高尾美穂医師
高尾美穂“ことばの処方箋 ”

【高尾美穂医師に聞く#19】30代、一度も交際経験がありません。恋愛や結婚、なぜ私にはできないの……?

女性の人生は、体調のリズムやその変化と密接な関係があります。生理、PMS、妊娠、出産、不妊治療、更年期……。そうした女性の心と体に長年寄り添ってきた産婦人科医・高尾美穂さんによる連載コラム。お悩み相談から生き方のヒントまで、明快かつ温かな言葉で語りかけます。今回は「交際経験がない」というコンプレックスについて考えます。
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Q. 30代ですが今まで誰とも付き合ったことがありません。誰かとお付き合いをし、結婚をして子どもも欲しいと思っていますが、交際経験がないことから自分に自信を持てません。普通に恋愛して結婚している人はたくさんいるのに、なぜ私にはできないんだろう、と思ってしまいます。(30代前半、女性)

高尾美穂医師(以下、高尾): これは、「恋愛とは誰かに選ばれるもの」という受け身的な考え方だと陥りがちな発想ではないでしょうか。「ほかの人は誰かに選ばれているのに、自分は誰にも選ばれていない」と思っているのではないかと思います。でも、誰かと付き合いたい、結婚したい、子どもが欲しいという気持ちがあるなら、受け身でいるだけでなく行動を起こしていく必要があると思うんです。

「誰かに選ばれるのを待つ」というスタンスでいるとしたら、主体性が足りていないともいえます。もしかしたら恋愛以外の場面でも「自分はこうしたいからアクションを起こす」という思考回路で動くということが少なく、その結果いろいろなことを自分の中でコンプレックスにしてしまってはいないでしょうか。

女性は誰かに「選ばれる」存在?

――社会の中に「女性は男性から選ばれるもの」という刷り込みもあるように思います。

高尾: そういう傾向はあったのでしょうね。でも、SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ:性と生殖に関する健康と権利)の考え方をもっとしっかり持ってほしいと思います。自分のセクシュアリティや子どもを持つ・持たないを主体的に決めていくという考えですね。

takasuu/iStock/Getty Images Plus
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一番大事なことは、自分がどういう人生を過ごしたいのか、将来的な人生設計を考えるということです。その中に子どもを持つという望みがあるなら、パートナーと出会うことが必要で、そこに時間とエネルギーを注ぐ時期が必要になります。そうやって、叶えたいことがあったら逆算して考えて、行動していくことが必要だと思います。

まずはスモールステップを重ねてみて

──交際経験がなく自信を持てないところから、どのように行動を起こしていけばよいでしょうか。

高尾: ご相談者さんは恐らく、交際経験がないというひとつのことによって自信を失っているわけではなくて、そこに至るまでの小さなことの積み重ねでちょっとずつ自信をなくしてしまったのではないかと思います。何か自信を失うことがあって、そうすると行動を起こしにくくなって、また自信をなくして、「自信がない」状態になっているのではないでしょうか。

「成功体験」が少ないことが自信の喪失につながっているという状況は起こり得ると思いますが、何を「成功」と定義するかはご本人のとらえ方次第です。例えば、学生時代にバレンタインチョコを渡せたことが成功体験になる人もいれば、チョコを渡した上でカップルになることを成功ととらえる人もいますよね。

ご相談者さんには、まずはスモールステップで進めていくことが大切なのではないかとお伝えしたいです。パートナーをつくることをいきなり目標にするのではなく、とりあえず連絡先の中に普段からコミュニケーションを取れる男性がいるような状況を目指す。そういうことから始めるのがよいのではないでしょうか。

Rattankun Thongbun/iStock/Getty Images Plus
Rattankun Thongbun/iStock/Getty Images Plus

おすすめしたいのは、これまでのルーティン以外の予定を入れることです。新しいコミュニティに入るとか、習い事をするとか、どこかに寄り道するとか、そういった非日常の予定を増やしてみるのはいかがでしょう。今まで出会ってきた人たちとは恋愛や交際に至っていないということは、これまでに出会っていない人と出会う必要があるということだと思います。新しい人と出会う場所を探して、ぜひ出向いてみては。

“面倒くさい”人間関係の中で

──20〜30代の男女で交際経験がない方が増えているともいわれており、背景には「恋愛で傷つきたくない」「自由でいたい」といった価値観があるようです。

高尾: ある意味、人との交流を持たなくても過ごしていける時代だから、そういう話が出てくるのかもしれません。でも、そもそも社会で生きていく楽しみというのは、人との出会いの中にあると私は思っています。多彩な人たちと過ごす時間の中で、自分は何を考えて、どう生きるか。そこに喜びがあるのではないでしょうか。

人との付き合いって基本的に面倒くさいんですよ。世の中のすべての人が自分とは違う人なわけだから、思いどおりにはならない。人間関係は煩わしさを生むものではあるわけですが、やはりそれ以上の喜びであり楽しみでもある。例えば、「悔しい」といった感情を味わうとしても、自分が成長できる材料になり得る。そういう経験をするかしないかで、人生は全然違うものになると思います。

高尾美穂医師

人間関係を築くのがおっくうになっているとしたら、それも「成功体験」の有無がかかわっているのかもしれません。成功体験にするためには、失敗したとしてもその取り組みをやめないことです。周囲の人とのコミュニケーションがちょっとうまくいかなかっただけで関係性を諦めてしまえば、それは「失敗」ということになってしまいますが、取り組みを続けていけば、「そういう時もあったけどうまくいった」という流れになることもあるはず。すべては途中経過に過ぎない、という考え方もできるのです。

恋愛だけでなくさまざまなコミュニケーションにおいて、どういう言葉を選ぶと相手が傷つくか、相手との距離感をどれくらい取るか、それは頭で考えているだけではわからない。うまくいかないことも含めて経験を積むことでしか得られないものがあります。そうやっていろいろな経験をしていくその先に、恋愛もあるのでしょうね。

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『娘と話す、からだ、こころ、性のこと』

著者:高尾美穂
発行:朝日新聞出版
価格:1760円(税込)
高尾美穂さん初の「性教育本」。母と娘が性のことや心身の悩みについて話ができるように、知識から話し方までフルサポート。女性が人生の中で経験する心身の揺らぎについて俯瞰して知ることができるので、母に限らず、パートナーや娘、職場の同僚への理解のために、男性にも手に取ってほしい一冊です。

医学博士・産婦人科専門医。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。イーク表参道副院長。ヨガ指導者。医師としてライフステージ・ライフスタイルに合った治療法を提示し、女性の選択をサポート。テレビ出演やWEBマガジンでの連載、SNSでの発信の他、stand.fmで毎日配信している番組『高尾美穂からのリアルボイス』では、体と心にまつわるリスナーの多様な悩みに回答し、910万回再生を超える人気番組に。著書に『大丈夫だよ 女性ホルモンと人生のお話111』(講談社)など。
編集・ライター。ウェルネス&ビューティー、ライフスタイル、キャリア系などの複数媒体で副編集長職をつとめて独立。ウェブ編集者歴は12年以上。パーソナルカラー診断と顔診断を東京でおこなうイメージコンサルタントでもある。
長野県生まれ。東京都在住。ポートレート、ライフスタイルを中心にフリーランスで活動中。 ライフワークで森や自然の中へ赴き作品を制作している。