感情との触れ合いが気持ち良い時期がやってきた
●単細胞的幸福論のすゝめ 08
この街に住んで今年で丸6年。きっかけは知人の家があったことだった。夫と同棲が決まって、どこに住むかを考えていたとき、「初めて実家を出るならば、実家のようにくつろげる家が近くに欲しい」と呟いた。夫は「それだとあんた家出た意味ないけどな」と微笑んでくれたのを覚えている。
住む場所が決まれば、次は家探しだ。毎週末は不動産屋をめぐるのが定番のデートになった。町中の不動産屋を巡ったけど、なかなかいい物件には出会えなかった。
イライラが募ってきた頃、不動産屋から「いい物件空いたから見に来ない?」と連絡をもらった。彼は仕事だったので一人で観に行くことに。
建築年は1990年、私が生まれた年に建ったマンションだ。4階建ての4階の部屋、安っぽいワインレッドのドアが目印。エレベーターは無い。
脱衣所も独立洗面台も無く、お風呂はどっかから持ってきて置いただけの湯船に、タイル張りの床。正直いって想像していた綺麗さとはかけ離れたものだったけど、「ここからふたりが始まるんだ」とふと思った。
それに加え、午(うま)年の私が午年の年に午年に建てられたマンションに引っ越す。不思議な縁を感じ、私は勝手に「うまマンション」と名付け、彼に電話で「ここ以外に住まない」と伝え契約することになった。
そこから始まった私たちのこの街での生活。小さな駅だけど、地元の人で賑わう商店街がある。街の面積のほとんどを大学のキャンパスが占めるので、地元と大学の垣根がほとんど無い。
週末は住民がキャンパス内の芝生でのんびり過ごしていたり、子どもたちは補助輪無しの自転車に乗る練習をしてる。大学の文化祭に合わせて商店街はお祭りを開催する。バラバラだけど、バラバラじゃない。そう感じるとても不思議な場所。
去年、妊娠がわかって引っ越しを考えた。1DKのうまマンションに私と夫、子どもの3人はきつい。半年ほど家を探して諦めたとき、うまマンションの斜め前の物件が空いたことがわかった。「ほらね、この街から出なくていいってことだよ」と即決。12月に引っ越した。
年が明けるとやってくるのはセンター試験。街中が「不安」や「焦り」でいっぱいになる。駆け足で会場に向かう人と、参考書や自作のポイントノートをお守りのように胸に抱えながらゆっくり歩く人。そんな彼らを見守るように、住民たちは最寄りの駅から仕事へ向かう。
人の感情に触れるのは疲れるけど
今日は大学の卒業式、駅前に行くと晴れ姿の学生たちで溢れてた。「お前、就職するの?」「なあ、つぎいつ集まる?もう決めよう」なんて会話を耳にした。留学生たちは母国の伝統的な衣装を着て、両親と記念撮影をしている。
人の感情に触れるのは疲れることだけど、私はいろんな感情に溢れたこの街が好きだ。清々しさ、切なさ、希望、こう並べると混沌としているけど、実際浸ってみるとキラキラした世界だ。
28歳の私が生で触れるにはもったいない。そんな貴重な何かで溢れるこの街で、私は彼と恋人から夫婦に、そしてもうすぐ家族になる。
大学を卒業して新しい環境に移る卒業生、そして、4月にやってくる新入生たち。夢と希望を胸に現れる新入生の彼らは毎年、街に新しい風を連れてきてくれる。だから私も彼らと同じように新しい世界を楽しみたいと思う。
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