ふかわりょうの連載エッセイ「プリズム」35

【ふかわりょう】サブスク女のため息

人気情報番組「5時に夢中!」(TOKYO MX)のMCや、DJとしても活躍するふかわりょうさん。ふかわさん自身が日々感じたことを、綴ります。光の乱反射のように、読む人ごとに異なる“心のツボ”に刺さるはず。隔週金曜にお届けします。

●ふかわりょうの連載エッセイ「プリズム」35

「ほんと助かっちゃった」
 車のシートに腰を下ろすと、彼女は笑顔でそう言った。
 六本木、深夜1時。タクシーがつかまらず不機嫌そうな女性。話を伺ってみることにした。
「乗車拒否、ですか?」
「そうじゃなくて、サブスクのタクシーがなかったの」
「サブスク?」
「そう、定額制」
「いま、そんなタクシーあるんですか?」
「あるんだけど、まだ少なくて。全然いないから呼ぼうとしたところ」

 近頃よく耳にするサブスクリプション。厳密にいうと「定額制」と同義ではないようだが、混同して使用されている。消費者が、製品やサービスごとに料金を支払うのではなく、一定期間利用できる権利に対してお金を支払うビジネスモデル。音楽や映画などのネット配信サービスは世界的潮流となっているのは周知のとおり。
「今はね、なんでもサブスクの時代。洋服とか化粧品だって買わなくていいし、美容院だって通いたいだけいけるから、あたしみたいな夜の仕事の人にはありがたくて」
 最近では、飲食店やライブハウスなどでも導入されているそうだ。
「でも、洋服とか、欲しくはならないんですか?」
「欲しい?」
彼女は目を丸くした。
「欲しいってどういうこと?」
「所有したい、ってことでしょうか。クローゼットにずらりと並んでいるのを眺めたり」
「あはは、ウケる!」
彼女の笑い声が車内に響いた。
「所有こそ、不幸の原因だってことに気づいたから」
リングをはめた指の間に加熱式のタバコが挟まると、彼女はスマホをいじりながら続けた。
「こっち来る前に車持っていたんだけどさ、なんていうの、ほんと金食い虫。ちょっと故障するたびに数万飛ぶでしょ。車検だとか、メンテナンス費もバカにならない。車庫だって、こっちの駐車場代なんて田舎の家賃並み。所有するから不幸になるんだってね」

 渋谷を抜け、ようやく車はスムーズに流れ始めた。
「じゃぁ今は、ほとんど定額制、なんですか?」
「……そうね」
彼女の表情が少し曇った。
「まぁ、最初は良かったんだけどね」
その真意を訊ねた。
「音楽とか映画とか、あたしネット・フリックスのドラマちょー好きだし。ただ、もうサブスクにしすぎちゃって、今は把握仕切れてない状態。全然使ってないのに、ただ引き落とされているだけってのもあると思うし。もうなんのために働いているのかわからなくなってる……」
 いつの間にか彼女の環境はサブスク天国から、サブスク地獄へと変わったそうだ。
「サブスク地獄、ですか」
「そう、いつの間にか地獄になってて。でもね、地獄も悪くないよ、あ、ここら辺でだいじょうぶ」

 マンションの前に男が立っているのが見える。
「あの方は?」
「彼氏。レンタルの」
「レンタル?」
「そう。所有するの面倒だからね」
そう言って、彼女は車を降りた。
「ちなみに、レンタル料は?」
 彼女は大きく息を漏らすと、嘘だと笑ってドアを閉めた。男が彼女のカバンを持つと、二人はマンションへと入っていった。

  

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タイトル写真:坂脇卓也  

1974年8月19日生まれ、神奈川県出身。テレビ・ラジオのほか、ROCKETMANとしてDJや楽曲制作など、好きなことをやり続けている。
ふかわりょう