『海のはじまり』11話

母が生きた事実は過去のもの? 夏(目黒蓮)と海(泉谷星奈)の「視座」の違い 『海のはじまり』11話

目黒蓮演じる月岡夏が、大学時代の恋人・南雲水季(古川琴音)の葬儀の場で、彼女の娘・南雲海(泉谷星奈)に出会う。人はいつどのように父となり、母となるのか。生方美久脚本・村瀬健プロデューサーの『silent』チームが新しく送り出す月9ドラマ『海のはじまり』(フジ系)は、親子や家族の結びつきを通して描かれる愛の物語だ。第11話、あらためて浮き彫りになったのは、水季の“不在”だった。
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海の不在で実感する水季の喪失

この物語は、現在という時間軸から見れば、水季はすでに故人で、残された娘・海と夏が出会ったところから動き出していった。水季が生きていたのは、過去のことだった。

それぞれの登場人物も、水季の死を認識していたはずだ。夏は彼女の葬儀に参列したことで知り、水季の両親である南雲朱音(大竹しのぶ)、翔平(利重剛)はもちろんのこと、海だって母が死んでしまったことは理解していて、ともに図書館で働いていた同僚・津野晴明(池松壮亮)も、痛いほどわかっている。

それでも、喪失を身に染み込ませることは難しい。朱音や翔平は、水季が亡くなってから一緒に暮らしていた海が、夏との2人暮らしをスタートさせ不在になったことで、あらためて水季の喪失を実感したようだ。

南雲家の台所で、水季が落書きした跡が残った、思い出の詰まった象徴にも見える鍋を抱え、座り込み泣き崩れる朱音。彼女の心のなかは、もう水季と会って話すことが叶(かな)わない今後の人生にあらためて思い至ったことで、吹き荒れていたのだろうか。いや、もしかすると、音もなく、何の動きもなくなってしまったのかもしれない。

泣いているのを隠しきれなかった朱音に、絵本を取りに帰ってきた海は問う。「海いなくて、さみしかった?」。朱音は「海ちゃんいなくなって、水季がいないことまで思い出しちゃった。2人ぶん寂しくなっちゃったの」と受け、「でも大丈夫、いま海に会えたから。もう平気」と重ねる。それを聞いた海は「ママは、もう会えないよ」と返す。

海も朱音も、“いなくなられた側”だ。大切な人が、どうしようもできない圧倒的な力によって、いなくなってしまった。その寂しさを、空洞を、完全に埋める術(すべ)もなく、時間が経っても、何かのきっかけで水季の存在を思い知る。こうした喪失と隣り合わせの人生は、これから生きていかなければならない者同士にしか分かち合えないものがあるのだろう。

津野の言葉が表す、夏と海の埋めがたい溝

第11話において、おそらくもっとも夏の心から離れなかったのは、津野の「南雲さんがいたときもいなくなったときも、お前いなかったもんな」という言葉だろう。そして、海が言った「海、ママとずっと一緒にいたもん。いなかったの夏くんじゃん!」も、呼応するように響く。この二つの言葉が、夏と海の視座の違いを際立たせるのだ。いや、夏と海がそれぞれ見ている景色の違い、と言ったほうがいいのだろうか。

津野の言うとおり、夏はずっと、水季が「いなくなった」世界を生きている。だから、いる・いないという話しかできない。それはもちろん、現実だ。だが、夏にとっては、水季が生きていたのは過去でしかないことの、明らかな証明になってしまっている。

相反して、海にとって水季の生は過去のことではない。亡くなってしまったこと、いまはもういなくなってしまったことは理解しているが、なかったことにはなっていない。水季は確かに生きていて、一緒に歩いた道、一緒に暮らした家、一緒に食べたもの……共有した思い出は、海が思い出すたびに繰りかえし現前する。

だから、海はしつこいほどに確認するのだろう。水季が生きていたことを知っていて、亡くなったこともわかっている人たちと、何度も何度も思い出す。ママはいた。生きていた。いまはいないけれど、いなくなってしまっただけで、生きていた事実まで消えてなくなったわけではない。

夏と海の溝を埋めるのには、時間がかかる。水季がいたときのこと、いなくなったときのことを知らない夏と、どちらも知っている海。海にとって「いなかった」のは夏のほうで、頑なに夏と海の2人だけでがんばろうとする“父”のことを、すぐに受け入れるのは難しいだろう。

ままならない状況に必要な「味方」

夏が立たされた状況を思うと、彼があまりにも不憫(ふびん)だ……と嘆く声も、SNS上には多いように思う。津野や朱音の言葉は、水季の葛藤や苦しみを間近で受けていたからこその、辛辣(しんらつ)さをともなっている。夏に非がない場面も多いはずだが、水季や海を大事に思うからこその津野や朱音の言葉は、どうしたって鋭く尖(とが)ってしまう。

夏に味方がいるとすれば、別れた恋人の百瀬弥生(有村架純)、そして月岡家の人々。はたまた、第8話で登場した夏の父・溝江基春(田中哲司)か。

弥生や月岡家の面々は、夏が素直に助けを求めればきっと喜んで手を貸すだろう。夏は、あまり1人で(または、海と2人で)抱え込まず、賢く「助けて」と声をあげる必要がある。優しい人同士は、お互いの感情を先読みしすぎるがあまり、思いが行き違いがちだろうから。

ある意味、夏が何の気兼ねもなく本音を吐き出せるのは、基春だけなのかもしれない。夏にとって、いきなり“父”になることへの戸惑いと、ほんのちょっとの“面倒”な気持ちを吐露できた唯一の相手。これまでと変わりなく仕事をこなし、娘と2人暮らしという慣れない生活に順応しながら、刻一刻と変わる海の微細な心情を汲み取る。そんな、ままならない状況に向き合うためには、ときには肩の力を抜いて弱音を吐ける味方が必要だ。

娘と2人で暮らす覚悟とは。夏(目黒蓮)の“自己犠牲”と見守る側の難しさ 『海のはじまり』10話 「始まりは曖昧で、終わりはきっとない」。夏(目黒蓮)への手紙に書かれた“答え” 『海のはじまり』最終話

『海のはじまり』

フジ系月曜21時~
出演:目黒蓮、有村架純、泉谷星奈、木戸大聖、古川琴音、池松壮亮、大竹しのぶ ほか
脚本:生方美久
音楽:得田真裕
主題歌:back number『新しい恋人達に』
プロデュース:村瀬健
演出:⾵間太樹、髙野舞、ジョン・ウンヒ

ライター。映画、ドラマのレビュー記事を中心に、役者や監督インタビューなども手がける。休日は映画館かお笑いライブ鑑賞に費やす。
イラストレーター。ドラマ、俳優さんのファンアートを中心に描いています。 ふだんは商業イラストレーターとして雑誌、web媒体等の仕事をしています。
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