“親の期待に応えるいい娘”から抜け出すには? 医師のおおたわ史絵さん「手放す勇気を持って」

転職や結婚・出産など、人生の大事な選択を前に、親の顔色を見てしまい、自分の本音がわからなくなっている人は意外と多いのではないでしょうか。親との正しい距離の取り方は? その呪縛から抜け出すには? 長年にわたり自身も薬物依存症だった母との関係に葛藤してきた経験から、医師でコメンテーターのおおたわ史絵さんにアドバイスいただきました。
「苦しくても、その親しかいない」医師のおおたわ史絵さん、薬物依存症の母との闘い40年 【画像】おおたわ史絵さんの撮り下ろし写真

親の“想定内”で人生を終えて良いのか

――おおたわさんは、約40年にわたるお母さまとの壮絶な体験を著書で明らかにされています。ご自身の生き方にもその存在が大きな影響を及ぼしたとしていますが、年齢やキャリアを重ねても、親との関係に悩んでいる女性は多いように思います。

おおたわ史絵さん(以下、おおたわ): 時々、自らを犠牲にしてギリギリまで無理をしてしまう人がいますよね。もし自分自身が「生きているだけで私には価値があるんだ」と思えていたら、自分の気持ちや身体を投げ打ってまで、仕事や相手に尽くすことはないはず。もちろん自分が頑張りたくて頑張っている人はよいのですが。

無理をしてしまう人ほど、その原体験として「親の期待になんとしても応えたい」と頑張ったことがある人は多いのではないかと思います。私も医師の道を選んだのは「親の期待に応えたい」気持ちが大きかったからでした。

――親に孤独感や問題がある場合、子どもはそれを敏感に察しますよね。だからこそ、親からなかなか離れられず、期待に応えて安心させてあげたいと思ってしまうような気がします。

おおたわ: そうなんですよね。そうして子どもの可能性をつぶしてしまう親が少なくありません。親の期待に応えながら生きていると、親の想定の範囲内で人生が終わってしまう。自分がこうしたいという思いに従って生きれば、親の想定以上になる可能性がある。だからある意味で、親を裏切りながら生きていくほうがいいのではないかとすら思います。

手放したら、自分らしい道に自然と誘われた

――誰のためでもなく、本当は自分自身のために生きたい。しかし、自分らしい一歩を踏み出そうとしても、「それでは何かを失うのでは」と恐ろしく感じ、勇気が出ないことがあります。

おおたわ: 今持っている仕事や肩書き、立場を手放すことを怖いと思うのは当然だと思います。親の期待に応えて、必死に頑張って手に入れてきたものであれば、なおさらそうでしょう。でもね、手放すことって怖くないですよ。大丈夫。手放せば、必ず、何か新しいことがやってきます。

私は、開業医だった父が遺した診療所を引き継ぎましたが、15年経った頃に、精神的に続けるのが苦しくなってしまったことがありました。当初は父のためにも病院を続けるのが使命だと思っていたから、やめると決断したときは申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

でも、手放した途端に、知り合いの知り合いを介して刑務所や少年院で働く医師を募集していることを知ったんです。意図せず、矯正医官、いわゆるプリズン・ドクターの道が目の前にポンっと現れた。そのとき、自然と腑に落ちたんです。ああ、この道だと。

――意図して手に入れたのではなく“腑に落ちた”のですか。

おおたわ: そうなんです。まるで“誘われた”ようでした。計画してその道に向かったのではなく、勝手に人生が転がっていったのです。

これまでは「親の期待に応えて、医師にならなければいけない」「父の病院を継がなければいけない」と、「~しなければ」の世界で生きてきました。でも矯正医官の話が来たときは「自分が医師になったのは、ここにいる少年たちのためだったんだな」と一気に腑に落ちた感覚でした。

ただ、自分では「これだ」とわかっても、何も知らない周りの人からはいろいろ言われることがありますよね。私も矯正医官の道に進むと決めたとき「もったいない」「なぜわざわざ、みんなが嫌がる仕事を?」と相当言われましたよ。でも「もったいない」って何だよ、と思いません? 自分の人生を生きないほうが、もったいないですよ。収入や体裁より、大事なことがあるんですから。

親に相談する前に、やってみる

――キャリアだけでなく結婚や出産も、今持っているものを失うような気がして、躊躇してしまうことも……。

おおたわ: 世間体などから「しなければ」と焦っているだけなら、無理にする必要はないけれど、「したい」のに踏み出せないのは、やっぱり何かを手放すのが怖いからですよね。それでも、勇気を出してトライしてみたらいいんじゃないかな。

母の薬物依存と闘いながら生きてきた私にとっては、夫の存在がとてもありがたかったです。何か直接的な手助けを望んだわけではないんです。でも、そこにいるだけで、私の心が破綻しないための支えになっていました。ごく真っ当な夫という人間が、自分と社会の“楔”(くさび)になってくれたから、どんなにつらいときも道を踏み外さずにいられたと思う。だから私は結婚して良かったと、すごく思っているんですよ。

――親の考えとは異なる自分の人生を生きたい、そのための一歩を踏み出したいと思っている読者にメッセージをいただけますか?

おおたわ: まず自分がやってみたいと思うことを、やってみてほしいです。自分のために頑張っていれば、結果はおのずとついてくるはず。

それに、自分が期待していたのとは違っても、子どもが頑張ったことを喜んでくれる親御さんもいると思うんです。私にもそのような経験がありました。30代になってから、私は自分の意志で文章を書いたりメディアに出演したりすることを始めたのですが、当初、私の母はまったく喜んでおらず、むしろバカにしていました。でも、その陰では私が掲載されている雑誌を、大事に保存していたようなのです。

だから親の期待通りではなくても、頑張ってあなたが自分の人生を生きていれば、いつか一緒に喜んでくれることがあるかもしれません。失敗したって大丈夫。みんなに笑われたとしても、そんなの一瞬のことだから。何度だってやり直せばいいんですよ。

「苦しくても、その親しかいない」医師のおおたわ史絵さん、薬物依存症の母との闘い40年 【画像】おおたわ史絵さんの撮り下ろし写真

●おおたわ史絵(おおたわ・ふみえ)さんのプロフィール

総合内科専門医、法務省矯正局医師。東京女子医科大学卒業。大学病院、救命救急センター、地域開業医を経て2018年より現職。刑務所受刑者たちの診療に携わる、数少ない日本のプリズンドクター。テレビ出演や講演活動も行う。

■『母を捨てるということ』

著:おおたわ史絵
発行:朝日文庫
定価:990円(税込)

ライター・編集者。1988年、神奈川県横須賀市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後ベネッセコーポレーションに入社し、編集者として勤務。2016年フリーランスに。雑誌やWEB、書籍で取材・執筆を手がける他に、子ども向けの教育コンテンツ企画・編集も行う。文京区在住。お酒と料理が好き。
長野県生まれ。東京都在住。ポートレート、ライフスタイルを中心にフリーランスで活動中。 ライフワークで森や自然の中へ赴き作品を制作している。