doble-d/iStock/Getty Images Plus
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トイレ問題、備蓄品……。国際災害レスキューナースに聞く、女性の被災リスクと対策は?

能登半島地震の発生から2カ月以上経った今もなお、多くの方が避難生活を余儀なくされています。日本では地震をはじめ様々な自然災害の可能性が常に身近にありますが、つい「備える」行動を後回しにしてしまいがちです。女性にとって覚えておきたい災害時のリスクや対策、必要な備えとは? 東日本大震災や熊本地震をはじめ各地で国際災害レスキューナースとして活動して28年になる辻直美さんに教えていただきました。
【備えに役立つ】災害用トイレの作り方

阪神大震災と地下鉄サリンを立て続けに経験

――辻さんは、ご自身の被災経験をきっかけに災害医療に目覚めたと伺いました。

辻直美さん(以下、辻): 1995年に、天災と人災を立て続けに経験しました。1月17日の阪神・淡路大震災では、大阪府内の自宅が一瞬で全壊し、生まれてから20数年過ごした思い出を何もかも失った気持ちでした。何人もの友人を亡くし、被災地は社会の様々なルールが機能せず、壊滅的な状況でした。当時は、吹田市民病院で看護師をしていましたが、地震後、院内の自家発電機が動かず、緊急時でも医療機器が止まることはないと聞いていたのに、ストップしてしまいました。その際の手順も決まっておらず、他の看護師たちも被災して来られず、もうしっちゃかめっちゃか。患者さんを診ることに必死でしたが、防災訓練の通りにはいかず、後から「本当にこれでよかったのか?」という思いが募りました。

その後、聖路加国際病院(東京都中央区)に勤め先を移したところ、3月20日に地下鉄サリン事件が発生しました。ここでも多くの方々の救護にあたり、「対応する病院側も準備をしっかりしていなければ、人は死んでしまうんだ」と切に思い、災害救護を専門に担当するナースの道に進みました。

災害後、要請があれば直ちに医療チームの一員として現場に向かいました。これまで国内外30カ所以上の被災地に赴きました。新潟県中越地震、東日本大震災、熊本地震、北海道胆振東部地震、九州北部豪雨、西日本豪雨……、どこも本当に凄惨(せいさん)な状況でした。

辻直美さん
辻直美さん

災害時に心身の安定を保つには

――厳しい環境の下、女性にとって心身へのダメージが心配です。まず、衛生面ではどのような注意点や対策がありますか?

辻: 断水が続き、トイレが使えないのは大きな問題です。仮設トイレも非常に汚いことが多く、排泄(はいせつ)を我慢してしまう人もいます。また、体を洗えないと、デリケートゾーンの清潔も保てなくなります。体力も落ちるので、膀胱炎にかかりやすく、腟カンジダなどの症状が出ることもあります。トイレの回数を減らそうと水分を取らずにいると、血栓ができるエコノミークラス症候群の危険性も高まります。
携帯トイレの備えは必須です。また、アルコールを含まないおしりふきのようなティッシュがあれば、デリケートゾーンを拭くことができます。その際に女性は、尿道から肛門に向かって拭くのがポイント。逆方向だと大腸菌で炎症を起こしてしまうことがあるからです。

――新型コロナウイルスの影響もある中、被災地では感染症も多いと聞きます。

辻: 新型コロナに限らず、インフルエンザ、ノロウイルスなどの様々な感染症が流行します。昨年5月に新型コロナが5類に移行してからは、予防対策が疎かになりがちですが、いま一度、手洗い、マスク、消毒といった基本的対策を忘れずに続けてほしいですね。

shironagasukujira/iStock/Getty Images Plus
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――メンタル面では、どのような影響がありましたか?

辻: 女性は「不安で泣いて動けない」か「不安で怒って動けない」方が多かったです。避難所では、人間関係が大きなストレスになります。パーソナルエリアがなく、隣に全く知らない人が寝ていることもあります。それがイヤだと言っていた女性に、「あなたも周りから見たら同じ立場ですよ」と私が伝えると、ハッとしていました。まずは、慌てない、騒がない、怒らないことです。

――気持ちを保つために、辻さんは「3・3・3の法則」を提案しています。

辻: アロマオイルなどの好きな香りを3秒嗅ぐと、気分転換ができますし、心地がいいものに3分触れれば、気持ちが落ち着きます。小説や漫画、写真などアナログのものを30分読んだり見たりして、癒やす方法もあります。日常でもトラブルが起こったら、シチュエーションに応じて、この法則で自分の心の安定を保つ成功体験をしておくとよいですね。

――telling,の読者世代と重なる20~40代女性の中には都会で一人暮らしをする人も多く、災害時には、より孤独感や不安が増すことが想像されます。

辻: そうならないためには、普段から近所の人とあいさつしてコミュニケーションを取り、顔見知りを作っておきたいですね。マスクで顔が隠れていても、相手の目を見てニコッと会釈すれば、全然印象が違います。“ええ感じの人”だと周りに知ってもらえれば、いざという時に、きっと助けてくれると思います。

――被災地での犯罪に巻き込まれないためにも、防犯面で心がけておくことはありますか?

辻: 女性に限らないことですが、被災地では一人では行動しないこと。また、常日頃から防犯ブザーや防災笛を持っておきましょう。ホイッスルのように中に球が入っているタイプは肺活量がいるので、非常時には大きな音が出ないことも。また、交通整理でも使うので、要救助者との区別が付きにくくもなります。真っ暗な場所では犯罪が起きやすいので、懐中電灯ではなく、両手が使えるようにヘッドライトを装着して下さい。

yukimco/iStock/Getty Images Plus
yukimco/iStock/Getty Images Plus

備蓄品は「買うだけで安心」ではない

――普段からの備えが必要だと、改めて思い知らされます。

辻: それも、「買って安心」だと思っていませんか? 災害時になって新しいことを行おうとしても難しく、日常生活で普段から行っていることしかできない。実際に前もって品物を使ってみて、これなら安心してできるなと見極めることが「備え」の大前提です。

――普段から携帯する「防災ポーチ」が注目されています。女性がポーチに入れておきたいアイテムはありますか?

辻: 防寒・防水、熱中症対策にもなるレスキューシート、紙せっけん、おりものシート、生理用品、ウエットティッシュがあるといいですね。他にも、ハッカ油スプレーは清涼感が得られ、アロマオイルがあればリラックスできます。ペットボトルのキャップに穴を一つ開けたものは、節水シャワー代わりにも使えます。

防災ポーチの例
防災ポーチの例(©「プチプラで地震に強い部屋づくり」扶桑社/落合星文)

――持ち出し用のリュックは、物を詰め込むと重くて背負えないイメージがあるのですが……。

辻: 重いから「持って行けない」と諦めるのは、自分の命を削るということです。ちゃんと背負えるように普段から体を鍛えておくことが重要。生きるか死ぬかの瀬戸際で、水、食料、携帯トイレ、暑さ・寒さ対策は絶対外せないですよね。なのに、重いからと中身から抜いてしまう人には「被災地では誰からももらえないですよ」と強く言いたいし、「避難所に行けばなんとかなる」という考えも大間違いです。

家にあるものでアレンジする経験を

――在宅避難の可能性も考えられます。備蓄の目安は、何日ぐらいになりますか?

辻: 最低1週間、できれば2週間です。能登半島地震の報道にもあったように、ライフラインが壊滅し、道路が寸断されると配送もできません。通常のようにコンビニを冷蔵庫代わりにするような生活はできなくなります。みなさん、本当に備蓄をしなさ過ぎなので、普段から家の中にあるものだけで生活する経験をしておくことですね。「おなかがすいた、ウーバーイーツを頼もう」ではなく、食料、ペットボトルの水、カセットコンロ、固形燃料なども使って、パッと何かを作ろうと思うことが大切です。

――辻さんは、備蓄用に1日3リットルの水が必要だと想定しています。

辻: 普段は、1日1人当たり200リットルを超える水を使うと言われています。実は、3リットルでも全然足りないです。このうち、2リットルは飲食用、1リットルは生活用。洗濯も、体を洗うのも、食器を洗うのも全部含んでこの数字内でまかなわなければなりません。
私は、一般的なミネラルウォーターを、500ミリリットル、1リットル、2リットルと種類別に買って、家の中で分散させて備蓄しています。500ミリリットルの水ならば、出かける時に保管分から持って行き、飲んだら新しく買って帰る。こんな風にローリングストックを心がけています。

――決まった備蓄用の商品が身近になくても、代用品として、「PPGS」(P:ペットシーツ、P:ペットボトル、G:ゴミ袋、S:新聞紙)をアレンジして使うことも勧めていますね。

辻: 何かを買う前に、他にあるものを役立てられるか、考える力を持っておくことです。ペットシーツは、ゴミ袋と新聞紙を組み合わせて、災害用トイレが作れます(作り方はこちら) 。ペットシーツに吸水性と防臭効果があるし、コスパもいいです。湯たんぽや氷のう代わりにも使えて、とても便利です。

また、水入りのペットボトルは下からライトを照らすと光が広く行きわたるので、ランタンとして代用できます。ゴミ袋は、服と服の間に装着すると暖かく、リュックの中にゴミ袋を2枚重ねて広げ、水を入れて口を固く縛れば、給水タンクとしても使えます。
新聞紙を折って足袋を作れば、がれきやガラス片から足を保護できます。手首に巻くなどして防寒具にも活用でき、ゴミ袋の中に丸めた新聞紙をいくつか入れて中に足を入れると、こたつのようにポカポカします。

「地震・台風時に動けるガイド 大事な人を護る災害対策」(発売:Gakken)より
「地震・台風時に動けるガイド 大事な人を護る災害対策」(発売:Gakken)より 撮影 田辺エリ

――災害時に命をつなぐために、辻さんは、災害前、災害後72時間、それ以後という3つのフェーズに区別した対応を呼びかけています。

辻: 災害前には、正しい知識を身に付け、備蓄品を実際に使ってみて準備をしておきます。そして、災害が起きてから72時間は、自分や家族のことを考える「自助」を大切にして、とにかく生きのびて下さい。その後は、他の人たちと支え合う「共助」のかたちで、少しずつ被災前の生活に近づけていきます。いつまでも被災直後の不安な状態でいるのではなく、時間軸を分けて考えることですね。現場で一番多く聞いたのは、「自分が“被災者”と言われるとは思わなかった」という声です。

――今の女性たちのライフスタイルは多様で忙しく、防災や自分にとっての備えを後回しにしてしまう人もいます。そのような人たちにも届くような、辻さんからのアドバイスをお願いします。

辻: 家族、子どもといった大事な人を護るためにも、まず普段から防災について意識していなければ、災害時にはまして何もできないです。そのためには平時のうちから、いざという時でも何とか心を平穏に保ち、自身にとっての心地良さを追求できる訓練をしておくことが大事です。結果として、決断力、行動力、アレンジ力という、防災に必要なスキルも身につき、日常生活の質が上がります。防災を、生活の質を上げる「手段」と考えて、あえて楽しんで色々と試して、万が一の時にも豊かな避難生活が送れる人を目指して下さい。

■辻直美さんが講師を務めるセミナー「大地震から学ぶ 生き抜くための防災スキル10 今だからこそ知っておく! 大事な人を護るための災害への備え」(主催:メディカル・ケア・サービス株式会社)が、3月9日(土)午後1時から東京都品川区の五反田学研ビル3階で開催されます。今すぐできる対策として、辻さんが災害を生き抜くための10のワザを解説します。オンラインでも同時配信。同セミナーの詳細と申し込みはこちらから。

辻直美さん

●辻直美(つじ・なおみ)さんのプロフィール
国際災害レスキューナース、一般社団法人育母塾代表理事。看護師歴は2024年4月で33年。国境なき医師団の活動で上海での医療支援を行い、帰国後、阪神・淡路大震災を経験。1995年から2020年までJMTDR(国際緊急援助隊医療チーム)に所属し、災害レスキューナースとして活動。現在は講演と防災教育をメインに、フリーランスのナースとして活動中。

■辻さんお勧めの災害対策用ウェブサイト・アプリ
・「地震10秒診断」
・「みたチョ」(iOS、Android版)
・「パーソナル防災サービス #pasobo」
・「東京備蓄ナビ」

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監修:辻直美
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多くの大規模災害で医療を担当し、防災の重要性を伝えている辻さんが、地震と台風という身近でリスクの大きい災害に対して、高齢化社会と介護に携わる人々の立場で何ができるかをひもときます。

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地震が増えてくると気になるのが家の災害対策。家具が倒れないようにするのはもちろん、重要なのは「片づけ方」。プチプラアイテムを活用した “命を護る部屋づくり”のポイントを辻さんがアドバイスします。

【備えに役立つ】災害用トイレの作り方
神奈川県出身。早稲田大学商学部卒業。新聞社のウェブを中心に編集、ライター、デザイン、ディレクションを経験。学生時代にマーケティングを学び、小学校の教員免許と保育士の資格を持つ。音楽ライブ、銭湯、サードプレイスに興味がある、悩み多き行動派。