジーンクエスト」を設立します。仕事への思いや気持ちの切り替え方などの根源には、厳しくも核心をついた父の言葉がありました。

病気を治すのではなく、未然に防ぐ研究の道へ

ーー遺伝子解析の会社を立ち上げたきっかけを教えてください

高橋祥子さん(以下、高橋): 家族が医者だったこともあり、医療や生命というものを身近に感じる機会は多かったと思います。高校生の頃、家族に連れられて一度病院を見学しに行った時から、「そもそもなぜ病気になるのか」や「病を未然に防ぐ」ことの方への興味が向いていくようになりました。大学は医学部へは進学せず、農学部で分子生物学を使って生活習慣病の予防のメカニズムを研究していました。

ーージーンクエストが提供している遺伝子解析のキットを使うことで、一般の人たちにはどんなメリットが生まれるのでしょうか。

高橋:例えば「自分の身体について知る」というと、まず思い浮かぶのが「健康診断」だと思います。これは「今の自分を知る」ためのツールですね。では「将来の自分の身体を知る」にはどうしたらいいのか。ここで、遺伝子情報が役立ってきます。将来的な病気のリスクを遺伝子の観点から推測することで、予防のための行動につなげることができるのです。

以前は、一般の方が誰でも簡単に自分の遺伝子情報を知るという選択肢自体がありませんでした。手軽に利用できるキットを提供することで、病気を未然に防ぐことへの意識をより高めていただけると考えています。

他者の評価基準に合わない=自分が間違っていることにはならない

ーーもともと起業志向は強くなかったとか。就職活動はされたのですか?

高橋:修士課程を終えるタイミングで、一度どこかの企業に勤め、研究を続けながら、研究の成果を生かしたいと考えて就職活動をしました。ところが、50社近く受けてほとんど落ちてしまったんです。
いま思えば、「こんな貢献がしたい」ではなく、「私はこういうことがやりたいんですが、御社ではできますか?」というスタンスでした。一般的な企業に勤めるための「就職活動」には適していなかったかもしれません。

ーー企業とうまくマッチングしなかったことで、自信を失うことはありませんでしたか?

高橋: 全くないとは言えないですが、どちらかというと「(会社は私のこと)わかってないなあ」ぐらいの気持ちでした(笑)
他者の評価基準に合わずに否定されたわけですが、それは自分が間違っているということではなく、合わないという事実がそこにあるだけなんですよね。

ーーそうしたマインドは昔から持っていたのでしょうか

高橋:「他人軸で考えるな」という父からの教えが影響しているように思います。
高校時代、吹奏楽部で賞をもらったんです。嬉しい気持ちで帰宅し、父に報告すると「他人の評価で一喜一憂してもしょうがない」と一言。
受賞を喜んでもらえないのは心外でしたが、その後コンクールで結果が思うように出なかったときも同様に「他人の評価よりも、自分たちが満足のいく演奏ができたかどうかで考えた方がいい」と言われ、ようやく父の考えが理解できました。

自分の軸で考えるような人間になれ――。それからは、悪い評価の時にも同じように思えるようになりました。何かあると父の言葉が心の中でフラッシュバックして、物事と感情をいったん切り離すことができるようになっていきました。

ーー同じように、素晴らしい研究をしている方で、社会のレールに上手にのることができない人へのメッセージはありますか?

高橋:(レールに)乗る必要はないと思います。成し遂げたいことや突き詰めていきたいことがあれば、わざわざ社会の「フォーマット」に自分をあてはめなくても大丈夫。
日本特有の「良い企業に勤めるべき」みたいな同調圧力も気にしない。

時代はどんどん変化していきます。弊社も新卒一括採用をやめ、30歳までなら通年で応募可能な仕組みをとっています。日本の古い体質ではあまり好まれない”空白期間”も気にしません。卒業後にしばらく旅行をしていても、それは立派な経験として受け入れます。今後はそういった自由度の高い企業も増えると思います。

ーー最後に、高橋さんが考える「起業に必要なこと」を優先順位をつけて教えてください「アイディア、ひらめき」「企業戦略」「人脈」「資金」など、様々な要素があると思います。

高橋:「戦略」「人脈」「資金」は、起業をしようと思ってからでも作れるものだと思います。私自身、起業しようと思った当時は全くお金もありませんでしたし、目標を成し遂げるための人脈も、経営の経験もありませんでした。でも、それらはそれに強い人を仲間に迎え入れればチームで補うことができます。

一番大事なのは、「世界で最後の一人になっても絶対に自分が成し遂げる」という意志。
それだけだと思います。
私にとっては、「生命の仕組みに魅了され、その全貌を解明したい。それによって国や人や社会が抱えている問題を絶対に解決できる」という思いがそれです。
弊社よりも資金や人員の多い会社はたくさんあるけれど、思いの部分では負けないと思っています。

とはいえ、「世界でたった一人になっても」というのは言葉のあやで、実際には共に事業や研究を進めてくれている仲間のことは大切に思っています。
その上で、初めに抱いた「自分の思い」もぶれずに持っている。だからこそ、信頼しあい、より高みをめざしていけるのではないかと思います。

●高橋祥子さんプロフィール
1988年生まれ、大阪府出身。京都大学農学部卒業後、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中にジーンクエストを設立。生活習慣病など疾患のリスクや体質の特徴など約290項目におよぶ遺伝子を調べ、病気や形質に関係する遺伝子を調べることのできるキットを一般生活者向けに提供するサービスを展開している。

大学卒業後、芸能事務所のマネージャーとして俳優・アイドル・漫画家や作家などのマネージメントを行う。その後、未経験からフリーライターの道へ。
熊本県出身。カメラマン土井武のアシスタントを経て2008年フリーランスに。 カタログ、雑誌、webなど様々な媒体で活動中。二児の母でお酒が大好き。
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