【ふかわりょう】河原の小石
●ふかわりょうの連載エッセイ「プリズム」36
河原の小石
今思うと、相当尖っていたと思います。25年前の8月。20歳になると同時に門を叩いたのは、一生この世界に居続ける気持ちがあったから。事務所に電話をし、すぐに所属とはいかないですが、お笑いライブの出演をかけた「ネタ見せ」という、オーディションのようなものに参加するようになりました。そんな矢先、事件は起こります。
「それじゃぁ明日、朝7時に曙橋集合な」
プロダクション製作による番組の収録。その手伝い、エキストラとして、まだ認知度も何もない芸人志望の若手たちが駆り出されます。多少のお手伝い料は発生するかもしれませんが、芸能界の現場の空気を味わうことは、たとえエキストラであっても価値のあること。無償だろうが、こちらから望んで行くべきです。しかし僕は、当時フジテレビのあった曙橋にどうしても向かう気になれません。皆がネタ見せ会場を後にする中、一人残りました。
「お、ふかわどした?」
若手全般をみるマネージャー。無名の若手をちゃんと名前で呼んでくれていること自体ありがたい話。
「明日って、行かないとダメでしょうか」
「ダメっていうか、一応仕事だからな。バイトかなんかあるのか?」
せめて、嘘でもついておけばよかったのですが。
「明日、行けないです」
「なんでだ?」
「その仕事って、僕じゃなくてもいいんですよね?」
マネージャーはきっと耳を疑ったことでしょう。
「僕である必要がないなら、明日の収録、行きません」
ヤバい奴だと思ったでしょう。自分のスタイルが確立して、それなりに仕上がっているならまだしも、無名の若手が発する言葉ではありません。勘違いも甚だしい。プライドではなく、単なるわがまま。しかし、本当に行かなかったのですから、今日まで残っていることが奇跡です。
尖っていたというべきかはわかりませんが、おかげさまで、すっかりまあるくなりました。ゴツゴツしていた岩石が、川に流され、世間に揉まれ、すっかり小石になりました。ただ、尖っていたからこそ、勘違いしていたからこそ、この世界に飛び込むことができたのでしょう。
あれから25年。僕じゃなきゃいけない仕事なんてあったでしょうか。僕じゃなきゃいけない理由なんて、あったでしょうか。そんなことよりも、「僕じゃなくてもいいのに僕を選んでくれたこと」に感謝するようになりました。どんなにしっくりくる場所でも、穴が空いたら必ず埋まる世界。代わりがきかないなんて幻想。自分じゃなくてもいい仕事だからこそ、与えられた場所で一層力を注ぐべきでしょう。ここにいる理由なんてない。自分じゃなきゃだめな仕事なんてない。ただ、ここにいるだけなのです。
タイトル写真:坂脇卓也
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